国際刑事裁判所(ICC)に対する報復的措置の撤回を働きかけるよう政府に求める会長声明(日弁連)

 日弁連が、「国際刑事裁判所の独立性を堅持し、法の支配の貫徹を求める会長声明」を発しました(2025年3月27日付け)。
 「昭和100年」の年の憲法記念日を挟むGWの終わりに、全文を、紹介するとともに、注釈とコメントをつけます。
 注釈2に関し、赤根智子ICC所長のコメントを引用した2024年12月27日の天声人語(朝日新聞)も引用しておきます。
 *関連blog:小和田恒氏 毎日インタビュー「『二つの戦争』と世界」に学ぶ


 国際刑事裁判所(International Criminal Court。以下「ICC」という。)は、20世紀に、人類の良心に深く衝撃を与える想像を絶するほどの残虐な行為が行われ、児童を含む多数の犠牲者が生じたことを受けて、ジェノサイド犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪及び侵略犯罪など、国際社会共通の価値を毀損する特定の重大犯罪について、その責任を有する個人に対して刑事責任を追及することが必要であるとの考えに基づいて設置された、国際刑事司法機関(裁判所)である。

 ICCは、2002年7月、オランダのハーグに常設の司法機関として誕生し、以後、被害者の苦しみに光を当て、法の支配すなわち法にのっとった司法手続を行うことにより、人類全体の平和と安全、そして人間の尊厳を維持する使命と役割を担ってきた。

 しかしながら、近年、ICCの権限行使に対して報復的な措置を実施する国家が現れ、ICCの独立性が深刻な危機に直面しているといえる。

 すなわち、ウクライナに対する軍事侵攻に関連して、ICCが、ロシアの大統領らに逮捕状を発付(2023年3月17日)したこと*1)に対し、ロシアは、ICCの検察官及びICC予備審判部の複数の裁判官に対して逮捕状を発付した。*2)また、ガザにおける武力紛争に関連して、ICCが、イスラエルの首相らに逮捕状を発付(2024年11月21日)したこと*3)に対し、米国は2025年2月6日、ICCの職員などに対する米国への入国禁止処分や資産凍結等の制裁を課す大統領令を発した。*4)

 ICCに対するこのような報復的な措置は、国際法に基づき存立している司法機関の独立に対する不当な介入であり、ICC職員の個々の活動に対する制約にとどまらず、ICC全体の国際刑事司法活動の停滞をも招きかねないものである。

 ICCの活動の停滞は、最も重大な犯罪が処罰されずに放置されることにつながり、法の支配を損なうおそれがあることから、看過できるものではない。

 日本は、2007年10月1日にICCに加盟して以来、ICCに複数の裁判官を輩出し、また、最大の分担金拠出国としてICCに貢献している。

 当連合会は、国際社会における法の支配を支えるICCが深刻な危機に直面している現状を踏まえ、ICCの存在意義の重要性を改めて訴えるとともに、日本政府に対して、国際社会における法の支配を貫徹するために引き続きICCへの貢献を続け、またICCの活動に対する報復的な措置の撤回を働きかけるよう求めるものである。

2025年(令和7年)3月27日

日本弁護士連合会
会長 渕上 玲子


*1)NHK:国際刑事裁判所 プーチン大統領に逮捕状 ウクライナ情勢めぐり 2023年3月18日 18時29分
*2)NHK:ICC日本人裁判官をロシアが指名手配 プーチン大統領らに逮捕状 2023年7月27日 17時10分

 記事抜粋:ロシアの国営通信社は27日、ロシア内務省の指名手配リストにICCの赤根智子裁判官が掲載されたと伝えました。(※)松野官房長官は午後の記者会見で「わが国としては本件をめぐってICC=国際刑事裁判所の関係者個人に対して措置を取ることは不当であると考えており、ICCとも連携し適切に対処していく」と述べました。

※赤木智子さんについては、その言葉を引用した2024年12月27日付天声人語(朝日新聞)が秀逸で、私(平田)は、記事を切り抜いて持ち歩いていた。この機会に、次に引用する(太字は筆者)。
「どうか月を見てください。月をさす指ではなく」。今月初めにオランダ・ハーグで開かれた国際刑事裁判所 ( I C C )の
年次総会で、赤根智子所長が繰り返した言葉が心に残つた。月を指せば指を認む―。辞典をみると、仏教由来のたとえとあった。すぐ目に入るものにばかりとらわれ、本質を理解しないという意味だろう▼
「異常な状況について話します」で始まった赤根さんの演説は、緊張感に満ちていた。I C C職員への攻撃や圧力があること。職務を忠実かつ勤勉に遂行したために深刻な脅しを受けていること。 「法律にのみ従う」覚悟であること▼
名指しはなかったが、こうした状況の原因が、プーチン大統領やネタニヤフ首相への逮捕状にあるのは明らかだ。ロシア政府は反発し、赤根さんらを指名手配した。イスラエルを支持する米国の議会にも、経済制裁を科す動きがある▼
ウクライナとガザで続く戦争で、国際司法は新たな危機を迎えたのだと改めて実感した。1 2 4の国・地域が加盟する裁判所が公然と批判され、脅される事態なのだ。脅しているのはI C C非加盟とはいえ、国連安保理の常任理事国である▼
個人の戦争責任を問う。勝者が敗者を、ではなく、国際社会が裁く。そのために22年前、ICCが設立された
二つの大戦後の模索を経てできた仕組みが存亡の危機にあるという。赤根さんが見てほしいと訴えた 「月」は戦争犯罪であり人道主義の侵害であり、それらを裁くための法の支配なのだろう。」

*3)BBC:国際刑事裁判所がイスラエル首相と前国防相、ハマス司令官に逮捕状
*4)BBC:トランプ氏、国際刑事裁に制裁 「非合法」な行動とっていると主張


(コメント) 
 日弁連会長声明が、政府に対し、ICCの活動に対する報復的な措置の撤回を働きかけるよう求めたことは、適切なことと考えます。もっともこうした要請の前提として、日弁連自身も、国際法曹協会(IBA)LAWASIAなどのの国際法曹団体の中で、各国の法曹団体が、それぞれの政府に対し、ICCの活動に対する報復的な措置の撤回を働きかけるよう求めるよう、促す活動を強く展開することも、是非とも求められているように思います。