執行猶予条件の緩和など-2022年改正刑法の主なポイント

 2022年6月17日、執行猶予制度を大きく改めること等を内容とする、刑法分野での改正法が公布されました(令和4年6月17日法律第67号)。
 主な改正項目を列挙すると、
 ① 被疑者に対する社会内処遇の規定の整備(更生保護法改正)、
 ② 再度の執行猶予の条件緩和(刑法改正)、
 ③ 執行猶予期間が公判継続中に満了して判決を迎える事案でも執行猶予が取り消されうるものとする法改正(刑法改正)、
 ④ 拘禁刑の創設(懲役・禁固の廃止)(刑法改正)、
 ⑤ 侮辱罪の法定刑引上げ(刑法改正)
の5点です。
 以下、簡単にその概要を紹介します。

被疑者に対する社会内処遇の規定の整備(更生保護法改正)(施行日:公布後1年6月以内)

 更生保護法が改正されました。保護観察所長が、検察官が罪を犯したと認めた勾留被疑者について、その被疑者の同意を得て生活環境の調整を行うことや、処分保留として釈放された被疑者にも更生緊急保護(法85条1項)を開始することを可能とする制度が創設されます。

(制度の概要)
①  勾留中の者に対する生活環境の調整

 保護観察所長は、勾留されている被疑者であって検察官が罪を犯したと認めたものについて、身体の拘束を解かれた場合の社会復帰を円滑にするため必要があると認めるときは、その者の同意を得て、釈放後の住居、就業先その他の生活環境の調整を行うことができる(新法83条の2第1項)。
 なお、当該調整を行うに当たっては、当該被疑者の刑事上の手続に関与している検察官の意見を聴かなければならず(同条第2項)、当該検察官が捜査に支障を生ずるおそれがあり相当でない旨の意見を述べたときは、当該調整を行うことができない(同条第3項)。

②  更生緊急保護の対象の拡大(処分保留者)

 処分保留で釈放された者のうち、検察官が罪を犯したと認めたものについても、更生緊急保護の対象とする。(新法85条1項6号)

* 「更⽣緊急保護」とは、刑事上の⼿続⼜は保護処分による⾝体の拘束を解かれた⼈のうち,親族からの援助や公共の衛⽣福祉に関する機関等からの保護を受けることができない場合などに,緊急的に,必要な援助や保護の措置を実施することにより,速やかな改善更⽣を図るものです。
 これまでは、①満期釈放者・仮釈放期間満了者、②保護観察に付されない執⾏猶予者、③起訴猶予者、④罰⾦⼜は科料の⾔渡しを受けた者、⑤少年院退院者・仮退院期間満了者が対象とされてきました。
 保護内容としては、①宿泊場所の供与(更⽣保護施設・⾃⽴準備ホーム等への宿泊保護委託)、②⾦品の給貸与(⾷事・⾐料の給与等)、③宿泊場所への帰住援助(旅費給与)などが、改善更⽣のために必要かつ相当な限度で用意されます。
 保護の期間としては、原則として⾝体の拘束を解かれて6⽉以内ですが、特に必要があると認められるときは,更に6⽉以内の範囲で延⻑可能とされていきました(改正法で少し改正されています。)(新法85条4項)。
  法務省「更生緊急保護及び更生保護における社会復帰支援施策について

③ 収容中の者からの更生緊急保護の事前申出

 矯正施設に収容中から更生緊急保護の申出をすることができる。(新法86条)

④  刑執行終了者等に対する援助

 保護観察所の長は、刑執行終了者等の改善更生を図るため必要があると認めるときは、その者の意思に反しないことを確認した上で、その者に対し、情報の提供、助言その他の必要な援助を行うことができる。(新法88条の2)

⑤  更生保護に関する地域援助

 保護観察所の長は、地域社会における犯罪をした者及び非行のある少年の改善更生並びに犯罪の予防に寄与するため、地域住民又は関係機関等からの相談に応じ、情報の提供、助言その他の必要な援助を行うものとする。(新法88条の3)

再度の執行猶予の条件緩和(刑法改正)(施行日:公布後3年以内)

 刑法改正により、再度の執行猶予を付する条件が、次の通り緩和されることになります。(刑法25条2項)

【改正前】1年以下の懲役または禁錮+得に酌量すべき情状

(刑の全部の執行猶予)
第25条 次に掲げる者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。

 ① 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
 ② 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。
 
【改正後】2年以下の拘禁刑+得に酌量すべき情状
 
<新法25条2項>
2 前に拘禁刑に処せられたことがあってもその刑の執行を猶予された者が2年以下の拘禁刑の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、この項本文の規定により刑の全部の執行を猶予されて、次条第一項の規定により規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者を犯した者については、この限りでない。
 

執行猶予期間が公判継続中に満了して判決を迎える事案でも執行猶予が取り消されうるものとする法改正(刑法改正)(施行日:公布後3年以内)

 

 刑法改正により、公判継続中に前刑の執行猶予期間が満了する事案でも、判決時に前刑の執行猶予を取り消すことができる制度になりました。

 現行刑法27条は、
(刑の全部の執行猶予の猶予期間経過の効果)
第二十七条 刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消されることなくその猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。
と規定しています。
 この規定により、前刑の執行猶予期間中に犯された罪があっても、その新たな罪についての公判が継続している間に執行猶予期間が満了し、判決時には猶予期間が経過している場合には、判決時には、前刑の言渡は効力を失っていますので、前刑の執行猶予を取り消すということもできませんでした。これにより「前刑を執行させるための公判の引き延ばし」活動が被告人・弁護人から行われることがありました。
 改正法は、27条2項を新設し、

2 前項の規定にかかわらず、刑の全部の執行猶予の期間内に更に犯した罪(罰金以上の刑に当たるものに限る。)について公訴の提起がされているときは、同項の刑の言渡しは、当該期間が経過した日から第四項又は第五項の規定によりこの項後段の規定による刑の全部の執行猶予の言渡しが取り消されることがなくなるまでの間(以下この項及び次項において「効力継続期間」という。)、引き続きその効力を有するものとする。この場合においては、当該刑については、当該効力継続期間はその全部の執行猶予の言渡しがされているものとみなす。

と規定しました。これにより、判決時に前刑の執行猶予を取り消すことができるようになりました。これにより、「前刑を失効させるための公判の引き延ばし」活動が解消されることとなります。

拘禁刑の創設(懲役・禁固の廃止)(刑法改正)(施行日:公布後3年以内)

 刑法改正により、懲役・禁固が廃止されて拘禁刑が創設され、拘禁刑受刑者は、改善更生を図るため、刑法上の義務として、必要な作業を行い、必要な指導を受ける義務を負うことになります。(新法9条、12条。現行法13条削除。)

(趣旨・経緯)
 令和2年10月29日法制審議会諮問第103号答申は、「自由刑の単一化」を提言しました。すなわち、「懲役及び禁錮を新たな自由刑として単一化し、当該自由刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができるものとする」ことを提言しました。その趣旨は、各受刑者の特性に応じ、その改善更生及び再犯防止を図るために、より柔軟な処遇の実施を可能にしようというものでした。
 その後、令和4年1月から、法務省矯正局で、外部有識者を招聘して「矯正処遇等の在り方に関する検討会」が開催され、検討会では、矯正処遇等の運用の在り方について、今後の検討の方向性についての議論を行われました。
 そこでは、方向性として、要旨、処遇調査・処遇要領については、個々の受刑者の特性を的確に把握するため、処遇調査の内容や方法を見直し、充実させること、作業・指導については、個々の受刑者の資質等を踏まえ、受刑の時期に応じて可能な限りメリハリをつけて実施すること、作業・指導や社会復帰支援については、学力の不足により社会生活に支障のある若年の受刑者や、高齢又は障害により認知機能や身体機能の低下が懸念される受刑者など、特性に応じた個別的な処遇を実施すること、受刑者の特性に応じ、作業を通じて、社会人に求められる基礎的能力(コミュニケーション能力、課題解決能力等)の向上を図ること、改善指導の内容や対象者を整理・充実化するとともに、作業及び社会復帰支援との連動性を高めることなどの方向性が示されています。

侮辱罪の法定刑引上げ(刑法改正)(2022年7月7日施行)

 侮辱罪の法定刑が、「拘留又は科料」から、「1年以下の懲役・禁固若しくは30年以下の罰金又は拘留若しくは科料」に引き上げられました。
 この点については、当職のブログ「侮辱罪を厳罰化する刑法改正法が成立(2022年6月13日)」を参照下さい。