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適用違憲!堀越事件東京高裁判決平22年3月29日について  ( 過去のニュース   ) 2010/04/01
猿払事件判決(最判昭49.11.6)を塗り替える画期的判決がでましたね。
東京高裁平成22年3月29日(中山隆夫裁判長)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100329-OYT1T00322.htm?from=top

全逓中郵事件判決(昭和41年10月26日)↑
都教組事件事件判決(昭和44年4月2日)↑
全農林警職法事件判決(昭和48年4月25日)×↓
猿払事件判決(昭和49年11月6日)    ×××↓

となっていた,公務員と人権に関する典型論点となる判例の猿払事件判決につい
て,適用違憲の判断。
 主任弁護人の石崎和彦弁護士は「判決は,行為の態様を問わず国家公務員の政
治活動を犯罪だとした猿払事件最高裁判決を実質的に否定した」と評価したとのことですが(3月30日付赤旗日刊),その通り,猿払事件判決の厚い壁を穿ち抜いた,なんというか冷戦時代のベルリンの壁の一角をはっきりと打ち砕いたような判決ですね。

以下に,要旨を掲載します。

判決要旨(国家公務員法違反被告事件)
平成22年3月29日午前10時宣告
東京高等裁判所第5刑事部
裁判長裁判宮中山隆夫
裁判官高橋徹
裁判官衣笠和彦
事件名国家公務員法違反被告事件
被告人堀越明男
求刑罰金10万円
原判決 平成18年6月29日宣告東京地方裁判所
原判決の主文
被告人を罰金10万円に処する。
その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に
換算した期間,被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から2年閤,その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
 
【主文】
原判決を破棄する。
被告人は無罪。
 
【理由の要旨】
第1 本件公訴事実と原判決
 1 本件の概要
 本件公訴事実の要旨は,社会保険庁(当時)の地方支分部局東京社会保険事務局の出先機関である目黒社会保険事務所に年金審査官として勤務していた被告人が,平成15年11月9日に施行された第43回衆議院議員総選挙に際し,日本共産党を支持する目的で,①同年10月19日,東京都中央区月島1丁目所在の13か所の他人の店舗や居宅等に,②同月25日,同区晴海1丁目所在のマンション内の516か所の居室に,③同年ユ1月3日,同所所在のマンション3棟内の57か所の居室に,それぞれ同党の機関誌等を配布した,というものであり,国家公務員法(以下「本法」という。)110条1項ユ9号(平成19年法律第108号による改正前のもの)及び102条1項並びに人事院規則1477(政治的行為)(以下「本
規則」という。)6項7号及び13号(5項3号)(以下,上記各規定を合わせて「本件罰則規定」という。)による刑事責任を問われた事案である。
  2 本件の争点と原判決の要旨
 弁護人及び被告人は,第一審において,①本件罰則規定を含む本法及び本規則による規制が,国家公務員の政治的行為を包括的かつ一律に禁止している上,違反行為に対して刑罰をもって臨んでいる点で,憲法21条1項及び31条に違反する,②本法110条1項19号及び102条1項が,処罰の対象とする政治的行為という構成要件の定めを人事院規則に包括的に委任していることが白紙委任に該当す
る点で,憲法31条,41条及び73条6号に違反する,③少なくとも被告人の本件配布行為について本件罰則規定を適用することは憲法21条ユ項に違反するなどと主張して,無罪を主張したが,原判決は,これらの規定は憲法に違反しないとした上,被告人に対し,罰金ユ0万円,2年間執行猶予の判決を言い渡した。これに対し,弁護人及び被告人は,原判決には,憲法違反,法令適用の誤り及び訴訟手続の法令違反があるとして,また,検i察官は,原判決の量刑は罰金刑の執行を猶予した点で軽過ぎて不当であるとして,それぞれ控訴した。本件はその控訴審判決である。

第2 当裁判所の判断
 1 概要
 当裁判所は,弁護人及び被告人の前記①ないし③と同内容の憲法違反,法令適用の誤り等の主張に対し,現在の国民の法意識を前提にみると,本法及び本規則による公務員の政治活動の禁止が,対象とされる公務員の職種,職務権限あるいは勤務時間の内外等を全く区別することなく定められているなどの点で;合憲性に問題が生じ得る場合もあり,問題がないではないが,それらについては一部にとどまることや,本件罰則規定の具体的適用の場面で適切に対応することができることなどに照らすと,これらの規定を直ちに全面的に違憲であるとすることは合理的でなく,その合憲性は否定できないと考える。また,本件罰則規定が,憲法で禁止されている白紙委任立法であるとの主張に対しても,合憲と判断される。
 しかしながら,被告入の本件各配布行為は,その態様等や国民の法意識に照らせば,本法及び本規則の規制自的である国の行政の中立的運営及びそれに対する国民の信頼の確保という保護法益を抽象的にも侵害するものとは,常識的に考えられず,したがって,本件各配布行為に対し,本件罰則規定を適用することは,国家公務員の政治活動の自由に対し,必要やむを得ない限度を超えた制約を加え,これを処罰の対象とするものといわざるを得ず,憲法21条1項及び31条に違反するものであると考える。そこで,原判決を破棄した上,被告人に対し,無罪の言渡しをする。

 2 弁護人の主張(本件罰則規定を含む本法及び本規則による規制が,国家公務員の政治的行為を包括的かつ一律に禁止している上,違反行為に対して刑罰をもって臨んでいる点で,憲法21条1項及び31条に違反するとの主張)について
 (1) 憲法21条1項の保障する表現の自由は民主主義国家の政治的基盤を根元から支えるものである。それが不当に制限された場合には,国民に伝えられるべき情報が十全には伝わらず,国民の意思に基づいて決定されるという民主的政治め過程そのものが適正に機能しない事態を招くことになるからである。その意味で,国民の基本的人権のうちでも特に重要なものであって,法律によってみだりに制限することは許されない。本法及び本規則によって禁止される一般職国家公務員の政治的行為も,表現の自由としての政治的意見の表明を含むものであるから,その保障の対象となる。
 しかし,他方,公務貴によって国政の運営のために行われる公務が,国民の一部でなく,その全体の利益のために行われるべきであることは,憲法工5条2項からも明らかであり,また,議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策を忠実に遂行するため,国の行政機関における公務が,政治的偏向を排し,中立的に運営されるべきであることにも異論はないであろう。行政の中立的運営が確保され,
それに対する国民の信頼が維持されることは,憲法上の要請であると考えられ,公務員の政拾的中立性が維持されることは,国民全体の重要な利益である。したがって,公務員の政治的中立性を損なうおそれのある政治的行為を禁止することは,絶対的に憲法が禁止するというものではなく,その範囲や方法が合理的で必要やむを得ない限度にとどまる限り,憲法の許容するところというべきである。
 (2)本件罰則規定の合憲性については,周知のようにこれを全面的に合憲とした猿払事件に対する最高裁大法廷判決(以下「猿払事件判決」という。)があるところ,同判決は,上記の許容性を判断する審査基準として,いわゆる「合理的関連性」の基準にのっとることを明らかにした上,禁止の目的,この目的と禁止される政治的行為との関連性及び政治的行為を禁止することにより得られる利益と失われる利益との均衡という3点から検討されることが必要であるとした。
 (3)この「合理的関連性」の基準については,表現の自由のように精神的自由に直結する制限規定の合憲性の判断基準としては,緩やかに過ぎて不適当であるとか,猿払事件判決は,目的が正当でさえあれば,即,合理的関連性が認められるに等しいと述べているにすぎないとするなど,学説上多くの批判があり,これらの批判には,率直に言って,傾聴すべき点がないではない。しかし,猿払事件判決は,指導判例とレて,その後長年にわたり,同様の法規制の合憲性判断の基準として機能してきたところであり,審査基準として,禁止の目的と禁止される行為との関連性を検討するのは,当該行為の禁止が当該目的を達成するための手段として有する必要性,有効性の度合いが明らかとなり,その禁止が必要やむを得ない限度にとどまるかどうかの判断た資するからであって,前記批判のように,目的が正当と認め
られればそれだけで合憲性が認められるというものでは決してなく,実質的基準として機能し得るものである。そこで,当裁判所としても,その大枠に従い,この基準に従って判断を進めることとする。

  (4)「合理的関連性」の基準によって判断するに際し,最も重要なことは,国民の法意識である。すなわち,猿払事件判決も説示するとおり,国家公務員による政治的行為の禁止は,行政の中立的運営の要請とこれに対する国民の信頼の確保をその規制目的とするものであるが,このうち行政の政治的中立性の要請は,専ら職務執行に関連してのものであるから,職務と無関係の政治的活動の規制に直ちにつながるものではない。したがって,これに対する国民の信頼の確保という視点こそ,本件のような公務員の政治的活動の規制を正当化し,これを根拠付けるという関係に立つことになる。したがって,公務員の政治的活動の規制をどのように考えるかは,国民がこの点をどのように考えるかという国民の法意識にかかってくるものである。
 そして,国民の法意識は,時代の進展や政治的,社会的状況の変動によって変容してくるものである。猿払事件判決当時は,国際的には冷戦体制下にあり,世界的な思想的対立を背景として,我が国の基本的な政治体制や経済制度の在り方自体についても社会的意見の不一致が見られ,様々な事象にイデオロギー対立的な視点を持ち込み,一部には,暴力的ないし非合法な手段を用いて自己の見解の実現を図る勢力が存在するなど,社会情勢がなお不安定な状況にあった。さらに,国民は未だ戦前からの意識を引きずり,公務員すなわち「官」をことさらに「お上」視して,「官」を「民」よりも上にとらえ,いわば公務員を,その職務内容やその地位と結び付けることなく,一体的に見て,その影響力を強く考える傾向にあった。したがって,猿払事件判決が,公務全体を有機的統一体としてと・らえ,公務員の政治的活
動の影響を,累積的,波及的に考える合理的な基礎が当時の社会にはあったというべきである。
 しかし,猿払事件判決以降今日まで,我が国において,民主主義はより成熟して,着実に根付き,その現れとして,国民の知る権利とめ関連でいわゆる情報公開法が制定され,あるいは,インターネットに見られるように,情報化社会が顕著に進展し,非民主的国家における言論の自由の制限等の情報にも日々接触する中で,国民は,民主主義を支えるものとして,表現の自由がとりわけ重要な権利であるという認識を一層深めてきている。さらに,国際的にも冷戦は終息し,左右のイデオロギー対立という状況も相当程度落ち着いたものとなった。加えて,政治的,経済的,社会的なあらゆる場面においてグローバル化が進み,何事も世界標準どいった視点から見る必要がある時代となってきていることも,国民は強く認識してきているとみられる。このような中で,国民の法意識は大きく変わったというべきであって,このことは,公務員あるいは公務に対する国民の意識についても当てはまるとみるべきである。
 (5)そこで,このような視点に立って,まず,国家公務員による政治的行為を禁止する目的について判断すると,猿払事件判決が拮摘するとおりであり,当裁判所も,現時点においても,その正当性は十分に認められると考える。
 (6)次に,この目的と禁止される政治的行為との関連性等を見ると,猿払事件'判決は,これを肯定した上,「公務員の職種・職務権限,勤務時間の内外,国の施設の利用の有無等を区別することなく,あるいは行政の中立的運営を直接,具体的に損う行為のみに限定されていないとしても」合理的関連性が失われるものではないとしたが,現在においては,いささか疑問があるとしなければならない。すなわち,さきに見た国民の法意識の変化を前耀とした場合,現在,公務員が政治的活動に出たとき,国民が,直ちにそのすべてのケースを,行政の中立的運営に対する信頼を失わしめるものとして受け止めるかどうかについては疑問がある。分かりやすい例を挙げると,例えば,自動車運転手等のいわゆる行(二〉の一般職が,個人的に政治的活動を行った場合を想定すると,このような行(二)職の職務内容は,民間のそ
の職種と同じであって,行政固有のものは考え難い。したがって,そもそもこれらの職種にある者が私的に政治的活動を行ったからといって,その職務に関連して,行政の中立的運営が阻害されるという事態は客観的に考えられない。国民も,公務員であるからという一事で,行政の中立性に不安を覚えるということはなく,むしろ,事態を冷静に受け止め・その影響等にっいて}ホ少なくとも,当該公務員の地 位や職務権隅等と結び付けて考えると思われる。確かに,そのような職種にある者による政治活動とはいえ,それが他の一般職も含め,集団的あるいは組織的に行われるような場合は別論であって,前記規制目的が懸念する事態を招くことはあり得るけれども,それはそのような状態となったことを前提として禁止すれば足りるのであって,常にそのような最悪の事態を想定し,いわば悲観的な観点から,累積的,
波及的影響が考えられないではないとして,合理的関連性があるとすることは,上記のような政治的・社会的状況や国民の法意識が変化した現状を前提とする限り,今日においては,必ずしも説得的でないというべきであろう。
 勤務時間外の政治的行為の禁止についても,残業をいとわず,滅私奉公的な勤務が求められていた時代と余暇の活用が言われ,勤務時間内と外を明確に区別することを求められて,勤務を離れた人生の充実等が語られる現代において,勤務時間外であることは,国民の目から見た場合,往時に比べ,原則として,それは職務とは無関係という評価につながるものである。したがって,公務員の勤務時間外の政治活動も,その態様等によっては,そのようにみられる余地がある。
 このようにみてくると,本法,本規則が,「公務員の職種・職務権限」に無関係に,あるいは,「勤務時間の内外」を問わずに,全面的に政治活動を禁止することは,原判決のいう予防的規制という意味で,規制目的を達するのに有効であることは否定できないけれども,不必要に広過ぎる面があるのではないかとの疑問を払拭することはできない。
 さらに,一般職の地方公務員に対する政治的行為禁止の範囲が相当程度狭く,法体系としてみた場合整合的でない点も,とりわけ,地方自治の重要性が言われている今日の状況下においては,国家公務員に対する制限が広範に過ぎるのではないかとの疑問につながる点である。
 (7)もっとも,このような疑問はあるけれども,例えば,本件のような配布行為が,.いわゆる中央省庁の幹部のように地位が高く,大きな職務権限を有する者によって行われた場合や,個人的なものを超えて,公務員によって集団的,組織的に行われた場合は,もとより別論であろう。前者については,その行為が勤務時間外に行われたとレても,後者については,その公務員の地位や職種,職務権限等にかかわらず,いずれも,国民の目から見ても行政の中立的運営に強い饗いを招きかねないものであり,その信頼の確保という視点からは,前記の本法及び本規則の制定目的に明確に背馳するものであって,規制の必要があることは明らかであろう。また,原判決が指摘するように,単独で,個人的に行われた場合でも,行為者が,他の公務員によって集団的に行われていることを認識しながら,敢えてその行為に出たようなときについても,その規制の必要は司法の立場から明らかに不要と断ずることはできない。
 (8)このように,本規則で禁止されている政治的行為には,例えば行為者の職種や職務権限,職務内容,あるいは勤務時間外ということから,過度に広範に過ぎると想定されるものがある一方で,それらとは無関係に,その行為自体から規制目的が懸念する事態を明らかに具現化するものもあるといわざるを得ないが,前者は配布行為の一律禁止という場面の一部にすぎず,そのような事案については,具体
的な法適用の場面で適正に対応することが可能であることを考えると,その過度の広範性や不明確性を大きくとらえ,本法及び本規則の政治的行為の規制をすべて違憲であるとすることは,現時点においては,決して合理的な思考ではないというべきであろう。
 (9)以上の次第であるから,本件罰則規定自体が,憲法21条1項に違反するものとはいえない。
3 本件罰則規定が違憲であるとする弁護人のその他の主張(本抵が,処罰の対象となる政治的行為という構成要件の定めを人事院規則に包括的に委任していることは白紙委任に該当する点で,憲法31条,41条及び73条6号に違反するとの主張等)について(省略)
4 本件各配布行為に対する本件罰則規定の具体的適用について
 そこで,被告人の本件各行為が,本件罰則規定に触れるものであるかどうかを検討すると,
 (1)本件罰則規定は,その文言や本法の立法目的及び趣旨に照らすと,国の行政の中立的運営及びそれに対する国民の信頼の確保を保護法益とする抽象的危険犯であると解されるところ,これが憲法上の重要な権利である表現の自由を制約するものであることを考えると,・これを単に形式犯としてとらえることは相当ではなく,具体的危険まで求めるものではないが,ある程度の危険が想定されることが必要であると解釈すべきである。そして,そのように解釈することにより,憲法上の疑義もなくなり,また,刑事法の基本原則にも適合することになる。
 (2)また,裁判官の政治運動に関する最高裁判所平成10年12月1日大法廷決定の判旨に照らしても,懲戒処分と刑事処分の違い等はあるものの,一般職国家公務員の政治的行為の禁止に関する罰則規定の解釈に当たり,より慎重な検討が必要であることが要請されるというべきである。
 (3)このような前提に立って,具体的に検討すると,
  ア 本件は,地方出先機関の社会保険事務所に勤務する厚生労働事務官で,その職務内容,職務権限は,利用者からの年金相談に対し,コンピューターからのデータに基づき,回答等を行うという,裁量の余地のないものであり,管理職でもなかった被告人が,休日に勤務先やその職務と関わりなく,勤務先の所在地や管轄区域から離れた自己の居住地の周辺で,公務員であることを明らかにせず,無言で,他人の居宅や事務所等の郵便受けに政党の機関紙や政治的文書を配布したにとどまるものである。被告人の行為を目撃した一般国民がいたとしても,国家公務員による政治的行為であることを認識する可能性がなかったものと認められるし,その行為も郵便受けへの投函にとどまり,本規則7号,13号に定める,発行や編集といった行為に比べ,政治的偏向が明らかに認められるというものではない。さらに,当時,他の公務員によって,同様の配布行為が集団的に行われていた形跡もない。結局,被告人の本件各配布行為は,他の公務員と示し合わせ,あるいは,他の公務員が同様の行為を行っていることを認識した上で行われたものでもなく,総体として被告人単独の判断による単発行為であったことは明らかである。
  イ このような被告人の本件配布行為について,これを本件罰則規定の合憲性を基礎付ける前提となる保護法益との関係でみると,国民は,被告人の地位や職務権限あるいはその行為の単発行為性を冷静に受け止めると考えられるから,行政の中立的運営及びそれに対する国民の信頼という保護法益が損なわれる抽象的危険性を肯定することは常識的にみて困難である。このことは,本件行為の後に,被告人が国家公務員であったことを国民が知ることになっても,その地位やその職務内容,職務権限に照らせば,国民が行政全体の中立性に疑問を抱くようなことは考え難いから,上記結論に影響はない。
 
 (4)したがって,上記のような本件各配布行為に対し,本件罰則規定を適用することは,国家公務員の政治活動の自由に対する必要やむを得ない限度を超えた制約を加え,これを処罰の対象とするものといわざるを得ないかち,憲法21条1項及び31条に違反するとの判断を免れず,被告人は無罪である。
5 なお,付言すると,我が国における国家公務員に対する政治的行為の禁止は,諸外国,とりわけ西欧先進国に比べ,非常に広範なものとなっていることは否定し難いところ,当裁判所は,一部とはいえ,過度に広範に過ぎる部分があり,憲法上問題があることを明らかにした。また,地方公務員法との整合性にも問題があるほか,かえって,禁止されていない政治的行為の方に規制目的を阻害する可能性が高
いと考えられるものがあるなど,本規則による政治的行為の禁止は,法体系全体から見た場合,様々な矛盾がある。加えて,猿払事件当時は,広く問題とされた郵政関係公務員の政治的活動等についても,さきの郵政民営化の過程では,国会で議論はなく,その関心の外にあったといわざるを得ない。しかも,その後の時代の進展,経済的,社会的状況の変革の中で,猿払事件判決当時と異なり,国民の法意識も変容し,表現の自由,言論の自由の重要性に対する認識はより一層深まってきており,公務員の政治的行為にっいても,組織的に行われたものや,他の違反行為を伴うものを除けば,表現の自由の発現として,相当程度許容的になってきているように思われる。また,様々な分野でグローバル化が進む中で,世界標準という視点からも改めてこの問題は考えられるべきであろう。公務員制度の改革が論議され,他方,公務員に対する争議権の付与の問題についても政治上の課題とされている折から,その問題と少なからず関係のある公務員の政治的行為についても,上記のような様々な視点の下に,刑事罰の対象とすることの当否,その範囲等を含め,再検討され,整理されるべき時代が到来しているように思われる。
                                                          以 上