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嗚呼,ルサンチマン。  ( 弁護士の小話   ) 2013/06/07

今日は,ルサンチマンについて記しておきたいと思います。
現在の日本で起きている政治状況・社会思潮を語る上で欠かせないキーワードの一つだと思うからです。

ウィキペディアでは,次のように解説されてます。
 ★  ★
ルサンチマン: ressentiment)とは、主に強者に対しての、弱い者の憤りや怨恨、憎悪、非難の感情をいう。デンマークの思想家セーレン・キェルケゴールにより確立された哲学上の概念である。この感情は自己欺瞞を含み、嫉妬羨望に起源がある[要出典]。フリードリヒ・ニーチェの『道徳の系譜』(1887年)でこの言葉が利用され、マックス・シェーラーの『道徳構造におけるルサンチマン』で再度とり上げられて、一般的に使われるようになった。
 ★  ★

 
 「ルサンチマン」という言葉に興味を持ったのは,私の小話に何度も登場する内田樹さんのサイト

内田樹の研究室の「東北論」
 http://blog.tatsuru.com/2013/04/22_0928.php

 を読んだことによります。以下,該当個所を引用します。

 話がそれるけれど、元老山縣有朋と田中義一が死んだときに陸軍の長州閥が実質的に解体する。そのとき長州閥の重しがとれると同時に、東北出身の、陸士陸大出の人たちが陸軍内部で急激に大きな勢力を作り出す。彼らが中心になって皇道派・統制派が形成されるんだけれど、彼らの主要な関心事は軍略じゃなくて、実は陸軍内部のポスト争いなんだよ。長州閥が独占していた軍上層部のポストが空いたので、それを狙った。
 陸海軍大臣・参謀総長・軍令部長・教育総監といういわゆる「帷幄上奏権」をもつポストを抑えれば、統帥権をコントロールできる。政府より官僚よりも上に立って、日本を支配できる。そのキャリアパスが1930年代の陸軍内部に奇跡的に出現した。そこに賊軍出身の秀才軍人たちが雪崩れ込んで行った。真崎甚三郎は佐賀、相沢三郎は仙台、ポスト争いで相沢に斬殺された永田鉄山は信州、統制派の東条英機は岩手、満州事変を起こした石原莞爾は庄内、板垣征四郎は岩手。藩閥の恩恵に浴する立場になかった軍人たちが1930年代から一気に陸軍の前面に出てくる。
 だから、あの戦争があそこまで暴走したのは、東北人のルサンチマンが多少は関係していたかもしれないと僕は思う。結果的に近代日本を全部壊したわけだから。ある意味で大日本帝国に対する無意識的な憎しみがないと、あそこまではいかないよ。戦争指導部は愚鈍だったと言われるけれど、僕はここまで組織的に思考停止するのは、強い心理的抑圧があったからじゃないかと思う。

 

 


 日本で,橋下徹のアジテーションがある一定の層の心を捉えることがあるのは,橋下徹が,このルサンチマン,すなわち,ある一定の層の中にある「強者に対しての、弱い者の憤りや怨恨、憎悪、非難の感情」を,ピンポイントで揺さぶるからだと思います。(首相時代の小泉純一郎氏の人気の一部にもこの特性があったと思います。)この憎悪・非難の感情を,彼が上手に掻き立てることができるのは,おそらく彼を政治家たらしめている根っこ・ルーツの部分にこのルサンチマンの感情が強烈にあるからだろうと思います。その意味では「技術」でそれをやっているのではなく,素のものです。
 
 ルサンチマン+安直な権力志向+現実に獲得した権力ポスト=右翼的破滅ということなのでしょうか。

 本来弱い者の側に確固として立ち,その怒りを要求として正しく組織し,その願いの実現に向け現実的な努力を傾けようとする社会運動・市民運動の側で,その根っこにあるマグマのようなルサンチマンが,橋下徹的人物によって,安直に掘削・噴出・採取され,その政治力のタービンを回すために安易に利用されている現状にどう対処するのが,よいのでしょうか。
 光市の事件で,彼が弁護団に対する懲戒申立をテレビで呼びかけ,それに呼応して多くの懲戒申立が起きたとき,弁護士会が冷静に対応したのは当然ですが,これを例題として,このようにルサンチマンが安易に利用される現状に,どう対処するのがよいのでしょうか。(この例題では,弱い者の怒りを強い者の力を借りて弱い者に向けて噴出し,カタルシスを解消する循環が起こります。社会的に見ると混乱ともいうべき事象が発生します。)
 こうした悩みと苦しみは,戦前には沢山あったと思いますが(関東大震災の時の朝鮮人虐殺等),戦後は最近までこうしたことで悩む必要がなかった。戦後は,寛容・自由・リベラルの空気感が,経済成長万能の単色的な考え方と表裏で,勢いと張りをもっていた。しかし,今はそうではなくなっています。前者を保ちつつ,後者を多彩なものに成熟させていく方向ではなく,後者の経済成長万能の考え方をそのままにして,前者の空気感を壊してしまう,いわば社会的な硬化現象が,起きているのかもしれません。

 社会を明るく,風通しがよく,若々しいものに変えるツボどころは奈辺にあるか。
 社会運動の側では,ケースバイケースに委ねることなく,この回答を探す理論と実践が問われているように思います。
 

<平田元秀2013年6月26日更新>