ホーム
弁護士紹介
事務所概要
相談・依頼
顧問弁護士について
アクセス
平田元秀ブログ
吉谷健一ブログ
topics
読者のお便り
「ぼんやりとした無力感」...
平成28年8月8日と現代...
「理論と実務の架橋」の理...
保証協会と銀行との保証契...
一覧へ
CATEGORY
  弁護士の小話
  過去のニュース
  平和
  裁判例watching
  消費者問題
  司法のあり方
  刑事弁護・刑事裁判
  司法修習生の方へ
  民事弁護・民事裁判
  【法律相談】
  お便り
logo
管理画面へ
blog
平成28年8月8日と現代の天皇制の本義  ( 弁護士の小話   ) 2017/11/03

 2016年(平成29年)8月8日,「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」がビデオメッセージ・テキストとして発表されました。

 これは,現職の天皇が,日本国憲法で象徴と位置づけられた天皇の職務として,そしてそれを超えて,憲法の下にあるべき日本国の天皇の職務として何が一番重要であるかについて明瞭に述べられた史上初めての「おことば」であると思います。

 内田樹さんが「街場の天皇制」を出された(2017年10月19日発行/東洋経済新聞社)のを契機に,しっかりと正面から考えて行きたいと思います。

      <2017年11月3日記>

 天皇の天皇誕生日での「おことば」を追記します。

 その上で,2016年8月8日の「おことば」と一緒に若干のコメントを始めます。

      <2018年1月9日更新・追記>

 

 


象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)

http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12

(下線Blogger)

戦後70年という大きな節目を過ぎ,2年後には,平成30年を迎えます。

私も80を越え,体力の面などから様々な制約を覚えることもあり,ここ数年,天皇としての自らの歩みを振り返るとともに,この先の自分の在り方や務めにつき,思いを致すようになりました。

本日は,社会の高齢化が進む中,天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか,天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います。

 

即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。

 

そのような中,何年か前のことになりますが,2度の外科手術を受け,加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から,これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくことが,国にとり,国民にとり,また,私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき,考えるようになりました。既に80を越え,幸いに健康であるとは申せ,次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じています。

 

私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この間かん私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に行おこなって来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井しせいの人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。

 

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。また,天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして,天皇の終焉に当たっては,重い殯もがりの行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き,その後喪儀そうぎに関連する行事が,1年間続きます。その様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行することから,行事に関わる人々,とりわけ残される家族は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが,胸に去来することもあります。

 

始めにも述べましたように,憲法の下もと,天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。

国民の理解を得られることを,切に願っています。


天皇陛下お誕生日に際し(平成29年)

(2017年12月20日)

宮内記者会代表質問

(下線Blogger)

[問]この1年,天皇陛下はベトナムへの公式訪問や九州北部豪雨の被災地お見舞い,鹿児島県の離島3島訪問など,国内外でさまざまなお務めを果たされました。6月には「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立し,9月には初孫の眞子さまのご婚約が内定しました。この1年を振り返りながら,退位の日までのお過ごしについてのお考えをお聞かせください。

[おことば]

(前略)

 今年,宗像・沖ノ島と関連遺産群がユネスコの世界遺産に登録されたことは,喜ばしいことでした。10月に福岡県で行われた「全国豊かな海づくり大会」に出席する機会に宗像大社を参拝し,4世紀から9世紀にかけて沖ノ島に奉献された宝物を見ました。沖ノ島は,我が国と朝鮮半島との間に位置し,航海の安全と交流の成就を祈る祭祀がそこで行われ,これらの宝物は,その際に奉献されたとのことでした。

 また,それに先立つ9月に埼玉県日高市にある高麗神社を参拝しました。今から約1300年前に,高句麗からの渡来人がこの地に住み,建てられた神社です。多くの人に迎えられ,我が国と東アジアとの長い交流の歴史に思いを致しました。

(中略)

 この度,再来年4月末に期日が決定した私の譲位については,これまで多くの人々が各々の立場で考え,努力してきてくれたことを,心から感謝しています。残された日々,象徴としての務めを果たしながら,次の時代への継承に向けた準備を,関係する人々と共に行っていきたいと思います。


<若干のコメント>

 まず,現憲法の象徴天皇制下にあって,政府は,そのことを「退位」と述べなければなりませんが,それは天皇にとっては「私の譲位」である。そのことが述べられているということです(お誕生日に際しての「お言葉」)。

 もうひとつ,「天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます」ということが語られているということです(象徴としてのお務めについての「おことば」)。

 前者には,天皇の地位を天皇は何から承継しているものかという「皇嗣」についての認識が示されています。後者は,現天皇にとって「象徴」の務めとその位置づけが俗(世事)だけではなく聖(祭祀)にもわたっていることが表されているのです。

 〈学習の手引き〉

① 現職(平成)天皇の上記二つの所感(「おことば」)を読み,日本国憲法における象徴天皇制の意義とそれとの関係におけるこれらの所感の意味についてグループで討論しましょう。

② その際,広くわが国における天皇やイギリスにおける王・女王やローマカトリック教会における法王や共和制下における大統領(皇帝)の国家(教会)における象徴的機能と現代における国民主権・民主主義との関係についても,所感を題材にしながら討論しましょう。

③ その際,人間として生まれた方が天皇の職に「即位」し,「全身全霊をもって国民統合の象徴として行為する」ということを引き受けていこうとすることの重みと,現実に「即位」後してこられた行いを具体的に数例資料で振り返り,討論者の立場に引きつけたり(もしあなたが大統領になったとしたらどのように行動するか)しつつ,①②の意味合いをより深く討議しましょう。

                            2018年1月 9日記

                            2018年1月13日更新