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裁判員裁判で検察官が論告で初めて付加した事実の取扱(東京高裁平成21年12月17日)  ( 刑事弁護・刑事裁判   ) 2010/09/26
 この判決は,裁判員裁判全国第1号事件の控訴審判決です。
 殺人被告事件
 東京高裁 平成21年12月17日 判決 平成21年(う)第1835号
 判例タイムズ 1325号60頁 

【要旨】
 裁判員裁判の控訴審で,原審の検察官が論告で初めて付け加えた事実を犯行動機の1つとして認定した原判決に対し,公判前整理手続の要請を無視し,防御権を著しく侵害したと弁護人が主張したが,主張が認められなかった事例

弁護人は,到底納得できない判決だと感じます。
裁判員裁判には大きな問題,拙速裁判という問題が伏在していることが第1号事件で既に明らかになったと思います。
裁判員裁判には,刑事裁判を通じて,市民が,罪と罰について真摯な討論を組み立てることができるようになるということの民主主義社会形成発展に向けたメリットがあることは確かでしょうが,それによって裁判の公正とか真実の発見を犠牲にして良いのかと言われると,これは到底イエスとはいえない。
裁判員裁判の本質的問題とは,そういう問題なのだと,私たちは見切らねばなりません。

以下,一部本文を引用します。


第1 控訴の理由
  本件控訴の理由は,要約すると,第1に,原判決が認定した犯行動機の一部には,原審検察官が論告で初めて主張した事実が含まれているが,このような認定は,公判前整理手続において,争点を顕在化させるという刑訴法316条の5等の要請を無視し,防御権を著しく侵害するものであって,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に起因する,第2に,原判決には,被告人の攻撃意思の程度,犯行の動機・態様,被害者側の対応等の事実認定において,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び訴訟手続の法令違反がある…というのである。

第2 訴訟手続の法令違反の存否
 1 弁護人の主張
  原判決が,判決理由中において,本件犯行の動機として認定した事実のうち,「本件犯行前日に競馬で負けていらだっていた上,本件犯行当日に競馬に出かけようとしたのに,被害者がいるために出かけられなかったことから,いらだちを募らせ,飲酒による抑制力の低下も相まって」という部分は(以下「弁護人指摘の動機部分」という。),原審検察官が,公判前整理手続や冒頭陳述では何ら触れておらず,突如,論告で付加した事実であり,原審が漫然とその事実を認定したことは,被告人側にとって,全くの不意打ちであり,防御権を著しく侵害し,刑訴法316条の5,316条の13及び316条の24に違反する。
2 犯行動機を巡る訴訟経緯
  一件記録によると,犯行動機を巡る訴訟経緯は,次のとおりである。
  …
  裁判所は,第2回公判前整理手続期日において,公判前整理手続の結果確認として,情状に関する事項のほか,「殺意の内容とその認定に関わる被告人の言動」として,次のようなまとめをした。
   ① 原審検察官の主張
     被告人は,「人が死ぬ危険性が高い行為をそのような行為であると分かって行った」という意味で殺意が認められる。凶器の性状,犯行態様,犯行時の言動,傷害の部位・程度・個数及び殺害動機の存在が,このような意味での殺意の存在を推認する事実である。
   ② 原審弁護人の主張
    ア 「人が死ぬ危険性が高い行為をそのような行為であると分かって行った」という点については争わない。
    イ しかし,検察官が殺意の存在を推認させると主張する事実のうち,犯行時の言動については争うが,その他の事実は争わない。被告人が「ぶっ殺す。」と言ったこと,被害者を追いかけたことはない。
    ウ 被告人は,最初に被害者を前から刺した記憶は残っているものの,その後の行為は無我夢中であったため記憶がない。被告人は「やるしかない」と思ってサバイバルナイフを前に突き出し被害者を刺したが,被害者の左胸を狙って刺したものではない。
    エ その当時,自らの行為が被害者を死に至らしめるかもしれないという認識があったにすぎない。
 3 当審の判断
  (1) 以上に認定した犯行動機を巡る訴訟経緯を前提にし,弁護人主張の訴訟手続の法令違反の主張について検討することとする。既に認定したように,本件犯行の動機に関し,公判前整理手続から冒頭陳述までは,原審検察官が,「被害者にサバイバルナイフを示したが,被害者がひるまなかったため,ひっこみがつかなくなるとともに,これまでの不満が爆発した」という動機を主張し,一方原審弁護人は,その動機を肯定しつつ,「被害者が,逆に『やるならやってみろ』と迫ってきた」,あるいは「被告人の肩やあごの辺りに掴みかかろうとした」という被害者側の言動も動機に含めていた。また,裁判所の公判前整理手続の結果確認の中では,犯行動機の詳細はつまびらかにされていないが,当然,当事者双方の動機に関する主張を前提として,結果確認がなされたとみるべきである。
  (2) ところが,原審検察官は,論告の段階に至り,「被告人は,前日,競馬に負けてやけ酒を飲んで騒いでおり,ムシャクシャした気持ちを引きずったまま,犯行当日も迎え酒を飲んでいました。本件は,Aさんをサバイバルナイフで脅かしたのにAさんがひるまなかったため,引っ込みがつかなくなった被告人が,これまでの不満や前日からのムシャクシャした気持ちを爆発させるとともに,乱暴な性格と相まって,こうなったらAさんを刺すしかないと考えた」と主張し,一方,原審弁護人も,被害者側の言動について,被告人が生活保護を受給していることを侮蔑したことを新たに付加する主張をした。このように,各当事者が動機に関する主張の一部に新たな事情を付加したのは,とりもなおさず,被告人質問の結果を踏まえたものであることは,一件記録上明らかである。
  (3) 弁護人は,既述したように,検察官が論告において公判前整理手続で主張していなかった事実を犯行動機の1つとして付加し,裁判所も同様な認定をすることは,公判前整理手続において争点を顕在化させるという刑訴法316条の5等の要請を無視し,防御権を著しく侵害するものである旨主張する。公判前整理手続を経た事件において,当事者が,みだりに,主張を変更したり,新たな主張を付加することは,争点及び証拠を整理し,審理計画を策定するという同手続の目的に反し望ましいことではないが,如何なる主張事実であっても,あるいはどのような審理経過をたどろうと,一切主張事実の変更を許さないというものではない。整理手続終了後の証拠調請求を制限している刑訴法316条の32のような条文がない以上,法律の解釈として,いわゆる主張制限効を認めることはできないというべきである。審理経過等に基づき当事者が主張を変更した場合,問題は相手方の防御が十分に尽くされているか否かである。本件については,原審検察官は,冒頭陳述の中で,犯行当日の経緯として,「被告人は,犯行日の前日,競馬で負け,その夜はヤケになって焼酎を飲み,また,犯行当日の朝も,2日酔いで,迎え酒として,焼酎の水割り2杯飲みました。」という事実を摘示している(原審検察官の冒頭陳述要旨3頁)。また,冒頭陳述に記載されているということは,当然のことながら,被告人が捜査段階でこの事実を供述しているはずである。現に,原審検察官は,被告人に対し,「今回,Aさんを殺してしまったことについて,もともと口論となった理由については,前日,競馬で負けてむしゃくしゃしてた気持ちもあったという説明をしてませんか,捜査段階で。」という質問をぶつけている。さらに,原審弁護人自身も,被告人質問において,犯行に至る経緯として,飲酒の点や前日競馬に負けたことを尋ねている。そうすると,弁護人指摘の動機部分について,原審検察官が論告において新たに付加し,原判決も動機の中に包含させたとしても,被告人側の防御権を著しく侵害するものとは到底いえないというべきである。

  平成21年12月17日
    東京高等裁判所第10刑事部
        裁判長裁判官   山崎 学
           裁判官   杉山 愼治
           裁判官   片多 康