当事務所の扱う消費者事件

 当事務所の扱う消費者事件についてご紹介します。

 悪質商法の法律相談
 詐欺を初めとする悪質な勧誘による契約に伴う法律相談

「悪質商法の法律相談」とは

 「悪質商法の法律相談」というのは,詐欺を初めとする悪質な勧誘によってモノやサービスについての契約をしてしまったことに伴う法律相談を指しています。これらは,被害者自身が,「自分が失敗した・自分が悪かった」と思いこんでいることが多いため,弁護士にかけ込み相談をする必要性が高いものです。「弁護士平田元秀」は,これまで,28年にわたり,数多くの志を共にする仲間と連携しながら,先物取引被害,証券投資被害,クレジット被害,その他の数々の悪質商法被害事件の処理に当たって参りました。
 そして,当事務所は,消費者・生活者目線で働き,消費者・生活者を裏切らないことをお約束している法律事務所です。
 そこで,当事務所はこうした悪質商法の問題に関し,被害者からの相談は,内容を問わず初回30分までの相談料を無料にしています。(加害者側でのご相談は,無料相談制度の対象外となります。)
 悪質商法の法律相談の例としては,次のようなものが上げられます。

事件が係属したり増えたりしている事例

 ここ12年程度の間に,継続して,取り組んでいる消費者事件としては,次の種類の取引をあげることができます。

 先物取引被害事件

 
 豊田商事事件以来,長年わが国の最大の悪質投資商法であった先物被害事件については,たくさんの事件を手がけてきました。

○ 損失限定取引から通常取引へ誘引して手数料稼ぎをする被害について

 個人顧客に対する適合性原則に基づく厳格な勧誘規制,さらには取引のない個人顧客に対する不招請勧誘禁止規制が施されるようになった現在も,数は減りましたが,個人顧客に対する飛び込み営業を主とする商品先物取引業者においては類似の被害が発生しています。金のスマートCX(損失限定取引)から金の通常先物取引へと導かれ,無意味な両建を繰り返して預け金を売買手数料で細らされる事例が典型です。
 当事務所でも,類似の事案につき,現在も,係争事案があります。

 

投資用マンショントラブル(訪問販売,デート商法)

 示談交渉により概ねの被害回復が得られて解決した事案が一定数あります。
 現在も示談交渉中の事案があります。
 ちなみに,消費生活相談データベース(国民生活センター)で,土地・建物の販売方法でデート商法に関するものの最近5年の集計結果(2017年~2021年)を検索したところ,91件の相談が寄せられており,古い方から年度別に見ると13件,14件,19件,15件,24件となっており,数は減っておりません。
 このトラブルでは,販売業者が住宅ローンを組ませることから,相談者の年代は,20代から40代までに集中しており,相談者の職業は給与取得者に集中しています。

(2022年8月30日update)

サクラサイトの被害

 (出会系サイト,クレジットカード,電子マネー,コンビニ決済)

 示談交渉により被害回復が得られ解決した事件が,一定数あります。
 クレジットカード利用型では,チャージバック期限内のチャージバック請求ができるかが一つのポイントです。
 電子マネー利用型では,電子マネー会社の加盟店(「決済代行業者」的業者)の加盟店として悪質サイトが暗躍しています。
 資金決済法上の加盟店管理責任に関する行政監督の仕組み(*)が割販法ほど充実していないこともあり,被害救済がまちまちとなりがちです。
 *第三者型前払式決済手段に関する金融庁の事務ガイドライン「Ⅱ-3-5 加盟店の管理(第三者型発行者のみ)」欄参照。

提携リース契約・過量販売被害

 示談交渉及び訴訟上の和解により被害回復が得られ解決した事件が一定数あります。

不動産投資ファンド被害(対証券会社)

 髙木証券レジデンシャルワンファンド被害に後続して発生したあかつき証券(旧黒川木徳証券)グランドプロパティファンド被害事件に,姫路の弁護士3事務所4名で取り組みました。この件は,2014年に,神戸地方裁判所姫路支部で和解が成立しました。
 この件については,全国証券問題研究会のメンバーの全面的協力と連携のもと適正な和解解決が図られたものといえます(blogに関連記事があります。)。

海外投資ファンド事件(対無登録業者)

 示談交渉で一定の被害回復が得られた事案,口座凍結等により一定の被害回復が得られた事案,原告として提訴し,業者及びその代表取締役及び取引の媒介者との間で訴訟上の和解をして解決した事案があります。そのほか,解決が困難な状態にある相談事案も一定数あります。

その他一般

 このほか,当事務所では,次のような種類の取引について,被害回復に取り組んで来ています。

  1. 特定商取引に関する法律の類型に当たる事例
    訪問販売,電話勧誘販売,マルチ商法被害,内職・モニター商法被害,エステサービス・学習塾・家庭教師・英会話教室・パソコン教室・結婚紹介サービスに関する契約トラブルなど
  2. 投資詐欺まがい取引の被害回復に関する事例
    商品先物取引被害,ユーロ債(仕組債)取引被害,外国為替証拠金取引被害,未公開株・社債取引被害,CFD取引被害,投資事業組合投資取引被害など
  3. クレジット契約,リース契約トラブルに関する事例一般
  4. 保険金不払に関する事例
  5. その他の悪質商法に関する事例
    ヤミ金取引被害,いわゆる振込め詐欺取引被害,カードで融資の買取屋商法被害など

 

相談事例と解説

 ここでは,典型的な消費者トラブルについて,事例を提示し,解説を行います。

【訪問販売とクレジットに関する事例】

 消費者が,キャッチセールスで一室に連れ込まれて困惑型の不当な勧誘を受け,高額の商品をクレジットで購入させられたという事例について,法律的な筋道を解説します。

相談事例(絵画のキャッチセールスとクレジット)

【相談事例】
  1. 相談者Yは,クレジット会社Xとの間で,平成21年12月15日,要旨次の通りのクレジット契約を締結しました。
    ①Xは,Yが販売店株式会社A(以下「販売店A」という)から平成21年12月15日に購入した絵画の代金84万円(税込み)を立替払いする。
    ②Yは,Xに対し,①の立替金及び手数料36万円の合計金120万円を平成22年1月から平成26年12月まで毎月27日限り金2万円宛分割して支払う(60回分割)。
  2. クレジット会社Xは,平成21年12月22日販売店Aに対し,上記購入代金を立替払いしました。
  3. 相談者Yは,上記1の契約当時,25歳であり,定職もなく定まった収入もありませんでした。たまたま姫路の街を歩いていたときに販売店Aの男性担当者(以下「担当者」という。)から「いい絵があるから見に来ないか」と声をかけられ,何度も断ったものの近くのビルの一室にある絵画の展示場に連れて行かれたのです。
    展示場には20点位の絵画が展示されていました。しかし,相談者Yは絵画についての趣味はないので,その旨繰り返し担当者に話したのですが,担当者は,「気分がすぐれないときに部屋に飾ってある絵画を見ればリラックスするから」などと言って購入を勧め,相談者Yに対し契約書にサインすることを求めました。
    相談者Yは,再度断ったのですが,担当者が相談者Yの言動を無視するように繰り返し売買契約書及びクレジット契約書への記入を求めてくるし,記入しなければ帰してもらえないような気がしたので,展示されていた絵画の中から何となく気に入ったものを指定し,言われるままに売買契約書及びクレジット契約書の契約者欄にそれぞれ署名押印をしてしまいました。
     * 弁護士が相談者Yの持参した売買契約書や契約時に販売店Aで受け取った書類を見ると,そこには,クーリング・オフに関する事項の記載はありませんでした。
    クレジット契約書の「収入」の欄には,相談者Yが「今は仕事はしていません」と言ったにもかかわらず,「これくらいにしておけば大丈夫」などと言って金額を指示し,相談者Yに「月収27万円」と記載させました。
  4. 平成22年1月ころ,相談者Yは,自分の携帯電話に担当者から来店するようにとの連絡を受けました。相談者Yが再度販売店Aに行ったところ,担当者から,商品を引き渡すので納品確認書に署名押印するよう求められました。
    相談者Yは,その場で,「絵画を購入したつもりはないし,受け取っても家には飾る場所がないから」と言って断ったのですが,担当者が,「受け取ったことにしてもらえないと困るのでとにかく受取のサインをするように」と要求されました。そこで,相談者Yは,サインをしないと帰してもらえなくなると思い,仕方なく上記確認書に署名押印しました。ただし,相談者Yは絵画を受け取っておらず,そのまま現在に至っています。
  5. 相談者Yの銀行口座から,平成22年1月分,2月分,3月分の割賦金合計6万円が,口座の自動引落しの方法によりクレジット会社Xに支払われましたが,4月に入りYは口座の残高をゼロにして支払を止め,現在に至っています。
【相談者の質問】
  1. 相談者Yと販売店Aとの間の関係について
    相談者Yは,販売店Aに対し,絵画の売買に関し,どんな主張ができますか。クーリング・オフの主張ができない場合はどうでしょう。
  2. 相談者Yとクレジット会社Xとの関係について
    相談者Yはクレジット会社Xに対し,既払金の返還を請求できますか。

解説

<相談回答へのアウトライン>
  1. まず時系列事実関係を整理しましょう。

    平成21年12月15日
    販売店A-Y 絵画売買契約 売買代金84万円
               クレジット会社X-Y クレジット契約

    クレジット支払総額120万円(手数料36万円)

    平成21年12月22日
    クレジット会社X→販売店A 売買代金立替払
    平成22年1月ころ
    販売店A,Yに商品を渡そうとするもY拒否。 (納品確認書には署名)
    平成22年4月
    Y,クレジット割賦金の支払を拒絶(6万円は既払)
  2. 次に販売店Aとクレジット会社Xの行為の問題点を整理してみましょう。

    販売店の行為の問題点【契約勧誘時】
    キャッチセールスであること
    ビルの一室に連れ込んだこと
    断っているのに強引に勧誘を続けて根負けさせたこと
    クーリングオフの記載のない売買契約書を用いたこと
    クレジット契約書収入欄に販売店側のリードで虚偽の事実を記入させたこと
    クレジット契約の毎月の支払額や支払回数,手数料などクレジット契約の具体的な内容についての説明をしなかったこと
    販売店の行為の問題点【その後】
    絵画を引き渡していないのに,納品確認書に署名捺印させていること
    クレジット会社の行為の問題点
    絵画の納品確認書で納品を確認する前に立替払を実行しているようであること
【相談回答に向けた考え方】
  1. はじめに
     相談の事例は,消費者が,キャッチセールスで一室に連れ込まれて困惑型の不当な勧誘を受け,高額の商品をクレジットで購入させられたという事案です。平成20年以前によくあった事案です。よく似た事例に,東京簡裁判平成15年5月14日平成14年(ハ)第85680号立替金請求事件(最高裁HP)があります。
  2. 質問1について

     相談者Yは販売店Aに対し,絵画の売買に関し,どのような主張ができるでしょうか。
     相談者Yと販売店Aとの間には,平成21年12月15日に,代金を84万円とする絵画の売買契約(民法555条)が成立しています。
     そこで,この売買契約に関し,YがAに対してなし得る主張を考えることになります。

    (1)特商法上のクーリング・オフ(同法9条)
     まず,本件はキャッチセールスでビルの展示会場に連れ込まれているため,特定商取引法,具体的には,訪問販売の規定による消費者保護のための民事ルールが活用できないかが問題となります。そして,販売店Aが作成した売買契約書にはクーリング・オフに関する事項の記載がなかったというのですから,クーリングオフの可否を検討するべきことになります。

    ア.この点「訪問販売」(特商法2条1項)該当性について見ますと,まず,販売店Aは「販売業者」,相談者Yは購入者ですから,当事者要件は満たします。契約場所の要件のうち法2条1項の適用に関しては,本件のビルの一室にある絵画の展示場が「営業所等以外の場所」かどうかはさておき,販売店Aの担当者は街頭という「営業所以外の場所」でYに声をかけて「呼び止め」,本件の会場に同行させているので,Aは同条項2号の「特定顧客」に該当します(いわゆる「キャッチセールス」の要件に該当するわけです。)。そこで,本件の取引は同条項の「訪問販売」に該当します。

    イ.訪問販売にはクーリング・オフ解除の民事規定があり(特商法9条),申込者等は法定交付書面を受領した日から8日を経過するまで,無条件で契約(申込)を解除(撤回)できます。本件では,クーリング・オフ解除に関する事項の記載を欠いた売買契約書を作成したに過ぎないのですから,特商法5条1項本文所定の前条4号の事項を明らかにする書面を受け取ったとはいえないので,未だ,8日間のクーリング・オフ期間が開始していません。

    ウ.そこで,相談者Yは販売店Aとの契約を,クーリング・オフ解除して,契約の無効を主張することができます。

    (2)訪問販売取消権
     クーリング・オフの主張ができない場合について,特商法9条の2は,訪問販売契約の取消権を定めるのでこの規定を活用できないかを検討しましょう。
     同条は,販売業者等が法6条1項違反の不実告知や同条2項違反の故意の事実不告知を行った時に購入者等に誤認取消権を付与する規定です(消費者契約法4条1項1号,2項の特則)。
     本件では,絵画の売買契約に関しては,その契約の締結に当たり,困惑させる行為はあるものの,商品の品質や対価や引渡時期等,法6条1項や2項の違反に該当する行為は見あたりません。

     そこで,訪問販売契約取消権の活用は困難だと考えられます。

    (3)消費者契約取消権(退去妨害)
     次に,消費者契約法の取消権(法4条)の活用が考えられます。

    ア.この点,販売店Aは株式会社ですので「事業者」にあたり(法2条2項),相談者Yは個人であり,また本件は事業として又は事業のために契約の当事者になる場合ではないので「消費者」(同条1項)にあたります。この売買契約は,消費者契約法の適用のある消費者契約にあたる訳です。

    イ.本件では,相談者Yは,販売店Aの担当者に連れて行かれた展示会場で,Yは「絵画の趣味はない旨繰り返し話し」,絵画の購入を勧める担当者に「再度断った」りしたのに,執拗に勧誘され,「記入しなければ帰してもらえないような気がしたため」,契約を締結したものだということですから,退去妨害に関し困惑による取消権を認める法4条3項2号の適用の可否が問題となります。
     具体的には,本件の事実関係で「退去する旨の意思を示した」といえるか,「消費者を退去させない」行為があったといえるかが問題となります。

    ウ.この点,法が不退去や退去妨害によって困惑したことに伴う消費者取消権を規定した趣旨は,不退去や退去妨害といった事業者から消費者への不適切な強い働きかけを回避させる点にあります。法は,そのような行為に影響されて自らの欲求の実現に適合しない契約を締結した場合には,民法の強迫(同法96条1項)が成立しない場合でも,合意の瑕疵は重大で決定的であるとして,契約を取り消すことができることとしたものです(逐条解説消費者契約法[補訂版]内閣府国民生活局等編91頁参照)。
     こうした趣旨を受け,「退去する旨の意思を示した」とは,基本的には,「帰ります」というように直接退去する旨の意思を表示した場合をいいますが,「要らない」「結構です」「お断りします」と言ったという場合のように,その契約を締結しない旨を消費者が明確に告知するなどの方法によって間接的に退去意思を示した場合にも,消費者の要保護性において直接表示した場合と変わらず,また相手方事業者にも退去する旨の意思が明確に伝わることから,社会通念上「退去する旨の意思を示した」ということが可能であると解されます(前掲書96頁)。
     また,同様の観点から,「消費者を退去させない」行為とは,物理的方法であるか心理的方法であるかを問わず,消費者の一定の場所からの脱出を不可能若しくは著しく困難にする行為をいい,拘束時間の長短は問わないものと解されます(前掲書96頁)。

    エ.これを本件に当てはめますと,相談者Yは,連れて行かれた展示会場で販売店Aの担当者に対し「絵画の趣味はない旨繰り返し話し」,勧誘を「再度断った」というのですから,間接的に「退去する旨の意思を示した」ものといえ,これに対して,販売店Aの担当者が相談者Yの言動を無視するように繰り返し契約書の記入を求めたりした行為は,心理的方法により,相談者Yをその場所から出ることが著しく困難にした行為といえるため,「消費者を退去させない」行為に当たるものといえます。

    オ.これによって,相談者Yは「記入しなければ帰してもらえないような気」がするなど困惑して,契約書に署名・捺印をしたものですので,相談者Yは販売店Aに対し,法4条3項2号によって本件売買契約の取消を主張することができます。

    (4)不法行為に基づく損害賠償(民法709条)
     民法上の主張としては,本件における販売店A担当者の勧誘行為が,上述の退去妨害に見られるとおり訪問販売に係る売買契約の締結について迷惑を覚えさせるような仕方で勧誘をしていること(特商法7条,施行規則7条1号),クレジット契約書の収入欄に虚偽の記入をさせるという行為は,訪問販売に係る売買契約締結に際しその契約に係る書面に虚偽の記載をさせることを禁じる規則(特商法7条,施行規則7条4号)違反に準じる違法があることを理由に,不法行為に基づく損害賠償(民法709条)の請求をすることが考えられます。

    (5)心理留保(民法93条但書)
     民法上の主張としては,意思表示の瑕疵に関して,民法93条但書の適用によってYを救済できないか,検討の余地があります。
     この点,本件では,相談者Yが真意としては絵画を購入する意思がないこと,しかしその意思は売買契約書には表れていないこと,そのことを知りつつ相談者Yは(本件では「記入しなければ帰してもらえないような気」がして)売買契約書に表示をしていることに照らせば,本件Yの意思表示は,93条本文の心裡留保による意思表示であると解することは可能です。そこで,そのような真意をAが知り又は知り得たときは意思表示の無効を主張できます(民法93条但書)。
     本件では販売店Aは何度も相談者Yに絵画の購入を断られたのに,粘って契約に持ち込んだわけですから,相談者Yが真意としては購入する意思がないことを認識していたか,すくなくとも注意を払って認識する義務があったものといえます。

     そこで,民法93条但書による本件売買契約無効の主張も構成としては考えられます。

  3. 質問2について

      相談者Yはクレジット会社Xに対し,既払金の返還を請求できるか。

    (1)割販法上のクーリングオフ(同法35条の3の10)
     本件では,クレジット契約の締結日は,平成21年12月15日であり,2008年改正割賦販売法の民事ルール施行後の事案ですので,このルールの適用が問題となります。
     この点,相談者Yは販売店Aからキャッチセールス型の訪問販売を受けて,クレジットで絵画を購入しています。そこで,割販法上のクーリングオフ権(割販法35条の3の10)を行使してクレジット契約をクーリングオフ解除することが考えられます。
     ここでは,消極要件としての法定交付書面が交付されているかどうかが問題になりますが,相談の事例からは明らかではありません。売買契約書と同様クレジット契約書にもクーリングオフの記載がないということであれば,法定交付書面の交付があったとはいえず,クーリングオフ権を行使することができます。
     そこで,この場合には,相談者Yはクレジット会社Xに対し,既払金6万円の返還を請求できることになります。

    (2)割販法上の誤認取消権(同法35条の3の13)
     本件では,相談者Yは販売店Aからキャッチセールス型の訪問販売を受けて,クレジットで絵画を購入しています。そこで,販売店Aが商品購入の勧誘に際し不実告知等を行った場合には,クレジット契約自体の誤認取消をなすことができます(割販法35条の3の13)。
     しかしながら,本件では,質問1の回答のうち,訪問販売契約の誤認取消権の箇所でも検討したとおり,絵画の売買契約に関しては,その契約の締結に当たり,困惑させる行為はあるものの,商品の品質や対価や引渡時期等について誤認させる行為は見あたらないので,割販法上の誤認取消権の適用はできません。

    (3)困惑型消費者取消とクレジット会社に対する既払金返還請求権
    ア.相談者Yは,クレジット会社Xに対して未払金の支払を拒絶しうるとしても(割賦販売法30条の3の19第1項),既に口座の自動引き落としによって支払ってしまった6万円の既払金の返金をXに求められないでしょうか。
     この点,YはXに対し,消費者契約法4条3項2号の取消権を主張できる立場にあること,同法5条は,事業者と消費者との消費者契約の締結について媒介の委託を受けた第三者が消費者に対して同法4条3項に規定する行為をした場合,その消費者契約を取り消せる旨規定することから,同法5条の規定により,本件クレジット契約を取り消すことができるかが問題となります。

    イ.本件のような割販法2条3項2号のいわゆる個品割賦購入あっせん契約においては,クレジット会社は,提携販売店に対し,クレジット契約書の書式を渡し,その販売店でクレジットを利用することが適当と思われる顧客がいる場合には,その顧客の契約意思や関連する顧客の申告情報を提供させてクレジット会社に申告してもらい,審査によって与信が可能という場合には与信を行うというシステムとなっています。そこで,このような場合,クレジット会社と消費者との間のクレジット契約の締結について媒介することを委託しているといえます。

     そこで,販売店は消費者契約法5条の第三者であるといえます。

     本件では質問1の回答箇所で述べた事情によれば,販売店Aは相談者Yに対し退去妨害を行って困惑させ本件売買契約のみならず本件クレジット契約も締結させたといえるので,相談者Yは同法5条,4条3項2号により,本件クレジット契約を取り消せます。
     従って,相談者Yはクレジット会社Xに対し,既払金6万円の返還を請求できることとなります。

集団的消費者被害の回復のための新制度について

 集団的消費者被害救済のための新たな制度が,2016年から施行されています。
 
 〇概要
 個々の消費者が受けた被害を集団的に救済するため,「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」が,2016年(平成28年)10月1日に施行されました。

最高裁ホームページでの紹介

 特定適格消費者団体に団体訴権を付与し,集団的消費者被害回復にあたらせようとするものです。
 最高裁が次のホームページで制度を紹介しています。
 「消費者被害救済のための新たな制度ができました!

 ひめじ市民法律事務所(弁護士平田元秀,弁護士吉谷健一)は,適格消費者団体「ひょうご消費者ネット」の会員として,わが国における消費者団体の成長と発展を支援しています。

現在の特定適格消費者団体

 現在,特例法に基づく特定適格消費者団体には次の3団体があります。

  1. 消費者機構日本(COJ/コージェイ)
    http://www.coj.gr.jp/
  2. 消費者支援機構関西(KC’s/ケーシーズ)
    http://www.kc-s.or.jp/
  3. 埼玉消費者被害をなくす会
    http://saitama-higainakusukai.or.jp/

 4.消費者支援ネット北海道
  https://www.e-hocnet.info/

 (2022年8月30日update)

 

重要裁判例の解説

デート商法・クレジット事件の最高裁判決について

 最判(3小)平成23年10月25日判タ1360号88頁の解説を行います。

第1 本判決の概要

 デート商法・個別クレジット事件に関する最高裁第三小法廷の平成23年10月25日判決(以下「本判決」)について,その概要を見ます。

本判決と原判決,1審判決

まず,事件と判決を特定します。

【本判決】最判(3小)平成23年10月25日(裁判所時報1542号347頁,判例タイムズ1360号88頁,金融・商事判例1378号12頁,判例時報2133号9頁)

【原判決】名古屋高判平成21年2月19日(金融・商事判例1378号18頁,判例時報2047号122頁,同判決の評釈論文金融・商事判例1336号158頁,判例時報2066号169頁,北大法学論集61巻2号692頁)

【一審判決】津地伊勢支判平成20年7月18日(金融・商事判例1378号24頁)

本判決の要旨

 本判決の要旨は,次の通りです(裁判所ウエブサイト掲示の本判決の下線部です)。
 「個品割賦購入あっせんにおいて,購入者と販売業者との間の売買契約が公序良俗に反し無効とされる場合であっても,販売業者とあっせん業者との関係,販売業者の立替払契約締結手続への関与の内容及び程度,販売業者の公序良俗に反する行為についてのあっせん業者の認識の有無及び程度等に照らし,販売業者による公序良俗に反する行為の結果をあっせん業者に帰せしめ,売買契約と一体的に立替払契約についてもその効力を否定することを信義則上相当とする特段の事情があるときでない限り,売買契約と別個の契約である購入者とあっせん業者との間の立替払契約が無効となる余地はないと解するのが相当である。」

事案の概要

次に,本判決の事案の概要を,本判決の判示するところから述べると,次の通りです。

1.基本データ
  1. 売買契約日:平成15年3月29日
  2. 商品:指輪等3点
  3. 代金合計157万5000円
  4. 立替払契約日:平成15年3月30日
  5. 支払総額:218万9250円
  6. 割賦回数・期間:平成15年5月~平成20年4月・60回
  7. 既払金:106万0850円
  8. 未払金:112万8400円
  9. 支払停止月:平成17年10月
2.その他の事案の概要
  1. 販売契約の問題点:
    本件購入者は,平成15年3月,電話で勧誘を受けて,同月29日に本件販売業者の女性販売員と会い,同販売員に勧められて,同月,本件販売業者との間で本件売買契約を締結したが,本件売買契約の締結に至までの間,上記販売員が,長時間話し続け,本件購入者の手を握ったりするなどの思わせぶりな言動をしながら,宝飾品の購入を勧め,その間に,上記販売員の仲間数人が集まってきて,威圧的な態度で購入を迫るなどしたため,本件購入者は,帰宅を言い出すことができないまま,本件売買契約を締結するに至った。なお,本件商品については,後日,複数の宝石・貴金属取扱店において,併せて10万円程度であるとの査定がされた。

    本件販売業者は,休業又は廃業の状態にある。

  2. クレジット業者の電話確認状況:
    平成15年3月30日,本件立替払契約の申込につき,意思確認が行われた。本件購入者は特に苦情を述べることはなかった。
  3. 本件クレジット業者の本件販売業者との取引:
    遅くとも平成14年ころから取引があり,平成14年1月23日ころ,本件加盟店契約を締結した。
  4. 本件クレジット業者の苦情・相談受付状況:
    本件販売業者の販売行為については,平成14年には,各地の消費生活センターに,購入者からの相談が70件ほど寄せられていたが,本件あっせん業者が本件販売業者との間の取引につき購入者から初めて支払停止の申し出を受けたのは,平成15年4月15日であり,本件あっせん業者がそれまでに契約解除,取消し等をめぐって消費生活センター等から本件販売業者の販売行為に関する苦情,相談を受けたことはうかがわれない。
当事者の主張と各審の判断

 当事者の請求・主張と各審の判断の詳細は,各裁判例の原文や解説記事を参照下さい。
 概略は次の通りです。

(当事者の請求・主張)

【購入者側】
 Ⅰ 不当利得に基づく既払金の返還請求
 ①「本件売買契約は公序良俗に反し無効であるから,これと一体の関係にある本件立替払契約も無効である。」
 「退去妨害による困惑又は不実告知による誤認の下に本件立替払契約の申込みをしたから,消費者契約法5条1項が準用する4条1項1号,3項2号によりその意思表示を取り消した。」
 Ⅱ 不法行為に基づく損害賠償請求
 ②「Yが加盟店の行為につき調査する義務を怠ったために,販売業者の行為による被害が発生した」

【クレジット業者】
 Ⅲ 立替払契約に基づく未払金請求

(各審の判断)

【1審】
 購入者の既払割賦金返還請求及び不法行為に基づく損害賠償請求をいずれも棄却。クレジット業者の未払金請求を認容。
【原審】
 Ⅰ 不法行為に基づく損害賠償請求は棄却(本件クレジット業者が,本件クレジット契約締結までの間,本件販売業者の社会的相当性を逸脱した販売行為を知り,あるいは容易に知り得ながら漫然と与信を行っていたということはできない。)
 Ⅱ 不当利得に基づく既払金の返還請求を認容(本件売買契約の公序良俗違反の無効により,本件クレジット契約は目的を失って失効する。)
 Ⅲ クレジット業者の未払金請求を棄却(本件売買契約は公序良俗に反し無効であるから,割賦販売法30条の4第1項により,Xは未払割賦金の支払を拒むことができる。)
【最高裁】
 上告は,クレジット業者から,原審の上記Ⅱの判断を不服として申し立てられたものであり,争点は,「個品割賦購入あっせんにおいて,購入者と販売業者との間の売買契約が公序良俗に反し無効であることにより,購入者とあっせん業者との間の立替払契約が無効となるか」の点に絞られていました。これに対して,最高裁は前記2のとおり判示したものです。

第2 コメント

 本判決について,コメントを行います。

本判決を見る3つの視点

 本判決を見るときには,当面,3つの視点が考えられると思います。

(1)最高裁平成2年判決との関係

  •  第1に,最判(3小)平成2年2月20日裁判集民事159号151頁との関係です。
     この最高裁平成2年判決は,販売業者に対する売買契約上の抗弁は,割賦販売法上の抗弁対抗規定の適用がない事案では,特段の事情がない限り,クレジット会社に対抗できないとしましたが,これとの関係です。

(2)平成20年改正割賦販売法との関係

(3)民法改正論議との関係

  •  第3に,法務省法制審議会の民法(債権関係)部会で,「複数の法律行為の無効」に関する検討事項として「複数の法律行為の一つが無効になった場合において,当該法律行為が無効であるとすれば当事者が他の法律行為をしなかったと合理的に考えられるときは,当該他の法律行為も無効になることを明文で規定すべきであるとの考え方が提示されているが,どのように考えるか」と提起されていること(同審議会資料「民法(債権関係)の改正に関する論点の検討(2)」28頁以下, 民事法研究会「民法(債権関係)の改正に関する検討事項」379頁)等との関係です。

以下,順番に検討しましょう。

最高裁平成2年判決との関係
(1)
  •  最高裁平成2年判決は,個品割賦購入あっせん(平成20年割賦販売法改正前の旧法2条3項2号の定義によるもの。平成20年改正後は,割賦要件が撤廃され,名称も「個別信用購入あっせん」となった(新法2条4項)。)について,割賦販売法の抗弁対抗規定の適用がない場合,民法の解釈としては,購入者・クレジット業者間の立替払契約と購入者・販売業者間の売買契約の別個の契約を前提とする以上,両契約が経済的・実質的に密接な関係にあることは否定し得ないとしても,購入者が売買契約上生じている事由をもって当然にあっせん業者に対抗することはできないとしています。その上で,抗弁対抗権を定めた特約のある場合,又はクレジット業者において販売業者が債務不履行に至るべき事情を知り若しくは知り得べきでありながら立替払を実行したなど上記不履行の結果をクレジット業者に帰せしめるのを信義則上相当とする特段の事情があるときは,抗弁対抗ができるとしています。
  •  これに対して本件の事案は,割賦販売法上の抗弁対抗規定の適用がある事案であり,かつ,立替払契約の未払金請求は,購入者の抗弁対抗権により,原判決で棄却され,この点は確定していますので,そこから一歩進んで,売買契約が公序良俗に反し無効であることにより,購入者とあっせん業者との間の立替払契約が無効となるかの問題が正面から判断対象となっており,本判決は,この点に関し初めて判断を示したものです。
(2)
  •  本判決は,個品割賦購入あっせんにおいて,「販売業者による公序良俗に反する行為の結果をあっせん業者に帰せしめ,売買契約と一体的に立替払契約についてもその効力を否定することを信義則上相当とする特段の事情があるとき」には,立替払契約が無効となる余地があると述べています。
  •  そして,上記の特段の事情としては,
     ① 販売業者とあっせん業者との関係,
     ② 販売業者の立替払契約締結手続への関与の内容及び程度,
     ③ 販売業者の公序良俗に反する行為についてのあっせん業者の認識の有無及び程度
    等を照らし合わせるべきものとしています。
  •  もっとも,そのあてはめをみると,本判決は,特段の事情としては,かなり限定を加えているように見えます。
  •  すなわち,まず,上記①について,「本件販売業者は,本件あっせん業者の加盟店の一つにすぎず,本件販売業者と本件あっせん業者との間に,資本関係その他の密接な関係があることはうかがわれない。」と述べています。加盟店契約関係があるだけでは足りず,資本関係その他の密接な関係が必要だというのですが,そんな事例は稀でしょう。
  •  また,上記②について,「本件あっせん業者は,本件立替払契約の締結の手続を全て本件販売業者に委ねていたわけではなく,自ら被上告人に本件立替払契約の申込みの意思,内容等を確認して,本件立替払契約を締結している。」と述べています。しかし,個別クレジット業者が立替払契約の意思確認をするというのは,当たり前のことで,この手続を販売業者が代行するというのはほぼ100%ないでしょう。
  •  次に,上記③について,(購入者が)「本件立替払契約に基づく割賦金の支払につき異議等を述べ出したのは,長期間にわたり約定どおり割賦金の支払を続けた後になってからのことであり,本件あっせん業者は,本件立替払契約の締結前に,本件販売業者の販売行為につき,他の購入者から苦情の申出を受けたことや公的機関から問題とされたこともなかった。」と述べています。この点だけは,各事案毎に異なることになります。異議等を述べ出した時期というのも(それがどれほど重要とみるべきかは別として)事案によって異なるでしょうが,特に,本件の事案では,あっせん業者側の事情について,上記の事実を覆すに足りる証拠が提示されなかったということです。そこは個別性がありましょう。
  •  本判決は,これら①②③に関する事実を総合して,本事案では,上記の特段の事情があるということはできないと述べている訳です。
  •  こうして見ると,本判決は,上記①と②のあてはめ箇所における判示で,要するに,個品割賦購入あっせんの販売信用取引において,売買契約が公序良俗違反で無効と評価されたとしても,それだけで,立替払契約も無効と評価するという民法解釈は,行わないと述べているものといえます。
  •  しかし,本判決の評価としては,上記③の要素を注意深く見る必要があります。最高裁は,本判決で,上記①及び②の事情が消極的であっても(通常の個別クレジットにかかる販売信用取引ではそうです。),「販売業者の公序良俗に反する行為についてのあっせん業者の認識の有無及び程度等に照らし,販売業者による公序良俗に反する行為の結果をあっせん業者に帰せしめ,売買契約と一体的に立替払契約についてもその効力を否定することを信義則上相当とする特段の事情があるとき」には,立替払契約が無効となる余地があると述べている訳です。
  •  この「販売業者の公序良俗に反する行為についての認識の有無及び程度等」という言葉は,非常に幅があります。最高裁は,公序良俗に反する行為を認識していなければならない,と限定している訳ではありません。「認識の有無及び程度等」の「等」の中には,「通常の注意を払えば知り得た事情」を含むと解する余地があります。
(3)
  •  平成2年判決の特段の事情との比較でいうと,平成2年判決は抗弁接続を認める特別事情の一つ目として,「特約があるとき」を掲げています。これに対し本判決ではクレジットの連動失効が認められる可能性のある特別事情として,「特約があるとき」を掲げていませんが,一定の場合に売買契約と連動して失効する旨の「特約があるとき」には,この特約の適用により立替払契約が無効となることは判決を待つまでもないでしょう。
  •  次に平成2年判決は,特別事情の二つめとして,「販売業者に生じている債務不履行基礎付け事情を知り若しくは知り得べきであったときなど」を掲げています。平成2年判決は,この事情があるときには抗弁対抗を認めますという事情として積極的に書かれています。
     これに対して本判決は,「販売業者の公序良俗に反する行為についてのあっせん業者の認識の有無及び程度等」が積極的でなければ,連動失効の「余地はない」と表現している訳ですから,平成2年判決より消極的な書き方だといえます。
     最高裁としては,「認識の有無及び程度等」をきちんと踏まえたうえで売買契約の無効に伴い立替払契約も失効すると判示した高裁判決が上がってくれば,あらためてその当否を判断しましょう,というスタンスだと思えます。
平成20年改正割賦販売法との関係
(1)
  •  しかしながら,このような最高裁の判断の当否については,国会が,平成20年改正割賦販売法で,個品割賦購入あっせんの割賦要件を撤廃し,適用範囲を抜本的に広げた個別信用購入あっせん(以下「個別クレジット」)の取引について,一定の場合に購入者に個別クレジット契約の誤認取消権等を付与し,販売業者に不適正勧誘行為があった場合の個別クレジット業者に対する既払金返還請求に大きく道を開いたことなど,平成20年改正法が基礎とした民法的な考え方との関係が問題とならざるを得ません。
  •  平成20年改正法は,訪問販売・電話勧誘販売・連鎖販売取引・特定継続的役務提供・業務提供誘引販売取引(特定商取引5類型)にかかる個別クレジット契約について,販売業者による不実告知等を原因とする取消権を付与しています(割賦販売法35条の3の13~35条の3の16)。
  •  これは創設規定であるとはいえ,民事ルールであり,このような立法を行うためには,民法的な基礎が必要です。この点についての立法者の考え方を見てみる必要があります。
(2)
  •  この点,平成20年6月10日開催された参議院の経済産業委員会において,橘高政府参考人は次のように述べています。
  •  「なぜこのような規定が法制上可能であるかという背景には,個別クレジット業者と販売業者との関係が非常に特別あるいは特殊であるというところも併せて今回の制度設計に当たって大いに関係した部分でございます。
     すなわち,個別クレジット業者は販売業者にクレジット契約の締結の勧誘等の行為を丸投げといいましょうか,行わせております。
     したがいまして,個別クレジット業者のクレジット契約につきまして,販売業者はクレジット業者に代わってといいましょうか,クレジット業者のために活動しているという関係になるという意味で極めて密接な取引関係にあるわけでございます。
     このため,販売業者自身の不実告知などの悪質な勧誘行為を調査する機会を当然有してい,一緒になってビジネスをしているような関係でございますものですから,販売業者が不適切,不適法な行為を行っていれば容易にその事実が分かる,若しくは知るところとなるという風に考えられるわけでございます。
     したがいまして,販売業者が自ら悪質な勧誘行為やあるいは過量販売を行っている場合には,クレジット事業者はそういうことを知りながらみすみすこれを助長していたものであるというところに着眼をいたしまして,個別クレジット業者に既払金の返還という非常に強いペナルティを掛けるという形でございます。」
(3)
  •  また,経済産業省の法制審議室で平成20年改正法の法制化に取り組んだ小山綾子弁護士は,その著書「図解で分かる改正割賦販売法の実務」(経済法令研究会)の中で,この点に関し次のように述べています。
  •  「個別クレジット契約は,販売業者によって販売契約とともに勧誘が行われているという特性を有しているところ,上記の特定商取引5類型の取引においては,販売業者が販売契約に関する重要事項の不実告知や不告知を行うなどの不当な勧誘行為が行われがちであり,その際一体的に勧誘されている個別クレジットについてもこうした不当な勧誘行為が行われてしまうという実態があるからだといわれています。」(同書172頁)
  •  「販売業者が不当な勧誘行為をしたことを要件としているのは,個別クレジットでは,販売業者が販売契約と個別クレジット契約を一体的に勧誘する取引構造にあり,不当な勧誘行為を行うのは販売業者だからです。このような取引構造における販売業者は,…消費者契約法5条における媒介者に該当するということができ,媒介者の媒介行為により契約締結という利益を得る個別クレジット業者は,媒介者が契約締結の勧誘を行った際の不実の告知等の行為についての責任も,善意・悪意を問わず負担すべきであると考えられます。」(同書174頁)
(4)
  •  小山綾子氏は,個別クレジットにおける販売業者の勧誘一体の取引構造と消費者契約法5条の媒介者の法理を接合させて個別クレジット業者の無過失責任を民事的に基礎づけている訳ですが,こうした民法的理解が,立法者の民法的理解と一致する理解でもあります。
  •  この点については,平成20年改正法の立法審議が行われた産業構造審議会割賦販売分科会基本問題小委員会の報告書(平成19年12月10日)で読み取ることができます。
  •  すなわち,上記報告書は,「既払金の返還ルール」の項目の中で,「なお,販売業者等が不退去・退去妨害により購入者を困惑させ,与信契約を締結したときは,消費者契約法第5条及び第4条により,購入者は与信契約を取り消しうるものと考えられる。」と明示しています。立法者は,個別クレジットの取引においては,販売業者は個別クレジット業者の消費者契約法5条に規定する媒介者であると解釈しています。これにより個別クレジット業者は販売業者の行為について,同法4条に規定する範囲で無過失責任を負うのです。これを民事的な基礎とし,販売業者による勧誘一体の取引構造であるという個別クレジットに関する実態認識をもとに,販売業者の販売契約に関する不実の告知等があった場合には,例えクレジット契約に関する不実の告知等がなかった場合でも,クレジット契約の取消を認めてもよいと立法者は考えたのだといえます(不実告知の主体と対象と取消の帰結と根拠法条との関係については,詳しくは,前掲の小山綾子著書の176,177頁を参照下さい。)。
(5)
  •  このようにして,平成20年改正法の立法者が基礎とした民法的な理解を見てくると,最高裁が本判決で下した民法解釈とは,かなり開きがあることが分かります。
  •  本判決の事案を仮に平成20年改正法にあてはめると,本判決の事案は,訪問販売にかかる個別クレジット契約の事案であり,併せて10万円程度の貴金属を販売代金合計157万5000円で売りつけている事案であることから,商品の価値(性能若しくは品質)について不実の告知があったといえる可能性は濃厚で,その場合には,個別クレジット契約は取り消すことができます(法35条の3の13第1項3号)。本事案の場合,売買契約は,公序良俗違反により無効とされていますので,これにより,既払金の返還を請求できることになります(同条4項)。
  •  もちろん,立法者は,取消権を規定した改正法35条の3の13第1項は,購入者保護のための政策的な規定であり,措置規定であると解しているわけで,新法が施行された後に同種事案が発生すれば,新法の個別クレジット契約の取消権の行使により,既払金の返還が実現するとしても,新法施行前である本件事案について,販売契約が公序良俗違反で無効であるからといって,これと連動して個品割賦購入あっせんにかかるクレジット契約が失効すると解釈できるかは,全く別問題です。むしろ,こんな風な解釈を取る裁判例が原審判決以前にはなかったことが,新法が制定される一つの背景になっているともいえます。
  •  しかし,ここで問題としなければならないのは,平成20年改正の立法者が,個別クレジット業者は,販売業者に,クレジット契約の締結の勧誘を販売業者の販売契約の勧誘と一体的に行わせていること,販売業者は,クレジット業者に代わり,クレジット業者のために活動しているという意味で極めて密接な取引関係にあること,このため,販売業者自身の不実告知などの悪質勧誘行為を調査する機会を当然有し,そのような不適切な行為があれば,容易にその事実が分かるはずであると認識している事実です。そして,このような考え方を基礎に,媒介受託者の行為について媒介委託者に無過失責任を負わせた消費者契約法5条は,販売業者と個別クレジット業者との関係に適用があると認識している事実です。
  •  この認識は,国民の代表者である国会における立法提案者の熟度の高い認識だといってよいでしょう。これを受けて国会が法律を制定したのです。
  •  もし,最高裁が,この平成20年改正の立法者と同じ認識に立って,そこの認識は一致させて,本事案に向かうべきものとした場合,本判決と同じ結論になるでしょうか。私には,そうは思えません。
  •  本判決が述べる,「(公序良俗違反・無効の判断がなされている)売買契約と一体的に立替払契約についてもその効力を否定することを信義則上相当とする特段の事情」というのは,平成20年改正の立法者と同じ認識に立つ限りは,個別クレジット契約関係の場合には,例外的に,ではなく,むしろ原則的に存在しているというべきでしょう。改正法は,取消権の措置範囲を,政策的に,特定商取引5類型にかかる個別クレジット契約に限定していますが,個別クレジットにおける「勧誘一体」「消費者契約法5条適用」の考え方の射程範囲は,論理的には,特定商取引5類型に限定されないのです。
  •  ですので,最高裁としては,この個別クレジットにおける「勧誘一体」「消費者契約法5条適用」の考え方を推し進めて,もっとゆるやかに,連動失効を認めても,良かったはずです。例えば,「個別クレジット業者において販売業者の取引の公序良俗違反評価を基礎付ける事情を知り又は知りうべき場合」には,連動失効を認めてもよかったはずです。
  •  本判決が,こういう方向をとらず,消極的な判断を採用した背景には,「民主的基盤がなく,国民的議論のプロセスを経ない最高裁として,どこまで広がるか分からないスパンの広い民事効に道を開く判決を出すことを恐れている」ことがあるという印象を受けます。
  •  確かに,過去に個別クレジットを利用した悪質販売は沢山横行していますし,こうした悪質販売の中には,公序良俗違反で無効だと評価しうるものも沢山うずもれているでしょう。こうした悪質販売に係る個別クレジットも連動失効して,既払金の返還ができるとなれば,過去10年にさかのぼった,過払金返還請求訴訟類似の訴訟を誘発する危険性があり,そうなれば,最高裁がその処理をしきれるか,政財界からの批判に耐えられるかといった問題がでてくる可能性もあるかもしれません。こうした点に対する現実的な考慮があったのかなあ,という印象を持つのです。
  •  しかし,このような配慮があったかどうかはさておき,平成20年までに行政と国会で大議論をして法改正がなされているわけですから,これを受け,本判決で,補足意見がだされてもよかったはずだけれどと思います。
  •  立法者の個別クレジット関係への認識と民事的理解は,正鵠を得た理解であると思われる(国民的基礎があると思われる)ので,最高裁が,平成20年改正法が基礎とした「勧誘一体」の認識等と乖離のある判示をするというのであれば,せめて,改正法立法者の立場を害する趣旨ではないことへの慎重な補足説明はあってしかるべきではなかったかと思うのです。
     国会論議との関係で古さが浮き立つような判決では困るように思います。
民法改正論議との関係
  •  前記の通り,法務省法制審議会の民法(債権関係)部会では,「複数の法律行為の無効」に関する検討事項として「複数の法律行為の一つが無効になった場合において,当該法律行為が無効であるとすれば当事者が他の法律行為をしなかったと合理的に考えられるときは,当該他の法律行為も無効になることを明文で規定すべきであるとの考え方が提示されているが,どのように考えるか」と問題提起されています。
  •  クレジット契約は,売買契約の代金支払のために締結されるわけであり,売買契約が無効であれば,クレジット契約を締結することはないという関係にありますので,上記のような条文が規定されるときには,そのクレジット取引における適用の可否・要件が裁判例を通じて明らかにされていく関係にあるでしょう。
  •  本判決は,上記の通り,個別クレジット取引において販売契約が公序良俗違反で無効となる場合について,さらに「販売業者の公序良俗に反する行為についてのあっせん業者の認識の有無及び程度等」に関し,信義則上の特段の事情があれば,連動失効の余地もあると述べているものと解されますが,こうした信義則上の諸事情を具体的に考量する考え方は,上記の改正提案にある「合理的に考えられるとき」の枠組みとは異なります。最高裁は,あくまで,ケースバイケース処理を志向しているのに対し,改正提案は,事前に,合理性の枠組みで判例形成を通じて類型を抽出しようという方向を志向しています。
  •  民法(債権関係)改正のステージでは,この問題は,「複数契約の解除」論,「契約交渉等に関与させた第三者の行為による交渉当事者の責任」論に密接にリンクしています。特に,契約交渉補助者の行為についての交渉当事者の責任論については,上述の消費者契約法5条の媒介委託者責任と法理論としては通底しています。本判決に見るような最高裁のかなり慎重な判断は,上述の通り,どこまで広がるか分からないスパンの広い民事効に道を開く判決を出すことを恐れているような感じを受けるのですが,名だたる民法の学者・実務家・関係各界の代表者を結集して行われている民法改正のステージでは,スマートな改正の実りが得られるよう願っています。

名義貸しクレジット事件の最高裁判決について

 最高裁(三小)平成29年2月21日判決の意義についてお話しします。

第1 判決及び事案の概要

 一審,控訴審,及び上告審の表示と事案の概要を紹介します。

判決の表示

 平成29年2月21日に,クレジットの名義貸し事件について,契約者敗訴の控訴審判決を差し戻す最高裁判決が出ました。今回の最高裁判決のほか,控訴審及び第1審という各審級の判決の表示は次の通りです。

[最 判] 最判(3小)平成29年2月21日
/平成27年(受)第659号(ジャックス事件)
判タ1437号70頁,裁判所時報1670号49頁,金融・商事判例1513号16頁,
/同平成27年(受)第660号(オリコ事件)判例集未登載

[原 審] 札幌高裁平成26年12月18日判タ1422号120頁

[第1審] 旭川地判平成26年3月28日金融・商事判例1513号32頁

事案の概要

 事案は,呉服店(「京きものあづま」)が,運転資金を引き出すために,顧客に虚偽の説明をして行った名義貸しクレジットであり,最判係属の取引先クレジット会社は,ジャックスと,オリコです。
 割販法平成20年改正によっていわゆる割販法上の不実告知取消権が適用できるようになったのは,平成21年12月1日ですが,今回の名義貸しクレジット契約の時期は,顧客によって,適用前の人と適用後の人がいます。
 この呉服店は,空クレジットの不正資金で運転資金をつないでいて,平成23年10月分までは,呉服店が名義貸しをしてくれた顧客のクレジット引落口座に割賦金相当額を振り込んでいましたが,平成23年11月からは支払を止め,営業も停止しました。そして,平成24年4月には破産手続開始の申立てに至りました。
 そこで,ジャックスとオリコは,顧客らに対し,クレジットの残代金を請求する訴訟を起こしました。これが旭川地裁に係属したわけです。
 契約者側の弁護団は,割販法上の取消権規定施行後の顧客らについて,この規定によるクレジット契約の取消を主張し,この規定の施行前の顧客らについて,売買契約の心裡留保,通謀虚偽表示による無効を事由とする割販法上の抗弁対抗をしました。クレジット会社は,取消権は名義貸しには適用されないとし,抗弁対抗は信義則違反だと主張しました。

第2 虚偽説明にかかる告知内容と一審,控訴審,上告審の判断

 販売店が顧客らにどのように述べて名義貸しを懇請したか,これをもって不実告知取消をなしうるかについて各審級の判断を見ます。

虚偽説明にかかる告知内容

 契約者は,呉服店から懇請されて名義貸しを承諾したわけですが,呉服店が顧客に対して勧誘に際し行った告知内容は,次の通りです。 

 ローンを組めない高齢者等の人助けのための契約締結です。
 高齢者等との売買契約や商品の引渡しは実在します。
「支払については責任をもってうちが支払うから,絶対に迷惑は掛けません。」

 このうちの,「ローンを組めない高齢者等の人助けのための契約締結」というのも,また,「上記高齢者等との売買契約や商品の引渡しは実在する」というのも,どちらも嘘でした。そんな人はおらず,実際には呉服店が不正資金を引き出すための空クレジットでした。
 「支払については責任をもってうちが支払うから,絶対に迷惑は掛けません。」と告知した点は,これを不実告知取消権が使えるような虚偽説明だと捉えるかどうかについて,一審と,高裁と,最高裁とで,意見が分かれました。

不実告知の捉え方に関する一審,控訴審,上告審の判断
  1.  この点一審の旭川地裁は,呉服店の,「支払については責任をもってうちが支払う」「絶対に迷惑は掛けない」という説明は,要するに「支払負担を不要とする旨の説明」だと捉えました。支払負担を不要とするというのは,不実告知で,この点の不実告知がなければ一般通常人もクレジット契約の申込みをしなかったであろうと考えられる点で重要性が認められるので,取消権を定める割販法35条の3の13第1項のうち,具体的には「第6号」が規定するクレジット契約の動機に関する不実告知に含まれると解釈しました。
  2.  これに対して,原審の札幌高裁は,こう言いました。
     「改正後契約者らが立替払契約を締結した主たる動機は,本件販売業者が契約者らのジャックスに対する支払金相当額を補填すると約束した点にある。そして,本件販売業者は,改正後契約の締結時に,上記支払金相当額を支払う意思が全くないにもかかわらず,改正後契約に係る上告人らに対して上記約束をしたということはできないから,本件販売業者が告げた内容に虚偽はなく,取消権規定にいう不実告知があったとはいえない。本件販売業者は,改正後契約を媒介するに当たり,ローンを組めない高齢者等の人助けのための契約締結であり,上記高齢者等との売買契約や商品の引渡しは実在することを改正後契約に係る上告人らに告げているが,その内容は購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものに当たらず,不実告知の対象とはならない。」
     要するに,札幌高裁は,販売店が名義貸しを頼んだ契約者にした勧誘文言のうち,不実といえる告知内容は,名義貸者の「主たる動機」といえるものではなく「重要」なものともいえない。契約者が名義貸しを応諾した主たる動機は販売店が「うちが支払う意思がある」と述べた点にあり,そう見る限り,そこは必ずしも不実告知とはいえない。だから,割販法取消権は使えない。そう判断しました。
     これは,「名義貸人は保護しない」という結論を先に置いての,割販法取消権の解釈手法であるといえます。
  3.  これに対して,最高裁判決は,こう述べました。
     「立替払契約が購入者の承諾の下で名義貸しという不正な方法によって締結されたものであったとしても,それが販売業者の依頼に基づくものであり,その依頼の際,契約締結を必要とする事情,契約締結により購入者が実質的に負うこととなるリスクの有無,契約締結によりあっせん業者に実質的な損害が生ずる可能性の有無など,契約締結の動機に関する重要な事項について販売業者による不実告知があった場合には,これによって購入者に誤認が生じ,その結果,立替払契約が締結される可能性もあるといえる。このような経過で立替払契約が締結されたときは,購入者は販売業者に利用されたとも評価し得るのであり,購入者として保護に値しないということはできないから,取消権規定のうち6号に掲げる事項につき不実告知があったとして立替払契約の申込みの意思表示を取り消すことを認めても,同号の趣旨に反するものとはいえない。」
     「(呉服店の告示内容について)その内容は,名義貸しを必要とする高齢者等がいること,上記高齢者等を購入者とする売買契約及び商品の引渡しがあること並びに上記高齢者等による支払がされない事態が生じた場合であっても本件販売業者において確実に改正後契約に係る上告人らの被上告人に対する支払金相当額を支払う意思及び能力があることといった,契約締結を必要とする事情,契約締結により購入者が実質的に負うこととなるリスクの有無及びあっせん業者に実質的な損害が生ずる可能性の有無に関するものということができる。
     したがって,上記告知の内容は,契約締結の動機に関する重要な事項に当たるものというべきである。」

第3 一審・最高裁判決と,控訴審判決との決定的な違い

 一審・最高裁と控訴審との決定的な違いは,民事特別法(取消権規定・抗弁対抗規定)の立法趣旨・目的尊重の有無にあります。

はじめに

 割販法上の不実告知取消権は,要件が細かく法定されているとはいえ,何をクレジット契約の動機の重要事項と捉えるかの解釈は裁判所に委ねられているので,クレジットの名義貸しを,クレジット会社と顧客との関係で,顧客保護の埒外と決めつける裁判所にあたれば,取消できるような不実告知には当たらないという解釈も一応可能ではあります。
 しかし,そもそも,特定の商取引を規制する業法・経済法の中に,取引の売手と買手を規制する民事ルールの特則が置かれたという場合,そこには,適正かつ妥当な交換秩序を与えようとする民事法の観点に照らしても,当該取引については,その特別なルールによって処理されるべきであるという価値判断が,立法者によってなされているということです。そこには,特則を置くことで守ろうとする法益があり,特則が置かれた趣旨・目的があります。この特則の適用を,個々の裁判官の従前からの特定の通念に従って制限しようという場合(*1)には,当該特則が置かれた趣旨・目的を慎重に斟酌し,特則を置くことで守ろうとした法益を不用意に侵害することがないようにしなければなりません。(*2)
 本件で問題となるのは,やはり,割販法取消権の立法趣旨です。


(*1) 

 狭義の名義貸しクレジット事件については,割販法の抗弁対抗規定に基づく抗弁対抗ができるかに関しては,同規定の立法趣旨を重視し,販売店の積極的な作出・顧客への詐欺的言動があり顧客の対応が消極的な場合にこれを肯定する
   長崎地裁平成1年6月30日判例時報1325号128頁
があったものの,その後,
   東京地判平成5年11月26日判タ871号247頁,東京地判平成6年1月31日判タ851号257頁
が,狭義の名義貸しクレジット契約における顧客が抗弁対抗するのを認めない立場を出した後,割販法の抗弁対抗規定の趣旨・目的及びその背景にある立法事実を斟酌して抗弁対抗の許否に関する信義則による例外を判断しようとする流れが一時立ち消えになっていました。
 これには,上記平成1年長崎地判と上記平成5年,6年東京地判の間にでた,
   最判平成2年2月20日民集159号151頁
の読み取り方に対する誤解(否むしろ誤った『忖度』)があったと思います。

 平成2年最判は,割販法の抗弁対抗規定の適用がある事案について何も述べておらず,むしろ抗弁対抗規定の適用がなく民法準則によって処理すべき事案についても抗弁事由の発生について認識し又は認識できる事情があった場合には抗弁対抗が可能だと述べたとても積極的な意義がある判決ですが,そこをシグナルとして読み違えたような下級審裁判例の動き方がありました。

 わが国でこの流れを変えるには,平成11年から平成18年頃にかけての動き,すなわち
   消費者契約法の制定前後から始まる政府の消費者政策現代化の流れと,
   ダンシング・モニター商法事件
    (抗弁対抗規定に関する裁判例としては,
      大阪高判平成16年4月16日消費者法ニュース60号137頁(上告・確定),
      広島高裁岡山支判平成18年1月31日判タ1216号162頁(確定)
    があります。)
  を中心とする「悪質商法を助長するクレジット」を告発する集団訴訟等の社会的な動き
が必要でした。
 この流れの元で,特商法5類型に係る個別クレジット契約に不実告知取消権を導入する平成20年割販法改正があったのです。  
 しかしその後も,名義貸しクレジットの規律の問題は残っていました。
 平成5年,6年東京地判を出したような,「個々の裁判官の特定の通念」は,民事特別法の立法趣旨との関係で,整理されないまま一部に温存されていたわけです。

 (*2)

 従来「業法」「経済法」と呼ばれてきた金融商品取引法,商品先物取引法,割賦販売法,特定商取引法等の取引関係法令に関する2000年以降の法の現代化の進展に伴い,市場の担い手の果たすべき注意や負うべき責任は,そこに誘引される者の負うべき注意や負うべき責任とは質的に相当程度異なるものであること,
 担い手がその市場でなす営業の自由を含む私権の内容や行使の方法は,公益的かつ市場内在的な観点から特別な制限に服するべきことが広く認識されるようになっています。
 これは民法解釈における債権の制約根拠の問題としては,民法1条1項(私権は,公共の福祉に適合しなければならない。)ないし2項(権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。)の適用問題として位置付くものです。

最高裁判決の述べる取消権規定の立法趣旨

 最判は,割販法35条の3の13第1項6号の立法趣旨について,次のように述べています。
 「改正法により新設された割賦販売法35条の3の13第1項6号は,あっせん業者が加盟店である販売業者に立替払契約の勧誘申込書面の取次ぎ等の媒介行為を行わせるなど,あっせん業者と販売業者との間に密接な関係があることに着目し,特に訪問販売においては,販売業者の不当な勧誘行為により購入者の契約締結に向けた意思表示に瑕疵が生じやすいことから,購入者保護を徹底させる趣旨で,訪問販売によって売買契約が締結された個別信用購入あっせんについては,消費者契約法4条及び5条の特則として,販売業者が立替払契約の締結について勧誘をするに際し,契約締結の動機に関するものを含め,立替払契約又は売買契約に関する事項であって購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものについて不実告知をした場合には,あっせん業者がこれを認識していたか否か,認識できたか否かを問わず,購入者は,あっせん業者との間の立替払契約の申込みの意思表示を取り消すことができることを新たに認めたものと解される。」

立法担当者の述べる立法趣旨との平仄の合致

 平成20年割販法改正の立法担当者は,従前から根絶されることなく続いてきた「悪質商法を助長するクレジット」(*1)の構造的問題に対処し,実効的な市場規制を通じて,購入者保護とクレジット市場の公正を期すため,昭和59年以来の割販法上の民事ルールである抗弁対抗規定を,個別クレジットの分野で,一歩進めることにしました。すなわち,個別クレジット取引で,特商法5類型にあたる取引を販売店が行うに際し,虚偽の説明(不実告知等)をして契約を締結させた場合には,抗弁を対抗して未払金の支払いを拒絶できるだけでなく,既払金の返還も請求できるものとしたのです。

 この際,既払金返還の民事ルールを立てるにあたって,その民法的基礎を何処に置くかが問題となります。

 審議会では,クレジット会社の適正与信義務を公法上の義務として規定することを前提として,信義則を拠り所とする等により「損害賠償責任」という民事効果を発生させる法律構成とする方法があるとの意見が出されました。
 また,売買契約が無効・取消・解除になった場合においては与信契約についても無効・取消・解除される等の法律構成により既払金返還を認めるという「共同責任」の提案もありました。
 さらに,民法準則としての報償責任に基礎を置く消費者契約法5条の媒介の法理を応用し,個別クレジット契約においては販売店が販売契約と与信契約を一体で勧誘している実態に鑑みて,取消原因を拡張し,消費者契約法4条,5条の特則となる不実告知等取消権として既払金返還を構成する方法などが考えられました。(*2)

 立法担当者は,この最後の構成を採用しました。(*3)

 最判が述べる「改正法は,あっせん業者が加盟店である販売業者に立替払契約の勧誘や申込書面の取次ぎ等の媒介行為を行わせるなど,あっせん業者と販売業者との間に密接な関係があることに着目し,特に訪問販売においては,販売業者の不当な勧誘行為が生じやすいことから,消費者契約法4条及び5条の特則として,販売業者が不実告知をした場合には,あっせん業者がこれを認識していたか否か,認識できたか否かを問わず,立替払契約の申込みの意思表示を取り消すことができることを認めたもの」という割販法取消権の立法趣旨は,上記の立法担当者の立法趣旨を正確に要約したものといえます。

(*1) 産業構造審議会割賦販売分科会基本問題小委員会(第11回)議事要旨参照
  http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004270/index11.html
(*2) 産業構造審議会割賦販売分科会基本問題小委員会平成19年6月中間整理6頁。
(*3) 産業構造審議会割賦販売分科会基本問題小委員会平成19年12月報告書10頁,経産省「平成20年版割賦販売法の解説」221~223頁。

立法趣旨に関する政府参考人の答弁

 ここで立法担当者が「報償責任に基礎を置く消費者契約法5条の媒介の法理を応用し」たということの具体的な意味内容として,政府参考人の答弁を紹介します(第169国会参院経委会議録第15号13頁・橘髙公久政府参考人の答弁)。
 橘髙政府参考人は,個別クレジット契約の取消権の趣旨について,要旨

 「個別クレジット業者は契約締結業務を販売業者等に委ねており,販売業者等はクレジット業者に代わって契約締結業務を担当しつつ商品を販売しており,このような密接な取引関係にある以上,個別クレジット業者は,加盟店関係にある販売業者等による不実告知などの悪質な勧誘行為を調査する機会を当然有しているし,容易)に把握できる立場にある。(*1)
 さらに,個別クレジット業者は,販売業者等に業務を一任した責任があり,またそれにより利益を享受しており,報償責任を負うべき立場にあると考えられる。
 従って,販売業者等が『不当な勧誘行為』を行っている場合は,個別クレジット業者は,契約締結時にそのような事実を知っていたかどうかを問わず,既払金返還義務を負担すべきである。」

と答弁しています。
 個別クレジット取引に関するこの実態認識(立法事実)が,既払金返還義務規定をおいた民法的基礎となっているわけです。


(*1) 
 この「与信業者は,…容易に把握できる立場にある」との部分は,割販法上の抗弁対抗規定の立法趣旨の延長線上にも位置付くものです。もっとも,割販法取消権の立法例が媒介の法理を基礎として位置づけられたことで,割販法上の抗弁対抗規定も,広い意味での媒介の法理(その基礎には報償責任という民法準則が内在)という民法的基礎の上にあるという風に位置づけられることになった,といっても良いと思います。

立法趣旨からは名義貸しの際の不実告知も「保護範囲」となること

 このような割販法取消権の立法趣旨に鑑みると,最判が判示するように,「立替払契約が購入者の承諾の下で名義貸しという不正な方法によって締結されたものであったとしても,」それが販売業者による「契約締結の動機に関する重要な事項」についての不実告知という悪質な勧誘行為がなされたために締結されたという場合には,与信業者は,販売業者による悪質な勧誘行為を調査する機会を当然有しているし,容易に把握できる立場にあるうえ,販売業者に業務を一任した責任があり,またそれにより利益を享受しており,報償責任を負うべき立場にあると考えられる以上,このような与信業者との関係では,「購入者が販売業者に利用されたとも評価し得る」訳ですから,「購入者として保護に値しないということはできない」といえます。

 立法趣旨に基づく保護範囲が上記のとおりであるがゆえに,主務省も,クレジット業者による販売業者調査義務の対象である割販法施行規則所定の「不実告知等による誤認の有無」(規則第76条11項5号)には,「例えば,名義貸しによって申込者に金銭的負担が不要と誤認させるなど,クレジットの不正利用となるような契約の勧誘行為の有無を確認することが本規定に含まれるものである。」と明確に整理して解説している訳です(「平成20年版割賦販売法の解説」183頁)。*1

 ところが,前掲の札幌高裁での名義貸しに関する「動機に関する重要な事項」の組み立て方は,「不実告知」といえるものを全て主要ないし重要ではないものとして切り捨て,「不実告知」といえないものをだけを切り出して,それは不実告知ではないと述べる,というトートロジーを犯している訳です。

 これは,「立法者が何を保護範囲と考えていようと,名義貸しは許されない」という,いわば「耳を塞いだ」立場であり,個別クレジットの取引態様や被害実態という立法事実を踏まえ,丁寧に専門的議論を積み重ねた主務省の審議会での議論や国民の代表機関である国会での成熟した議論の結果を踏まえず,旧来の裁判例の考え方に通底する「素朴な正義感」で,政策立法である新法の解釈をも十分な立法趣旨の分析なしに裁断した判決であって,最高裁でひっくり返されたのは理の当然であるといえます。

*1 平成21年5月28日開催の第2回消費経済審議会特定商取引部会割賦販売部会合同会合における所管庁の説明参照。

第4 最高裁判決の射程

 最高裁が差戻審に振った宿題に触れて最高裁判決の射程をコメントします。

●最高裁判決の射程
  1.  最判は,販売業者の依頼による名義貸しの事案で,「契約締結の動機に関する重要な事項についての不実告知」と評価することのできる「不実告知」について,本件事案を念頭に置いて,例えば「その依頼の際,契約締結を必要とする事情,契約締結により購入者が実質的に負うこととなるリスクの有無,契約締結によりあっせん業者に実質的な損害が生ずる可能性の有無などについて不実告知があった場合」などは,これに当たると例示的な判断をしたうえで,本件事案の場合には,重要事項の不実告知にあたるとしました。
     その上で,差戻審に,平成20年割販法改正後の契約者については,上記不実告知による「誤認の有無」を審理させること,平成20年改正前の契約者については,「契約者が名義貸しに応じた動機やその経緯を前提にしてもなお売買契約の無効(*1)をもってクレジット会社に対抗することが信義則に反するか否かなどについて審理させることにしました。
  2.  最判が例示するような点について,不実告知が行われたとしても,レアなケースとして,契約者の中には,「この販売店は,実際には資金繰りに窮していて,私にはうまいことを言っているが,本当は,クレジットの仕組みを悪用して空クレジットをし,資金を不正に引き出そうとしていることを知っている。でも困っているなら助けてやろう。」というような認識がある場合もないとはいえません。さすがに,こういう場合には,不実告知を誤認しているとはいえないと考えられます。また,こういう場合には,割販法の抗弁対抗権の行使は,原則として信義則に違反すると考えられます。一審判決は,これを「購入者が販売業者においてクレジット取引を悪用してクレジット業者に損害を及ぼす意図であることを知りながら積極的に加担したという場合」と的確に挙示しています。もっとも,信義則の判断においては,クレジット会社の状況も考慮されるので,契約者側にこのような認識がある場合でも,クレジット会社の方でも,当該契約者が与信申込みをしている当該契約が本当は空クレジットだと知っていたという場合には,やはり信義則にも反しないと考えられます。誤認の有無や信義則の判断では,こうしたレアケースを処理することができます。
  3.  差戻審では,こうしたレアケースの有無について,立証責任を負うクレジット会社側の主張・立証を待って判断をすることになります。(*2)

(*1) 原審札幌高裁は,一審同様,名義貸しかかる売買契約は心裡留保・通謀虚偽表示により無効と判断しています。

(*2) 差戻審では,平成29年中に契約者とクレジット会社との間で和解が成立し,事件は円満解決しました。