労災事故相談のイロハ

 労災事故相談の基本的な事柄についてお話しします。

  労災事故と労災保険給付
   まず労災保険制度の概要をお話しします。

労災保険について

1.労災保険とは

  • 労災保険とは,業務上災害又は通勤災害により,労働者が負傷した場合,疾病にかかった場合,障害が残った場合,死亡した場合などについて,被災労働者又はその遺族に対し保険給付を行う制度です。労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」)に基づく制度です。

2.業務上災害に対する補償義務

  • 業務上災害とは,労働者が就業中に,業務が原因となって発生した災害をいいます。
  • 業務上災害については,労働基準法に,使用者が療養補償その他の補償をしなければならないと定められています(労基法75条)。

3.労災保険制度

  • そこで,労働者が確実に補償を受けられるようにするため,及び事業主の補償負担の軽減のために労災保険制度が設けられています。
  • 労働者とは,正社員のみならずパート,アルバイト等,使用されて賃金を支給される方すべてをいいます。
  • 労災保険法上,労働者を一人でも使用する場合には強制的に適用事業とすることとし(労災保険法3条),被災労働者が労災保険による補償給付を受けた場合は,使用者は労働基準法の補償義務を免除されることとされています。
  • そこで,労働者を一人でも使用する事業は労災保険法の適用を受けるので,労災保険加入の手続をとり,保険料を納付しなければなりません。保険料は全額事業主負担です。
  • 適用事業場に使用されている労働者であれば誰でも,業務上災害又は通勤災害により負傷等をした場合は保険給付を受けることができます。

4.健康保険との関係

  • 労働者の負傷,疾病等に対する保険制度としては,労災保険のほかに健康保険があります。しかし,健康保険法では,労働者の業務以外の事由による疾病,負傷,死亡等に関して保険給付を行うと定められていますので(健康保険法附則3条),業務上災害については,健康保険による給付を受けること(健康保険被保険者証を提示して治療を受けるなど)はできません。

労災事故の賠償請求における責任原因の書き方例

 書き方例を表示します。

足場解体工事での転落事故

 足場の大ばらし解体時の事故の例です。

責任原因

1.事故原因と事業者の安全配慮義務

 -本件事故はどうして発生したか,どうすべきであったか。

  • 本件のように,大ばらし解体の方法により,足場をブロックで区切り,ブロック毎にレッカーで吊り上げて解体する工事作業を行うにあたっては,当該工事の事業者は,現場労働者に対する安全配慮義務(不法行為法上の義務ないし工事事業者の現場労働者に対する信義則上の義務)として,足場を吊上げた時に生じうる足場材との接触事故やこれに伴う足場からの墜落事故を防止するため,遅くとも足場ブロックのレッカー吊上げ作業を開始する前に,現場労働者を,ジョイントの縁を切られてレッカーにより吊り上がることとなる足場よりも下段の足場の作業床に退避させ,その退避場所において安全帯を使用させておく必要がある。
  • そうではなく,吊り上がる足場のある作業床に居残らせた状態で吊り上げ作業をする場合には,足場吊り上げ時に吊り上げた足場が揺れ,建枠や交さ筋かいなどの足場材が労働者に接触し,傷害事故や接触に伴う転落事故を招く危険が十分にあるからである。
  • また,このような場所では,転落事故を防止するために作業員が安全帯を使用しようとしても,安全帯フックを正しく掛けることができる足場材がなく(安全帯は,身体よりも上方の,衝撃力に十分耐え得る堅固なものに掛ける必要があるところ,上方の足場材はレッカーで吊り上げられてしまうことになるため),墜落防止のための安全帯の正しい使用も不可能だからである。
  • しかるに,本件では,本件事故当時,最上部の足場ブロック(5スパン・2段)をレッカーで吊り上げる作業を行うに際し,この作業を共同して行っていた亡Aと職長(現場代理人)Bは,二人とも,吊り上がる足場ブロック2段のうち下の段の足場のある作業床に居残ったまま,足場のジョイントのロックを解除して足場をクレーンで吊り上げる作業を行っていた。このため,亡Aは,対象足場材の吊り上げ作業中に偶然跳ね上がった足場材に当たり,その衝撃で転落したものである。その際亡Aは安全帯を足場材に掛けていなかったけれども,それは掛けるべき足場材を上方に吊り上げようとしていたからである。
  • こうして,本件事故が発生したものである。
  • そこで,本件工事の事業者(元請,第1次下請,ないし第2次下請)であるYらは,現場労働者の生命身体に対する安全配慮義務を怠ったものとして,被災者である亡Aに生じた損害について,共同して,不法行為(民法709条,719条,715条)ないし債務不履行(民法415条)に基づく損害賠償責任を負う。
2.クレーン作業に関する労働安全衛生法規
  • なお,上記下線部にかかる法理は,労働安全衛生法に基づくクレーン等安全規則(昭和47年9月30日労働省令第34号)にも次のように表れている。
  • 労働安全衛生法規に規定されているルールは,民法上の安全配慮義務の内容としては,その最低基準を示す強行法規である(労働安全衛生法3)。そこで,これらの規定の存在は,工事事業者に対する上記(1)の安全配慮義務の存在を基礎付けるものであるといえる。
  • すなわち,
  • ア 同規則74条の2
    ・まず,同規則74条の2は,労働安全衛生法(施行令)に基づき,移動式クレーンの作業に係る事業者に対し,「移動式クレーンに係る作業を行う場合であって,次の各号のいずれかに該当するときは,つり上げられている荷(第六号の場合にあっては、つり具を含む。)の下に労働者を立ち入らせてはならない」と規定している。
    ・一 ハッカーを用いて玉掛けをした荷がつり上げられているとき。
    ・二 つりクランプ一個を用いて玉掛けをした荷がつり上げられているとき。
    ・三 ワイヤロープ等を用いて一箇所に玉掛けをした荷がつり上げられているとき(当該荷に設けられた穴又はアイボルトにワイヤロープ等を通して玉掛けをしている場合を除く。)。
    ・四 複数の荷が一度につり上げられている場合であって、当該複数の荷が結束され、箱に入れられる等により固定されていないとき。
    ・五 磁力又は陰圧により吸着させるつり具又は玉掛用具を用いて玉掛けをした荷がつり上げられているとき。
    ・六 動力下降以外の方法により荷又はつり具を下降させるとき。
  • イ  同規則114条
    ・また,同規則114条は,労働安全衛生法(施行令)に基づき,デリックの作業に係る事業者に対し,「デリックを用いて作業を行なうときは,巻上げ用ワイヤロープ若しくは起伏用ワイヤロープが通っているシーブ又はその取付け部の破損により,当該ワイヤロープがはね,又は当該シーブ若しくはその取付具が飛来することによる労働者の危険を防止するため,当該ワイヤロープの内角側で、当該危険を生ずるおそれのある箇所に労働者を立ち入らせてはならない。」と定めている。
  • ウ これらの規定の趣旨
    ・これらの規定の趣旨は,クレーンによるつり上げつり下げ作業の際のクレーンのワイヤロープや取付具そのものの跳ね上げ・飛来や,つり下げている荷物の落下等により,現場労働者の生命・身体の安全に危険が及ぶのを防止しようとする点にある。
  • この法理を,足場の大ばらし解体の場面に応用すれば上記(1)の下線部のようにいうことができるものと解される。
3.元請事業者等の責任原因
  • 上記(1)の足場解体工事に際しての事業者の安全配慮義務は,その工事が元請,第一次下請,第二次下請等と階層を下り,現実の作業が末端の下請事業者の雇用する労働者によって実施されるような場合であっても,現に作業を行っていた被災労働者を雇用する末端事業者にのみ向けられる義務ではなく,当該足場解体工事を行う事業者全体に課せられる義務である。
  • この考え方は,建設業において労災保険が各事業者毎ではなく各工事毎に適用されるという法理に表れているし,労働安全衛生法29条の規定,すなわち,「元方事業者は,関係請負人及び関係請負人の労働者が,当該仕事に関し,この法律又はこれに基づく命令の規定に違反しないよう必要な指導を行なわなければならない」(1項),「元方事業者は、関係請負人又は関係請負人の労働者が、当該仕事に関し、この法律又はこれに基づく命令の規定に違反していると認めるときは、是正のため必要な指示を行なわなければならない。」(2項)という規定にも表れているとおりである。
  • よって,本件ではYらはそれぞれの役割に応じた安全配慮義務を怠ったものとして,連帯して原告らに対し損害賠償責任を負う。

スキー場での労災事故

 スキー場のリフト点検台上での巻き込まれ事故の例です。

責任原因

1.労働安全衛生規則所定の安全基準違反
  • 労働安全衛生規則第101条は,「原動機,回転軸等による危険の防止」として,事業者に対し,「事業者は,機械の原動機,回転軸,歯車,プーリー,ベルト等の労働者に危険を及ぼすおそれのある部分には,覆い,囲い,スリーブ,踏切橋等を設けなければならない。」と定めている。しかるに,本件は,リフト機の指導点検作業に従事していたXが,回転中のプーリーとVベルトに手袋の左手親指を挟まれて負傷したものであるところ,本件プーリーの周囲には,同条の定める事業者の安全基準に違反してフェンスその他の巻き込みを防止する措置が講じられておらず,このために,Xの手が巻き込まれてしまったものである。
2.その他の安全配慮義務違反
  • 〇〇スキー場の高速リフトの駅舎には,プーリーの危険から従業員その他の者の安全を確保するため,赤外線センサーによる安全装置が設置されており,2階に人がいるときにはプーリーは作動せず,また停止するシステムとなっていた。Y会社としては,プーリー駆動時においては,このシステムを稼働し,従業員その他の者の安全を確保すべき体制がとられていた。しかるに,本件事故は,正社員係員が試運転を指示し,駅舎1階でアルバイト係員が始動ボタンを押し,プーリーが格納されている駅舎2階においてXが他の係員とともにプーリーの始動を目視確認して階下に降りようとした際に発生したものであるところ,この当時,上記自動停止装置の稼働が止められており,このために,Xの手が巻き込まれてしまったものである。
3.損害賠償責任
  • 索道事業者には,リフト運転に従事する係員との雇用契約に付随して,リフトの運転に伴い,プーリーに手を巻き込まれるといった典型的な労働災害から従業員の生命・身体を保護する安全配慮義務があるところ,被告会社は,上掲の安全配慮義務違反により,本件事故を惹起したものであり,本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。