相続前後の無断出金時の不当利得返還請求権の割合は法定相続分で(東京地判令和3年9月28日)

 被相続人の死亡前後に相続人による無断出金が行われる場合がしばしばあります。
 被相続人の死亡前の無断出金は,被相続人に対する関係での不当利得となり,不当利得返還請求権(民法703条)が成立します。
 また,被相続人の死亡後の無断出金は,他の相続人に対する関係での不当利得となり,不当利得返還請求権が成立します。
 このような不当利得返還請求権を,相続人が行使する場合,その権利割合は,法定相続分の割合であると考えるのが実務の通説的立場ですが,法定相続分ではなく,具体的相続分であると主張して争われた事案があり,これについての判決が公刊物に掲載されました。
 結論は,「法定相続分の割合である」ということで,実務の通説的な立場に沿ったものとなっていますが,判決を見ますと,なるほど,「事案の概要」にあるとおり,確かに「具体的相続分である」とする考え方や立場も理屈としてはありうるところだ,と考えさせられます。
 そのうえで,法定相続分の割合であると規律していくことが相続実務上適切・妥当であるということだと。
 その意味で,実務的な意義のある判決ということになりますので紹介します。


東京地方裁判所 令和3年9月28日 (令和2年(ワ)第27265号)
判例時報2528号72頁,LLI/DB判例秘書登載

要旨

事案の概要 

  原告と被告は,A(以下「被相続人」という。)の共同相続人である。
  原告は,被告に対し,本件前に,被告が被相続人の生前に被相続人の預金口座等から金銭を無断で出金していたことが被相続人に対する不法行為に当たるとして,これに基づく損害賠償請求権のうち,原告の法定相続分2分の1に相当する金額の支払を求める別件訴訟を提起していた。同訴訟の担当裁判所(控訴審)は,被告による無断出金を一部認めて,その2分の1に相当する額の支払(4716万7657円)を被告に命じた。
  本件は,原告が,被告に対し,
  ① 上記別件訴訟に係る被告による被相続人の預金口座等からの無断出金は,被相続人に対する不当利得にも当たる,
    原告は同不当利得返還請求権を相続したが,被告には被相続人の生前,特別受益があり,原告の具体的相続分は,法定相続分である2分の1を超えていた,
    上記無断出金に係る被相続人の被告に対する請求権の相続分を,原告の具体的相続分で計算し直すなどすると,原告が相続すべき金額は6852万5445円である,
    このうち2132万9639円が未払である,
    被告は同額の受領につき悪意の受益者である
   などとして,不当利得返還請求権に基づき,同額及び民法704条に基づき,同額に対する最終の出金日の翌日である平成26年10月10日以降の民法
   (ただし,平成29年法律第44号による改正前のもの。以下「改正前民法」という。)所定の年5分の割合による利息の支払を求めるとともに,
  ② 被告は,被相続人の死後にも,被相続人の預金口座から金員を出金しているところ,被告の具体的相続分は0円である,
    被告は同出金に係る金銭の受領についても悪意の受益者であるとして,不当利得返還請求権に基づき,
    同出金の額及び出金に係る手数料の合計259万6432円の全額及び民法704条に基づき,
    同額に対する最終の出金日の翌日である平成26年11月3日以降の改正前民法所定の年5分の割合による利息の支払を求めた事案である。

裁判所の判断
 1 原告が本件生前出金に係る被相続人の被告に対する請求権について分割承継した金額はいくらか

(1)(中略)

 本件請求は,原告の法定相続分2分の1と原告主張の具体的相続分との差額の支払を求めるものであるから,本件生前出金に係る上記不当利得返還請求権が,法定相続分ではなく,原告主張の具体的相続分の割合で,原告に相続されたといえるかどうかが問題となる。

(2)

 相続人が数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解され(昭和29年小法廷判決),上記(1)の不当利得返還請求権もまた,法律上当然分割され,原告と被告の相続分に応じて権利が承継されるものと解される。
 原告は,ここでいう相続分が法定相続分ではなく,具体的相続分であると主張するのでこの点について検討する。

    1.  まず,具体的相続分とは,相続開始時に被相続人が有していた財産の額を相続開始時の評価額で数量化し,これに相続人が受けた特別受益の額を加算し,寄与分の額を控除して算出したみなし相続財産に,相続人の法定相続分又は指定相続分を乗じて算出した一応の相続分を基礎とし,特別受益を受けた者についてはその特別受益の額を控除し,寄与分のある者については,寄与分の額を加えて,それぞれ算出した相続分である(民法903条,904条の2)。
       このように,具体的相続分とは,遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものであって、それ自体が実体法上の権利関係に当たるものではない(最高裁判所平成12年2月24日第一小法廷判決・民集54巻2号523頁参照)
    2.  具体的相続分を算出するには,特別受益や寄与分の算出が必要となるところ,特に,寄与分に関しては,寄与の時期,方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して家庭裁判所において定められるべきもので,これを離れて家庭裁判所の手続外でこれを定めることはほとんど不可能である。
       また,特別受益についても,特別受益となりえる贈与の有無やその額は事実上,相続開始時点では不明であるというほかない。
       さらにいえば,特別受益,寄与分のいずれについても,遺産分割の場面において,相続人間の公平を図るために考慮されるものであり,遺産分割手続の際に,それらの申立て又は主張がない場合には考慮されないのであるから,これらの考慮の結果としての具体的相続分を相続開始時に何らかの方法で特定,算出することは困難である
       以上によれば,相続開始の時点で具体的相続分を具体的に,かつ正確に把握することはほとんど不可能に近いというほかない。
       これに対し,法定相続分又は指定相続分は,相続開始時点でも相当程度明確に定まっているといえる
    3.  以上を踏まえると,昭和29年小法廷判決が,可分債権は,その相続分に応じて,相続開始と同時に当然に分割されるとしつつ,その相続分については,相続開始時点では定まっていないか,少なくともこれを具体的に把握することがほとんど不可能に近く,また,遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合にすぎず,実体法上の権利関係とはいえない具体的相続分を指しているとは解し難い
       原告の主張するような解釈を採ると,相続開始と同時に分割されたはずの金銭債権の相続割合は,結局のところ,遺産分割時点まで明確に定まらないこととなり,被相続人の有していた可分債権に当たる金銭債権の行使は,遺産分割が終了するまでの間,事実上困難なものとなりかねないし,当然に分割されたことで遺産分割の対象とはならないはずの可分債権が,実質的には遺産分割の対象とされる結果になりかねず(当然分割された可分債権は原則として遺産分割の対象とはならず,共同相続人間の合意がある場合に限り遺産分割の対象としてと取り扱われるとするのが,当時の遺産分割手続における実務の一般的運用である),このような事態は,昭和29年小法廷判決が,可分債権を当然に分割されるものとしたことと整合しない結果になることは明らかである。
    4.  原告は,被告が違法な本件生前出金をしなければ,本件生前出金に係る出金相当額も含め,原告と被告の間で公平に分割されていたはずであり,同出金相当額に係る本件不当利得返還請求権が法定相続分の2分の1で分割されてしまうと,違法な行為をした方が,違法な行為をしなかった場合と比較して不当に利益を得る結果となるなどとして,その結論の不当性を強調する
       しかし,可分債権については,相続開始時に当然に分割されるとする昭和29年小法廷判決を前提とする限り,可分債権については,その相続開始時に明確に定まっている法定相続分又は指定相続分により,当然に分割されると解するほかはなく,原告において,上記で指摘した昭和29年小法廷判決をはじめとする判例理論に伴う理論的な問題点や実際上の不都合を克服するに足りる十分な説明がなされているとはいえない。
       また,原告が本件の結論と比較する,遺産分割時点における共同相続人間の公平性についても,それは,あくまでも,相続開始時に存在する被相続人の財産のうち,未分割のもので,かつ,遺産分割時に現存する範囲の財産について相続分に応じた分割が行われるのが原則であって,被相続人に帰属したあらゆる財産が相続分に応じて分割されるものではないし,特別受益者については,その具体的相続分を超える特別受益を受けていても,単にその相続分がなくなるというにとどまり,超過した特別受益の返還までは求められないなど,公平な分割といっても,そこには一定の限界があるものである。
       本件についても,原告は,本件生前出金がなければ,遺産分割時点でこれら出金額に相当する財産についても遺産となり,原告が相続できた範囲がより広がっていたことを当然の前提としているが,そもそも本件生前出金がなかったとしても,相続開始時点及び遺産分割時点で,本件生前出金に係る金員相当額が現存していたかどうかは明らかでないし,原告は,本件生前出金に係る金銭の2分の1に相当する額である4716万7657円については,既に支払を受け,遺産分割においても,別件調停に代わる審判により,実質的にはすべての遺産を取得したと評価できるような分割を受けているのであるから(前提事実),原告と被告間の公平性が著しく損なわれているとまではいえない。
    5.  以上によれば,本件生前出金に係る不当利得返還請求権は,相続開始と同時に,法定相続分により,当然に分割されたものであり,この法定相続分に相当する金銭については,既に被告から原告に支払がなされているから,本件生前出金について,既払額を超える額の支払を求める原告の請求には理由がない。
 2 本件死後出金は,原告の損失の下,被告が法律上の原因なく利得したものか

 (1)本件死後出金の全額につき法律上の原因がない利得といえるか

    1.  本件死後出金がなされた本件口座は,預金口座であるから,本件死後出金前は,本件死後出金に係る出金相当額を含め,遺産を構成するものであったと解される(最高裁平成28年大法廷決定)。
       なお,被告は,本件死後出金は,最高裁平成28年大法廷決定よりも前になされたとして,同決定は遡及適用されないなどと主張するが,同決定は,預金債権は,可分債権に当たらない旨の解釈を示したものである以上,同決定前に出金がなされた預金口座に係る預金債権にも同様の解釈が及ぶことが否定される理由はない。
    2.  もっとも,上記1(2)アで説示したとおり,具体的相続分とは,遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものであって,それ自体が実体法上の権利関係に当たるものではない。したがって,本件死後出金がなされた時点で,原告が本件口座に関し,具体的相続分に相当する実体法上の権利を有していたとはいえないし,被告に法定相続分に相当する実体法上の権利がなかったともいえない。
       そうすると,被告による,本件死後出金は,被告の法定相続分の範囲にとどまる限り,法律上の原因のない利得ということはできないし,原告にそれに対応した損失があるともいえず,本件死後出金の全額について,被告の不当利得が成立するとはいえない。本件死後出金の額合計259万6432円の2分の1に相当する額129万8216円を超えた部分の限度で不当利得の成否が問題となるにすぎないというべきである。
       なお,この点につき,被告は,本件死後出金の額259万6432円のうち,本件口座の相続開始後の残高に相続開始後の入出金を考慮した最終残高259万7161円(甲2)の2分の1に相当する129万8580円の差額129万7852円の限度で不当利得の成否が問題となるにすぎないと主張する。
       しかし,本件死後出金に係る本件口座は,最高裁平成28年大法廷決定のとおり,本件死後出金時点で,被相続人の遺産であったのであるから,結局,本件口座は,原告と被告において,各2分の1の潜在的な持分割合による準共有状態にあったものと解されるのであり,本件口座の預金残高を数量的に2分の1に分けた金額それぞれを原告と被告が有しているというものではない(原告と被告は,預金残高の全体について2分の1の割合の準共有持分権を有しているものである)。したがって,本件口座の最終残高に関わらず,本件死後出金の額である259万6432円の全額について,原告と被告の準共有状態にあった財産の逸出となるから,その2分の1に相当する金額については,原告に対する準共有持分権の侵害となり,不当利得を構成し得るものである。

          東京地方裁判所民事第31部
                 裁判官  増子由一


2022年11月2日update