被用者の使用者に対する求償(民法715条)もちろん可。最判(2小)令和2年2月28日判時2460-62

福山通運事件

<判旨> 被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができる。


<諸般の事情の内訳>

  1. 使用者の事業の性格,規模,施設の状況,
  2. 被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,
  3. 加害行為の態様,
  4. 加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度
  5. その他

<本文>

  1.  本件本訴請求は,被上告人の被用者であった上告人が,被上告人の事業の執行としてトラックを運転中に起こした交通事故に関し,第三者に加えた損害を賠償したことにより被上告人に対する求償権を取得したなどと主張して,被上告人に対し,求償金等の支払を求めるものである。
  2.  原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
    (1)被上告人〔福山通運-筆者〕は,貨物運送を業とする資本金300億円以上の株式会社であり,全国に多数の営業所を有している。被上告人は,その事業に使用する車両全てについて自動車保険契約等を締結していなかった。〔なんと!!-筆者〕
    (2)上告人は,平成17年5月,被上告人に雇用され,トラック運転手として荷物の運送業務に従事していた。
    (3)上告人は,平成22年7月26日,上記業務としてトラックを運転中,信号機のない交差点を右折する際,同交差点に進入してきたAの運転する自転車に上記トラックを接触させ,Aを転倒させる事故(以下「本件事故」という。)を起こした。Aは,同日,本件事故により死亡した。被上告人は,Aの治療費として合計47万円余りを支払った。
    (4)Aの相続人は,その長男及び二男(以下,それぞれ単に「長男」,「二男」という。)であった。
    (5)二男は,平成24年10月,被上告人に対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。平成25年9月,二男と被上告人との間で訴訟上の和解が成立し,被上告人は,二男に対して和解金1300万円を支払った。
    (6)長男は,平成24年12月,上告人に対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。第1審裁判所は,平成26年2月,46万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡した。上告人は,同年3月,上記判決に従い,長男に対して52万円余りを支払った。
     長男が上記判決を不服として控訴したところ,控訴審裁判所は,平成27年9月,上記判決を変更し,1383万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡し,その後,同判決は確定した。
    (7)上告人は,平成28年6月,上記判決に従い,長男のために1552万円余りを有効に弁済供託した。
  3.  原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,上告人の本訴請求を棄却した。
     被用者が第三者に損害を加えた場合は,それが使用者の事業の執行についてされたものであっても,不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し,負担すべきものである。
     民法715条1項の規定は,損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え,使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず,被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない
     また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において,使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが,これは,信義則上,権利の行使が制限されるものにすぎない。
     したがって,被用者は,第三者の被った損害を賠償したとしても,共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き,使用者に対して求償することはできない。
  4. しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。
    その理由は,次のとおりである。
     民法715条1項が規定する使用者責任は,使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和30年(オ)第199号同32年4月30日第三小法廷判決・民集11巻4号646頁,最高裁昭和60年(オ)第1145号同63年7月1日第二小法廷判決・民集42巻6号451頁参照)。
     このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである
     また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,
     その事業の性格,規模,施設の状況,
     被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,
     加害行為の態様,
     加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度
     その他諸般の事情
    に照らし,
     損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができる
    と解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
     以上によれば,被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。
  5.  以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人の本訴請求に関する部分は破棄を免れない。そして,上告人が被上告人に対して求償することができる額について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
     よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官菅野博之,同草野耕一の補足意見,裁判官三浦守の補足意見がある。

 裁判官菅野博之,同草野耕一の補足意見

 私たちは法廷意見に賛同するものであるが,更に審理を尽くさせるために本件を原審に差し戻した趣旨について,敷衍して述べておきたい。

  1.  当審が原審に求めている審理事項は,本件事故による損害に関して各当事者が負担すべき額であり,その際に考慮すべき諸事情は法廷意見で述べたとおりである。
     これらの諸事情のうち本件においてまず重視すべきものは,上告人及び被上告人各自の属性と双方の関係性である。
     これを具体的にいえば,
     使用者である被上告人は,貨物自動車運送業者として規模の大きな上場会社であるのに対し,
     被用者である上告人は,本件事故当時,トラック運転手として被上告人の業務に継続的かつ専属的に従事していた自然人であるという点である。
     使用者と被用者がこのような属性と関係性を有している場合においては,通常の業務において生じた事故による損害について被用者が負担すべき部分は,僅少なものとなることが多く,これを零とすべき場合もあり得ると考える。
     なぜなら,通常の業務において生じた事故による損害について,
     上記のような立場にある被用者の負担とするものとした場合は,
     被用者に著しい不利益をもたらすのに対し,
     多数の運転手を雇って運送事業を営んでいる使用者がこれを負担するものとした場合は,
     使用者は変動係数の小さい確率分布に従う偶発的財務事象としてこれに合理的に対応することが可能であり,
     しかも,使用者が上場会社であるときには,その終局的な利益帰属主体である使用者の株主は使用者の株式に対する投資を他の金融資産に対する投資と組み合わせることによって自らの負担に帰するリスクの大きさを自らの選好に応じて調整することが可能だからである。
     さらに付け加えると,使用者には,財務上の負担を軽減させる手段として業務上発生する事故を対象とする損害賠償責任保険に加入するという選択肢が存在するところ,
     被上告人は,自己の営む運送事業に関してそのような保険に加入せず,賠償金を支払うことが必要となった場合には,その都度自己資金によってこれを賄ってきたというのである(以下,このような企業の施策を「自家保険政策」という。)。
     被上告人が自家保険政策を採用したのは,その企業規模の大きさ等に照らした上で,そうすることが事業目的の遂行上利益となると判断したことの結果であると考えられる。
     他方で,上告人は,被上告人が自家保険政策を採ったために,企業が損害賠償責任保険に加入している通常の場合に得られるような保険制度を通じた訴訟支援等の恩恵を受けられなかったという関係にある。
     以上の点に鑑みるならば,
     使用者である被上告人が自家保険政策を採ってきたことは,本件における使用者と被用者の関係性を検討する上で,使用者側の負担を減少させる理由となる余地はなく,むしろ被用者側の負担の額を小さくする方向に働く要素であると考えられる。
  2.  なお,事案によっては,
     各当事者が負担すべき額を検討するに当たって,
    ① 不法行為の加害者でもある被用者の負担金額が矯正的正義の理念に反するほどに過少なものとなったり,あるいは,
    ② 今後同種の業務に従事する者らが適正な注意を尽くして行動することを怠る誘因となるほどに過少なものとなったりすることがないように配慮する必要がある場合もあろう。
     しかしながら,本件に関しては,
     上告人は,本件事故を起こしたことについて自動車運転過失致死罪として執行猶予付きながら有罪の判決を受けていること,
     本件事故当時の固定給が毎月6万円(歩合給や残業代を含めると22万円ないし25万円)であったのに対し,
     本件事故に際して「罰則金」なる名目で被上告人から40万円を徴収されていること,
     上告人の被上告人における勤務態度は真面目で本件事故が起きるまで別段の問題を起こしたこともなかったが,本件事故後に被上告人を退職することになったこと,
     本件事故に関して被害者の遺族の一人から損害賠償請求訴訟を提起され,前述のとおり被上告人が自家保険政策を採ってきたことの結果として保険会社からの支援を得られないまま,長年にわたり当該訴訟への対応を余儀なくされたこと
    が認められるのであって,
     このように上告人が本件事故に起因して様々な不利益を受けていることからすれば,
     本件は,上記①及び②の点に関する配慮が必要な事案ではないと考えられる。
  3.  差戻審においては,各当事者の主張の展開を踏まえつつ,上記に述べた上告人及び被上告人の属性と関係性その他の諸事情を適切に考慮した上で,損害の公平な分担額について判断されるべきであると考える。

 裁判官三浦守の補足意見

 貨物自動車運送事業に関し,被用者が使用者に対して求償することができる額の判断に当たり考慮すべき点について付言する。
 貨物の円滑な流通は,我が国における経済活動及び国民生活の重要な基盤であり,貨物自動車運送事業は,その流通の中心的な役割を担うものであるから,その健全な発展を図ることは,我が国社会にとって重要な課題である。
 そのため,貨物自動車運送事業法は,この事業の運営を適正かつ合理的なものとすること等を目的として(1条),
 一般貨物自動車運送事業を国土交通大臣による許可制とし(3条),
 その許可基準の一つとして,「その事業を自ら適確に,かつ,継続して遂行するに足る経済的基盤及びその他の能力を有するものであること」を定めている(6条3号。平成30年法律第96号による改正前は「その事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するものであること」と定められていたが,基本的な趣旨は変わらないものと解される。)。
 そして,国土交通大臣は,その審査に当たり,貨物の運送に関し支払うことのある損害賠償の支払能力を審査することが省令で明確化されたが(令和元年国土交通省令第27号により追加された貨物自動車運送事業法施行規則3条の6第3号),
 これは,貨物自動車運送事業が,その事業の性質上,貨物自動車による交通事故を含め事業者が貨物の運送に関し損害賠償義務を負うべき事案が一定の可能性をもって発生することを前提として,事業者がその義務を十分に果たすことが事業を適確かつ継続的に遂行する上で不可欠と考えられることによる。
 したがって,事業者がその許可を受けるに当たっては,計画する事業用自動車の全てについて,自動車損害賠償責任保険等に加入することはもとより,一般自動車損害保険(任意保険)を締結するなど,十分な損害賠償能力を有することが求められる(「一般貨物自動車運送事業及び特定貨物自動車運送事業の許可及び事業計画変更認可申請等の処理について」(平成15年2月14日付け国自貨第77号)参照)。
 このことは,この事業の遂行に伴う交通事故の被害者等の救済にとって重要であることはいうまでもないが,それとともに,貨物自動車運転者である被用者の負担軽減という意味でも重要である。
 日常的に使用者の事業用自動車を運転して業務を行う被用者としては,その業務の性質上,自己に過失がある場合も含め交通事故等を完全に回避することが事実上困難である一方で,自ら任意保険を締結することができないまま,重い損害賠償義務を負担しなければならないとすると,それは,被用者にとって著しく不利益で不合理なものというほかない。
 その意味で,これは,この事業を支える貨物自動車運転者の雇用に関する重要な問題といってよい。
 事業者である使用者に対し,事業用自動車の全てについて十分な損害賠償能力を求めることは,任意保険又は使用者の負担において,その損害賠償を行うことによって,被用者の負担を大きく軽減し又は免れさせ,ひいては,この事業の継続に必要な運転者の確保に資するという意味でも重要な意義がある。
 上記の許可基準は,以上のような趣旨を含むものと理解することができ,法廷意見が述べるような,被用者が使用者に対して求償することができる額の判断に当たっては,こうした点も考慮する必要がある。
 特に,使用者が事業用自動車について任意保険を締結した場合,被用者は,通常その限度で損害賠償義務の負担を免れるものと考えられ,使用者が,経営上の判断等により,任意保険を締結することなく,自らの資金によって損害賠償を行うこととしながら,かえって,被用者にその負担をさせるということは,一般に,上記の許可基準や使用者責任の趣旨,損害の公平な分担という見地からみて相当でないというべきである。
(裁判長裁判官 草野耕一 裁判官 菅野博之 裁判官 三浦 守 裁判官 岡村和美)

平成30年(受)第1429号
平成30年(ネ受)第170号 債務確認 求償金反訴請求上告受理申立事件
申立人 X1
相手方 Y1株式会社
       上告受理申立理由書
                         平成30年7月10日
最高裁判所 御中
                  申立人訴訟代理人 弁護士 青木苗子
                  同 訴訟復代理人 弁護士 新内谷早紀
第1 本件事案の概要
1 本訴事件
  申立人は,相手方に雇用され,その業務として自動車を運転中,被害者を死亡させる交通事故(以下「本件事故」という。)を発生させた。
  申立人は,被害者の相続人2名のうち1名に損害賠償金を支払ったうえ,相手方に対し,以下の根拠に基づき,同1名に支払った賠償金のうち弁済供託に基づく支払額1552万2962円および損害金の支払いを求めて訴訟を提起した。
 (1)主位的請求
   本件事故によって生じた被害者の損害全額を相手方が負担するとの合意が成立した。
 (2)予備的請求
   業務中の事故によって生じた賠償金を支払った被用者には信義則を根拠として使用者に対する求償権があり,本件においては,その総額を請求できる。
2 反訴事件
  本件事故に関し,被害者の別の1名の相続人に賠償金を支払った相手方が,申立人に対し,民法715条3項および自動車損害賠償保障法4条に基づき,求償金1300万円および損害金の支払を求めた。
3 第一審判決及び控訴
  第一審は,申立人の本訴請求における予備的請求のうち839万2222円およびこれに対する損害金の支払義務について認容し,相手方の反訴請求を棄却した。
4 原審判決
  相手方が控訴した結果,原審は,第一審判決中本訴請求に関する相手方敗訴部分を取り消して申立人の本訴請求を棄却し,反訴請求に係る控訴を棄却した。
第2 上告受理申立理由
1 最高裁判例
  最高裁昭和51年7月8日判決(以下「51年最判」という。)は,民法715条3項に基づく使用者の被用者に対する求償権について,「使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散について使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し求償の請求をすることができる」と判示し,同事件において使用者が直接被った損害及び被害者に対する損害賠償義務の履行により被った損害のうち被用者に対して賠償及び求償を請求しうる範囲は,信義則上損害額の四分の一を限度とすべきであるとした。
  つまり,最高裁判所は,民法715条3項の存在にかかわらず,信義則を直接の根拠として,使用者と被用者との損失の分担割合について考慮すべき具体的事情を列挙し,これらの事情を勘案して確定したうえ,使用者は,その限度において被用者に求償できると判断している。
2 下級審判例
 (1)51年最判以降,同種事案について多数の下級審裁判判例が蓄積されてきた(第一審原告準備書面(2)別紙)が,これらの判例では,51年最判の提示した具体的事情に照らし,被用者に負担させる損害賠償額の割合が5%から50%と算定されている。
 (2)通常,被害者は,被用者より資金力が優れている使用者に対し損害賠償請求を行う。しかし,まれには,本件のように,被害者が,被用者のみを相手方として損害賠償請求訴訟を提起する場合もある。そのため,本件では,被用者が被害者に損害賠償義務を果たした後に使用者に対して求償した(以下「逆求償」という。)が,この場合にも51年最判の考え方は適用されるべきである。
   逆求償を求めた先例として公刊されている判例は,鳥栖簡易裁判平成27年9月4日及びその控訴審である佐賀地判平成27年9月11日のみであるが,これらの判決も,51年最判の示す具体的事情に照らし,発生した損害のうち被用者の負担割合を30%と判断し,差額について被用者から使用者に対する求償を認めた。
3 原審判決の判断が最高裁判決にも下級審判決にも反していること
  原審判決は,逆求償を認めることはできないと判断し,第1の4の結論に至ったが,この判断は,51年最判及びこの基準に沿う下級審判決の考え方と齟齬し,また,以下に述べる通り民法1条2項及び民法715条の解釈を誤っている。
  よって,原審判決は最高裁判所の判例と相反し,かつ法令の解釈に関する重要な事項を含むものとして,上告受理申立を受理し,審理判断することを求める。
第3 原審判決が逆求償権を否定した根拠
1 原審判決の内容1
  原審判決は,まず,以下の通り,51年最判の考え方を前提にすれば逆求償を認める余地があると述べる。
 (1)被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加えた場合,報償責任及び危険責任の原理から,使用者は,民法715条1項本文に基づき,被用者に代位して被害者に対し,直接損害賠償義務を負う。
 (2)使用者と被用者の間に雇用等の契約関係が存在する場合,民法715条3項は,債務不履行を法的根拠として不法行為者である被用者に対し使用者の求償権の行使を妨げないことを注意的に規定しているが,51年最判の基準に従えば,使用者の求償権は制限されることがある。
 (3)被用者が民法709条に基づき不法行為に基づく損害賠償責任を負い,使用者が民法715条1項本文に基づく損害賠償責任を負う場合,両者の損害賠償債務は不真正連帯債務の関係にある。
   一般に不真正連帯債務の債務者の一方が,自己の負担部分を超えて賠償債務を履行した場合には,超えた部分について他方に求償することができるが,民法715条3項の求償権行使が信義則により求償権の行使を制限された部分は,使用者が最終的に負担する部分となるので,この場合には負担部分が存在するのと同じ結果になる。
 (4)被害者が損害賠償請求をするにあたり使用者を相手方としたときには求償が認められ,被用者を相手方としたときには逆求償を認めないとすると,被害者が損害賠償請求の相手をどちらに選択するかによって,使用者と被用者の最終的な分担割合が異なることが起きる。
 (5)以上のような事情を踏まえると,逆求償を認める考えもあり得るし,そのことが当事者の公平にかなうとの考えもあり得る。
2 原審判決の内容2
  ところが,原判決は,引き続き次のように述べて,逆求償は認められないとの結論を示す(下線は引用者)。
 (1)民法715条1項は,被害者保護のための規定であって,本来,不法行為者である被用者が被害者に対して全額損害賠償債務を負うべきところ,被害者が資力の乏しいこともある被用者から損害賠償金を回収できない危険に備えて,報償責任や危険責任を根拠にして,使用者にその危険回避の負担を負わせたものであって,本来の損害賠償義務を負うのは,被用者であることが前提とされている。
 (2)使用者は,本来の損害賠償義務者である被用者に対する求償権を有するものの,信義則上,使用者から被用者に対する権利の行使が制限されることがあると解される。「そうすると,民法715条3項の求償権が制限される場合と同じ理由をもって,逆求償という権利が発生する根拠とまですることは困難である。結果が公平に見えることがあるだけでは,理由とはならない。」
 (3)使用者が被用者と共に民法709条の責任を負い,被用者と共同不法行為にある場合には,共同不法行為者間の求償としてこれが認められるが,本件においては,本件事故発生に関し,控訴人に共同不法行為者といえる過失があったとは認められない。
 (4)被控訴人が逆求償の認められるとする根拠として主張する各事情は,信義則上,控訴人から被控訴人に対する求償権を制限すべき考慮要素であって,被控訴人から控訴人に対する逆求償の根拠とはならない。
3 原判決の問題点
  しかし,原判決が逆求償を認めないと判断する根拠とした2の説示は,51年最判の考え方を誤解したものであり,現在の民法学及び労働法学の知見に照らしても誤っている。
  この点について,各学界の第一線の研究者である民法学の潮見佳男教授と労働法学の土田道夫教授からご意見を伺った(甲23,24)うえ,以下に原判決の問題点を指摘し,逆求償権が認められることを明らかにする。
第4 原審判決の誤り
1 「本来の損害賠償義務」を負うのは被用者であるという考え方について
 (1)民法715条1項本文は,使用者が被害者に損害賠償義務を負うことを規定し,同条3項は,損害賠償義務を果たした使用者が被用者に求償できると定めているが,これらの規定から,「本来,不法行為者である被用者が被害者に対して全額損害賠償債務を負うべき」であるとか,被用者が被害者に対して負担する損害賠償義務が「本来の」ものであるという結論は導かれない。
   同条は,使用者は被用者が発生させた損害の賠償義務を負担する場合があり,損害賠償義務を果たした使用者は「被用者に対する求償権の行使を妨げない」ことを定めているだけであって,使用者の債務と被用者が民法709条によって被害者に対して負担する債務との関係には触れておらず,被用者が発生させた損害を使用者と被用者がどのような割合で分担すべきかを示すものでもない。
   潮見教授も,使用者と被用者の「不真正連帯の関係は,民法709条に基づく被用者の損害賠償債務が第一次的責任,民法715条1項に基づく使用者の損害賠償債務が補充的責任(第二次的責任)というように位置付けられるものではないし,両債務が主従の関係にあるという位置づけになるものでもない」と同様の考え方を述べられている。
 (2)また,原判決は,「本来の損害賠償義務」を被用者が負うのは民法715条1項本文を代位責任であると理解することの帰結であるかのように述べるが,この点も誤っている。
   代位責任説に立てば,被用者が民法709条の不法行為責任を負わない場合には使用者は民法715条1項本文による損害賠償責任を負担しないとされる結果,被用者の行為が民法709条の要件を満たしていることが民法715条1項本文適用の前提となる。しかし,現に被用者が民法709条の債務を負い,使用者が民法715条1項本文の債務を負っている場合,代位責任説に立ったからといって,被害者に発生した損害の賠償義務を最終的かつ全面的に被用者が負うという結論になるわけではない。
   この点について,潮見教授は,「使用者・被用者間に雇用契約が存在している場合には,労働者の使用者に対する労働義務その他契約上の義務を確定する際に,労働者が負担する履行過程上の具体的行為義務の程度が軽減されると考えるならば,・・・同一の事態を不法行為として評価する場合にも妥当すべきものであるし,さらに,この労働契約から生じる使用者・労働者間の内部的リスク分配は,使用者・労働者間の内部的求償関係の場面においても,等しく妥当すべきことになる。要するに,ここでは,「代位責任→全部求償」の前提自体が認められない」と述べられ(潮見佳男「不法行為法Ⅱ(第2版)信山社 50~51頁」),代位責任説に立っても被用者が損害額全部を負担するという結論にならないことを明示されている。
2 「民法715条3項の求償権が制限される場合と同じ理由をもって,逆求償という権利が発生する根拠とまですることは困難である。」という考え方について
 (1)原審判決は,このように代位責任説を理由に「本来の損害賠償責任」は被用者が負担するとし,51年最判が民法715条3項の求償権を制限したことは逆求償を認める根拠にできないと述べる。
 (2)しかし,51年最判は,逆求償権が認められるか否かについて直接判断していない。それどころか,同判決が民法715条3項に基づき使用者が被用者に求償できる限度を定めるために示した具体的基準は,まさに民法715条1項が基礎とする使用者の報償責任と危険責任を具体化したものである。
   つまり,最高裁判所は,民法715条全体を使用者の報償責任と危険責任を原理として解釈しているのであり,51年最判は,民法715条3項の求償権が制限される根拠を示すと同時に,逆求償権が発生する根拠を示していると理解することは十分可能である。
第5 民法709条に基づく被用者の損害賠償債務と民法715条1項に基づく使用者の損害賠償債務の関係
1 不真正連帯債務の関係
  原審判決は,同一の被害によって発生した損害について,被用者が民法709条を根拠に,使用者が民法715条1項本文を根拠に損害賠償債務を負った場合,両債務が不真正連帯債務の関係に立つと述べつつ,使用者は民法715条3項に基づき被用者に求償できるが,被用者が使用者に求償する明文の根拠はないため,逆求償を認める余地がないと考えているようである。
2 求償関係決定の基準
 (1)しかし,潮見教授が指摘されるように,この被用者と使用者の求償関係は,「内部的な最終的リスク分配として何が信義・公平に適うか」という観点から決定されるべきであり,また,使用者と被用者の間のリスクの最終的な負担割合は,「使用者と被用者のいずれが実際に被害者に対して,また,どれだけ賠償したのかという対外的な弁済の先後関係によって決まるものでない」。
   つまり,使用者も被用者も各自が被害者に対して損害賠償義務を負担しており,51年最判が内部的な求償関係において使用者が負担すべき割合を決定する具体的事情を定めているのであるから,使用者も被用者も,この具体的基準により分配された損害額以上の賠償を行った場合には,明文の規定の有無にかかわらず,互いに他方に求償する権利が認められるという結論に至るのが当然である。
 (2)原審判決も,51年最判によれば,「民法715条3項の求償権行使が信義則により求償権の行使を制限された部分は,使用者が最終的に負担する部分となるので,この場合には負担部分が存在するのと同じ結果になる」こと,「逆求償権を認めなければ使用者と被用者の最終的な分担割合が異なることが起きる」ことを指摘し,「逆求償を認める考えもあり得るし,そのことが当事者の公平にかなうとの考えもあり得る」と言及している。
   原審裁判所も,代位責任説から被用者が損害額全部を負担するという誤った理解をしていなければ,(1)と同様に判断したはずである。
3 逆求償権が認められること
 (1)以上の通り,使用者の損害賠償義務と被用者の損害賠償義務は,次の関係に立つ。
  ア 被用者が事業の執行につき第三者に損害を与えた場合,被用者と使用者は根拠の異なる損害賠償義務をそれぞれ負担するが,双方の損害賠償義務は不真正連帯債務の関係にある。
  イ 第三者が被った損害額は,51年最判が示した具体的事情と信義則によって定まる割合に基づき賠償義務が使用者と被用者に分配され,これを超える賠償義務を果たせば,互いに求償権を有する。
 (2)したがって,申立人が1552万2962円,相手方が1300万円を被害者に弁済した本件において,申立人が25%,相手方が75%の負担をすべきであると判断したうえ,相手方は合計額2852万2962円のうち2139万2222円を負担すべきであり,申立人が差額の839万2222円を相手方に求償できるとした第一審判決の判断は正当である。
第6 逆求償権を認める積極的な根拠について~労働法学からのアプローチ
1 「損害賠償責任軽減義務」について
  労使間において使用者と被用者の損害額の分担が問題となる場合として,①被用者の不法行為に基づく損害賠償責任(民709条),②被用者の債務不履行に基づく損害賠償請求(民415条),③使用者責任における求償権の制限(民715条3項),④被用者の使用者に対する逆求償がある。
  土田教授は,これらに関する多数の判例を検討された(別紙1)うえ,これらに共通して,「使用者が信義則上,業務の遂行に伴い被用者が過大な負担を負わないよう配慮し,その損害賠償責任を軽減する義務」が認められるとして,これを「損害賠償責任軽減義務」という用語で説明されている。
  この「損害賠償責任軽減義務」は,潮見教授の指摘された「使用者と被用者の内部のリスク分配」(不真正連帯債務者同士の求償関係)について労働法学の視点から理論的根拠を提示するものである。
  土田教授の意見書のエッセンスは,以下2,3である。
2 「損害賠償責任軽減義務」の位置づけ
 (1)雇用契約においては,その継続的・人格的性格に基づいて当事者間の信頼関係が重要であるため信義則が重要な機能を営み,被用者・使用者の権利義務の解釈基準となる。したがって,当事者双方は,信義則に基づき給付義務に付随する注意義務と保護義務を負う。
   このうち使用者に課される保護義務は,被用者の生命・身体,財産的・人格的利益を不当に侵害しないよう配慮する義務を意味するが,判例においては,この保護義務を根拠として,下記の多様な事案について使用者に一定の負担が命じられてきた(別紙2)。
  ア 使用者の安全配慮義務が問題となった事案
  イ 過重業務に起因するうつ病自殺事案
  ウ 各種ハラスメントにおける使用者の被用者に対する損害賠償義務に関する事案
  エ 使用者に社会保険加入手続履行義務
  オ 就業環境相談対応義務
 (2)これらの判例には,使用者は,信義則に基づき被用者に対して保護義務(被用者が業務の遂行に伴い過大な負担を負わないようにする義務)を負担するという共通した考え方がある。
 (3)「損害賠償責任軽減義務」は,この保護義務の一部に位置付けられる使用者の義務であり,被用者の財産的利益の保護を目的とし,業務遂行上の事故等に伴い過大な経済的負担を負担しないという労働者の利益を保護法益とする。
3 「損害賠償責任軽減義務」の具体的内容
  この義務の内容は,51年最判が提示した使用者の求償権(民715条3項)の制限に関して考慮される要素と同一の要素によって定められるものである。
  これは,次の点に整理できる。
   ① 事業の性格・規模・施設の状況
   ② 労働者の地位・職務内容・労働条件・勤務状況
   ③ 労働者の加害行為の態様・帰責性(故意・過失の有無・程度)
   ④ 損害発生に対する使用者の寄与度(被用者に対する指導・監督体制の整備,適切な労働環境の整備,保険加入等による損害・リスク分散措置の有無等)
第7 本件事案について
1 以上の通り,潮見教授の民法学からのアプローチによっても,土田教授の労働法学からのアプローチによっても,逆求償権を認めることに理論上何ら問題はないばかりか,逆求償権を認めることは51年最判の考え方に沿うものである。
2 そして,本件においては,相手方は申立人に対し,少なくとも総損害額の75%に相当する損害額を負担する義務を負うべきであり,第一審判決の判断は正しい。
3 本件における相手方(使用者)と申立人(被用者)とのリスク分配が75:25と判断されることが適切であることは,土田教授が,第一審の認定した事実を前提として,第6,3の①~④に即して検討された内容に沿って確認することができる(甲24 22頁以下)。
 (1)相手方は全国に多数の店舗を設置するとともに多数の関連会社を擁する貨物運送会社であり,売上額・経常利益ともに日本の運送業界において8位に位置する規模であること(①使用者の事業の性格・規模)
   相手方が日本の運送業界において有数の大企業であるという点は,本件の大きな特徴である(従来のトラック等の交通事故における求償権事案における使用者の多くが中小企業または零細企業であったことと対照的である)。つまり,相手方は,被用者が発生させる交通人身事故に係る損害分散措置やリスク吸収体制を構築する経済的能力を有し,かつ,その責任を有する企業と評価することができる。
   この点は,相手方の責任割合を加重する方向に働く事情となる。
 (2)本件事故の原因となった申立人の過失は軽いものとはいえず,職業として自動車を運転する者として,その責任は重いと評価できること(③被用者の加害行為の態様・帰責性)
   申立人の責任割合を加重する方向に働く事情であるが,本件事故の態様によれば,申立人について重過失まで認定することは困難である。
 (3)申立人は,相手方所有の2トントラックで荷物を集荷・配送する業務に単独で従事しており,月額22~23万円の給与を得ていたが,固定給は6万円程度でその余は歩合給や残業代であること(②被用者の地位・職務内容・労働条件)
   労使関係における「労働の他人決定的性格」を裏付け,申立人に有利に働く事情である。
 (4)申立人の勤務態度は真面目であり,遅刻や欠勤はなく,本件事故まで問題を起こしたことはなかったこと(②被用者の勤務状況)
   申立人に有利に働く事情である。
 (5)本件事故の発生原因として,相手方が業務上の配慮を欠いた等の事情は存在しないこと(②被用者の労働条件,④損害発生に対する使用者の寄与度)
   相手方における労働条件・労働環境や車両整備状況に問題がなく,相手方がこの面では損害発生防止義務に違反していないことを示す事実であって,相手方の責任割合を軽減する方向に働く事情である。
 (6)トラックの運転業務が対人的な損害発生の危険を常に伴うにもかかわらず,相手方は資力を有する大規模事業者として,業務に使用する全車両について任意保険に加入していなかったこと,また,申立人が自ら対人賠償保険に加入するなどして損害賠償責任の危険に対処することが容易ではないこと(④損害発生に対する使用者の寄与度)
   相手方が資力を有する大企業であるにもかかわらず,かように任意保険に加入していなかったことには大きな問題がある。
   トラックの運転業務が対人的な損害発生の危険を常に伴い,しかもそれが高額の損害賠償責任を発生させる危険を伴う業務であることを考えると,使用者としては,車両任意保険への加入等によって損害分散措置を講ずることを求められ,それが損害発生防止義務の内容となる。
   交通事故に起因する損害賠償・求償事案に係る従来の裁判例においても,使用者が車両保険等加入による損害分散措置を講じていないことは,被用者の責任制限に際して重要な要素とされているのであるから,これらの事案と比較して格段に規模が大きく,十分な資力を有する企業である相手方が車両任意保険への加入等によって相応の損害分散措置を講ずる責任を負うことは当然である。
   なお,相手方は,「控訴人は任意保険に加入していなかったが,トラック業者に任意保険加入義務はない。一定数以上のトラックを保有する業者が任意保険に加入すると高額な保険料の負担が必要となるので,加入していないことが一般的であり,それで,交通事故の被害者に対する損害賠償に支障をきたしたことはない。」と主張するが,法令違反がないからといって,使用者の損害発生防止義務を免除ないし軽減し,被用者に責任を転嫁することは,使用者・被用者間における損害の公平な配分の要請に反し,適切でない。使用者は,報償責任原理・危険責任原理に基づいて,被用者の交通事故等に起因する責任を分散する措置を講ずる義務を負うのであるから,本来は車両任意保険に加入すべきであるし,それが事実上困難であれば,それに代わる十分な責任分散措置や被用者の損害賠償責任を軽減する措置を講ずることを求められる。
   この点,本件では,相手方が過去に発生した交通事故について被用者に損害賠償義務を負わせたことはなく,求償請求をした例もないとの事実が認定されている。このことは,相手方にとって責任軽減措置を取ることは過大な負担ではなく,期待可能であることを示している。
   相手方が任意保険に加入する等の損害分散措置を実行せず,それに代わる申立人の責任軽減措置も講じなかったことは,損害賠償責任軽減義務に基づく責任割合を加重する方向に働く重要な事情となると考えるべきである。
                             「別紙省略」