破産法における「支払不能」の意義-東京地判平成22年7月8日(確定)

東京地裁 平成22年7月8日判決
判例時報2094号69頁,金融商事判例1350号36頁
【判旨】 
 支払不能(破産法162条1項2号)は,弁済期の到来した債務の支払可能性を問題とする概念であることから,支払不能であるか否かは,弁済期の到来した債務について判断すべきであり,弁済期が到来していない債務を将来弁済できないことが確実に予想されても,弁済期の到来している債務を現在支払っている限り,支払不能ということはできない。


<コメント>
 この事件で,原告(破産管財人)は,破産法上の支払不能について,将来に履行期が到来する債務についても,その債務不履行の確実性が現在の弁済能力の一般的欠如と同視できる場合は,その債務も含めて,その請求があったか否かを問わず,客観的な支払能力の欠如をもって支払不能と解すべきであるとし,弁済期が到来していない債務についても,将来の債務不履行が確実に予測される場合には支払不能になりうると主張しました。
 これに対し,判決は,「しかしながら,上記の解釈は,支払不能とは『債務のうち弁済期にあるものにつき』一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいうとする破産法2条11項の規定の文言からは相当に離れるものである」などとして,上記主張を採用できないものとしました。管財人の否認権行使は,この「支払不能」の法文上の定義により,大変に狭苦しいものになっています。
 委細,次に引用します。 


第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(支払不能)について
 (1) 原告管財人は、破産法162条1項2号に基づく否認権の行使について、SAは、平成19年3月20日以後、遅くとも同年4月19日までの間に支払不能に陥ったと主張するので、この点について検討する。
 (2) 破産法における「支払不能」とは、債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう(同法2条11項)。支払不能は、弁済期の到来した債務の支払可能性を問題とする概念であることから、支払不能であるか否かは、弁済期の到来した債務について判断すべきであり、弁済期が到来していない債務を将来弁済できないことが確実に予想されても、弁済期の到来している債務を現在支払っている限り、支払不能ということはできない。
 この点、原告管財人は、履行期にある債務(将来に履行期が到来する債務についてもその債務不履行の確実性が現在の弁済能力の一般的欠如と同視できる場合は、当該債務も含めて)について、その請求があったか否かを問わず、客観的な支払能力の欠如をもって支払不能と解すべきであるとし、弁済期が到来していない債務についても、将来の債務不履行が確実に予測される場合には支払不能になり得ると主張する。
 しかしながら、上記の解釈は、
 ① 支払不能とは「債務のうち弁済期にあるものにつき」一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいうとする破産法2条11項の規定の文言からは相当に離れるものである上、
 ② 現に弁済期の到来している債務を基準とすることなく、将来における「債務不履行の確実性が現在の弁済能力の一般的欠如と同視できる場合」であるか否かにより「支払不能」の有無を決するとすると、その判断には多分に相対的な評価が入らざるを得なくなり、支払不能の概念が不明確になるおそれが強いといわざるを得ない。
 破産法における「支払不能」は、破産手続開始の原因になる事情であるとともに、偏頗行為の否認における危機時期を画する基準にもなる重要な概念であって、基準としての明確性が強く要請されるものというべきところ、
 特に、破産法162条1項2号の規定は、破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しない行為について、偏頗行為の否認の対象となる行為を「支払不能になる前30日以内にされたもの」にまで拡張しているのであって、同規定が、支払不能について、必ずしも明確ではない基準を採用したものとは解し難い。
 むしろ、上記規定は、支払不能が弁済期の到来した債務の支払可能性を問題とする概念であることを前提として、その弁済期前に行われた偏頗行為(例えば、ある時点では弁済期未到来のため支払不能とはなっていないが、近々到来する弁済期において支払不能になることが確実であるというような場合に行われる債権者への担保提供行為)を一定の範囲で否認することを可能にしたものであると解するのが自然である。
 したがって、原告管財人の上記主張は採用できない。