強制不妊手術の国家賠償請求について20年の除斥期間の適用を制限し、又は20年の時効消滅の主張を権利濫用だとした裁判例

 優生保護法に基づき強制不妊手術を受けた被害者の国家賠償請求について、この間、国への賠償請求を認容する判決が、高等裁判所で相次いで出されています。

 ここでは、時系列に3つの最高裁判例を紹介した上で、焦点となる強制不妊手術についての3つの高裁裁判例を、紹介したいと思います。

 裁判例4と5は旧民法724条後段の20年の期間を、最高裁判例に従い「除斥期間」とした上で、その適用を制限した裁判例であり、裁判例6は、旧民法724条の20年の期間を、最高裁判例とは異なり、消滅時効期間であるとした上で、その主張が権利濫用にあたるとした裁判例です。


  1. 最高裁平成元年12月21日判決・裁判所HP
  2. 最高裁平成10年6月12日判決・裁判所HP
  3. 最高裁平成21年4月28日判決・裁判所HP
  4. 東京高裁令和4年3月11日判決・裁判所HP、LLI/DB 判例秘書登載
  5. 大阪高裁令和4年4月22日判決・裁判所HP、判例時報2528号5頁、LLI/DB判例秘書登載
  6. 仙台高裁令和5年10月25日判決・裁判所HP、判例時報2579号64頁、LLI/DB 判例秘書登載

最高裁平成元年12月21日判決

【判決の要旨】 民法724条後段(現行民法724条第2号-筆者)の規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものである。
       信義則違反又は権利濫用の主張は、主張自体失当である。

(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第724条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。
二 不法行為の時から20年間行使しないとき。

【判決の理由】

 けだし、同条がその前段(現行法第1号-筆者)で3年の短期の時効について規定し、更に同条後段(同第2号-筆者)で20年の長期の時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わず、むしろ同条前段の3年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが、同条後段の20年の期間は被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるからである。

最高裁平成10年6月12日判決

【判決の要旨】
 
 不法行為の被害者が、
 不法行為の時から20年を経過する前6ヶ月の期間内に、
 右不法行為を原因として、心神喪失の常況にあるのに、法定代理人を有しなかった場合において、
 その後、当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から6ヶ月の期間内に、右不法行為による損害賠償請求権を行使したなど、
 特段の事情があるときは、
 民法158条の法意に照らし、同法724条後段(現行法第2号-筆者)の効果は生じない。
 
◎ コメント
 被害者が、不法行為から20年を経過する前に、心神喪失の常況にあったかどうかという事情を、民法724条後段の解釈上考慮に入れるというこの判決は、民法724条後段は「被害者側の認識のいかんを問わず」画一的に法律関係を確定させる趣旨のものだ、とした最高裁平成元年12月21日判決と緊張関係に立つ判決であり、実質的に、上記趣旨を、正義・公平の理念と条理の観点から、修正したものといえます。民法158条の法意と整合させるための修正という理屈づけをした点は、特段の事情の限定要素とみることもできる反面、民法158条は時効に関する規定なので、これとの擦り合わせをしたということになると、民法724条後段は、カテゴリとして、時効に関する規定ではなく、除斥期間に関する規定だからという理屈づけでは、被害者側の認識状態に照らし、正義・公平の理念と条理の観点から、定性的に見て請求権の消滅を認めるべきでないと考えられる場合には、適用をあっさりと否定できなくなったということを意味します。(2020年4月施行の民法(債権法)改正に伴い、民法724条2号の不法行為の時から20年で消滅するという規定は、消滅時効の関する規定、「客観的起算点から20年での消滅時効の規定」と整理されました。)
 
(未成年者又は成年被後見人と時効の完成猶予
第158条 時効の期間の満了前6箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見人に対して、時効は、完成しない。
2 未成年者又は成年被後見人がその財産を管理する父、母又は後見人に対して権利を有するときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は後任の法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、その権利について、時効は、完成しない。

【判決の理由】

 民法七二四条後段の規定の趣旨は、前記のとおり(上掲最高裁平成元年12月21日判決の【判決の要旨】のとおり-筆者)であるから、
 右規定を字義どおりに解すれば、不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において心神喪失の常況にあるのに後見人を有しない場合には、右20年が経過する前に右不法行為による損害賠償請求権を行使することができないまま、右請求権が消滅することとなる。
 しかし、これによれば、その心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても、被害者は、およそ権利行使が不可能であるのに、単に20年が経過したということのみをもって一切の権利行使が許されないこととなる反面、心神喪失の原因を与えた加害者は、20年の経過によって損害賠償義務を免れる結果となり、著しく正義・公平の理念に反するものといわざるを得ない。そうすると、少なくとも右のような場合にあっては、当該被害者を保護する必要があることは、前記時効の場合と同様であり、その限度で民法724条後段の効果を制限することは条理にもかなうというべきである。

最高裁平成21年4月28日判決

【判決の要旨】

 被害者を殺害した加害者が、被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し、
 そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確定しないまま上記殺害の時から20年が経過した場合において、
 その後相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど、
 特段の事情があるときは,民法160条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じない。(意見がある。)

◎ コメント
 被害者が殺害という不法行為により死亡しており、その相続人が、被害者の死亡の事実を知らないで、不法行為から20年を経過したという事情を、民法724条後段の解釈上考慮に入れるというこの判決も、民法724条後段は「被害者側の認識のいかんを問わず」画一的に法律関係を確定させる趣旨のものだ、とした最高裁平成元年12月21日判決と緊張関係に立つ判決です。最高裁平成10年6月12日判決に続けて、実質的に、上記趣旨を、正義・公平の理念と条理の観点から、修正すべき例外があることを判示したものといえます。民法160条の法意と整合させるための修正という理屈づけをした点は、限定要素とみることができる反面、民法724条後段は、時効に関する規定ではなく、除斥期間に関する規定だからという理屈づけでは、被害者側の認識状態に照らし、正義・公平の理念と条理の観点から、定性的に見て請求権の消滅を認めるべきでないと考えられる場合には、適用をあっさりと否定できなくなったということを意味します。(2020年4月施行の民法(債権法)改正に伴い、民法724条2号の不法行為の時から20年で消滅するという規定は、消滅時効の関する規定、「客観的起算点から20年での消滅時効の規定」と整理されました。)

(相続財産に関する時効の完成猶予
第160条 相続財産に関しては、相続人が確定した時、管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。

【判決の理由】

 民法724条後段の規定を字義どおりに解すれば,不法行為により被害者が死亡したが,その相続人が被害者の死亡の事実を知らずに不法行為から20年が経過した場合は,相続人が不法行為に基づく損害賠償請求権を行使する機会がないまま,同請求権は除斥期間により消滅することとなる。
 しかしながら,被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま除斥期間が経過した場合にも,相続人は一切の権利行使をすることが許されず,相続人が確定しないことの原因を作った加害者は損害賠償義務を免れるということは,著しく正義・公平の理念に反する
 このような場合に相続人を保護する必要があることは,前記の時効の場合と同様であり,その限度で民法724条後段の効果を制限することは,条理にもかなうというべきである(最高裁平成5年(オ)第708号同10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁参照)。

東京高裁令和4年3月11日判決

【判決の要旨】

  1. 優生保護法の優生条項は、優生思想に基づき、特定の疾病又は障害を有する者に対し、そのことを理由として優生手術を行う対象者として選定し、実施する旨を規定するものであり、不合理な差別的取扱いを定めるものであって、法の下の平等に反し、憲法14条1項に違反する。
  2. 優生保護法の優生条項のうち、4条による優生手術及び12条による優生手術に係る部分は、本人及びその配偶者の同意を要しないものであり、子をもうけるか否かについて意思決定をする自由を一方的に奪い、その意に反して身体に対する侵襲を受けさせるものであるから、憲法13条に違反する。
  3. 本件優生手術は優生条項に基づくものであり、憲法13条、14条1項で保障される人権を侵害するものである。
  4. 本件手術当時、厚生大臣は、国家公務員としての憲法尊重擁護義務(憲法99条)を負っており、本人の同意によらない優生手術(4条による優生手術又は5条による優生手術)を実施しないよう、都道府県知事を指導すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、違憲・違法な優生手術をむしろ積極的に実施させていたものであり、国は、このような厚生大臣の公権力の行使たる職務行為につき、国賠法1条1項に基づく国家賠償責任を負う。
  5. 除斥期間の適用制限について
    被害者が自己の受けた被害が被控訴人による不法行為であることを客観的に認識し得た時と考えられる
    一時金支給法の施行日である平成31年4月24日から
    5年間が経過するまでは、

    民法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。

【除斥期間の適用制限に関する判決の理由】

  •  憲法は国の最高法規であり(憲法98条1項)、国務大臣、国会議員等の公務員は、憲法を尊重し擁護する義務を負うものである(同法99条)ことからすると、憲法違反の法律に基づく施策によって生じた被害の救済を、憲法より下位規範である民法724条後段を無条件に適用することによって拒絶することは、慎重であるべきである。
  •  加えて、控訴人に生じた損害賠償請求権は、憲法17条に基づいて保障された権利である。確かに、憲法17条に基づく国家賠償制度の具体的、細目的な事項の設計や法制度化は、国会の合理的な裁量に委ねられており、これを具体化する法律として国賠法が規定され、国賠法4条は国家賠償制度においても民法724条後段を含む民法の不法行為制度を国家賠償制度に導入しているところである。しかし、権力を法的に独占する国と私人との関係が問題となっている本件において、本来、対等な私人間の関係を規律する法律である民法の条文の適用・解釈に当たっては、公務員の違法な行為に対して救済を求める国民の憲法上保障された権利を実質的に損なうことのないように留意しなければならないというべきである。
  •  そもそも、被害者が自己の受けた被害自体は認識していたとしても、それが不法行為により生じたものであることを認識できないうちは、加害者に対して損害賠償請求権を行使することは現実に期待できないのであるから、それ以前に当該権利が除斥期間の経過により当然に消滅するというのは、被害者にとって極めて酷であるといわざるを得ない。
  •  国家賠償請求を含む不法行為制度の理念は、損害の公平な分担にあるところ、被控訴人は、平成8年改正後も、国連自由権規約委員会の勧告や日弁連の提言などがされているにもかかわらず、優生手術について十分な調査をして、被害者が自己の受けた被害についての情報を入手できる制度を整備することを怠ってきたこと等からすると、除斥期間の経過という一事をもって、そのような被控訴人が損害賠償責任を免れ、被害者の権利を消滅させることは、被害者に生じた被害の重大性に照らしても、著しく正義・公平の理念に反するというべき特段の事情があるものと認めるのが相当である。
  •  以上の事情を総合考慮すれば、優生手術の被害者が自己の受けた被害が被控訴人による不法行為であることを客観的に認識し得た時から相当期間が経過するまでは、民法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。
  •  平成31年4月24日、議員立法により一時金支給法(平成315 1年法律第14号)が制定されたことは、一つの転機として考慮し得る事情であると考えられる。
     同法の制定された平成31年4月24日頃になり、ようやく社会全体として、優生保護法下における優生手術が違憲であり、被控訴人による不法行為を構成するものであることを明確に認識することが可能になったものと認めるのが相当である。
  •  本件は、民法724条後段を適用すると著しく正義・公平の理念に反する場合であることは、最高裁平成10年判決や最高裁平成21年判決の事案と同様であるが、最高裁平成10年判決のような被害者が加害者の行為によって心神喪失になったという事情や、平成21年判決のような加害者の行為によって相続人が確定しなかったという事情のあった事案と異なり、時効停止の規定の法意を考慮する際に参考とすべき法律上の規定が存しない。よって、民法158条及び160条を根拠とする6か月という期間は、本件においてそのまま適用することが相当であるとはいい難い。
  •  一時金支給法を見ると、その5条3項において、「請求は、施行日から起算して5年を経過したときは、することができない。」と定め…ている。…同請求よりも困難である訴訟提起について、少なくとも一時金支給法の施行日から5年間の猶予を与えるのが相当であると解される。

【判例学習のポイント】

    • 上記3つの最高裁判例とこの東京高裁判決との関係について議論しよう。
    • 東京高裁の判決理由を読んだうえで、正義・公平の理念と条理の観点から、被害者の国に対する損害賠償請求権の20年の期間の経過による消滅を認めるべきでないと考えられる場合かどうかについて、各人の意見を出し合い、議論しよう。
    • 民法724条2号が「不法行為の時から20年間行使しないとき」という客観的起算点による消滅時効を定めた規定であることを考慮した上で、上記東京高裁判決が、最高裁平成10年判決、同平成21年判決の示した、民法158条及び160条を根拠とする6ヶ月という期間を、本件でそのまま適用することが相当であるとはいい難いとし、一時金支給法の定める請求期間を参酌して、同法施行日から5年間の猶予を与えるのが相当とした点について、最高裁判決を下した裁判体の思考過程に照らし、射程範囲にあるものかどうかを、各人の意見を出し合い、議論しよう。

 

大阪高裁令和4年4月22日判決

【判決の要旨】

  1.   旧優生保護法4条ないし13条は、子を産み育てるか否かについて意思決定をする自由及び意思に反して身体への侵襲を受けない自由を明らかに侵害するとともに、特定の障害等を有する者に対して合理的な根拠のない差別的取扱いをするもので、明らかに憲法13条、14条1項に反して違憲である。したがって、それら規定の立法行為は国家賠償法上違法である。
  2.  除斥期間の適用制限について
     控訴人らによる本件訴訟の提起の時点では、上記起算点から20年が経過していたが、旧優生保護法の規定による人権侵害が強度である上、憲法の趣旨を踏まえた施策を推進していくべき地位にあった被控訴人が、旧優生保護法の立法及びこれに基づく施策によって障害者等に対する差別・偏見を正当化・固定化、更に助長してきたとみられ、これに起因して、控訴人らにおいて訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境にあったことに照らすと、控訴人らについて、除斥期間の適用をそのまま認めることは、著しく正義・公平の理念に反する。
     時効停止の規定の法意に照らし、訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境が解消されてから6か月を経過するまでの間、除斥期間の適用が制限されるものと解するのが相当である。
  3. 控訴人1は、優生手術を受けて以降、長らく優生手術に係る国家賠償請求訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境にあったところ、控訴人1との交流が続いているその姉が、平成30年5月21日、仙台訴訟の提起を受けて弁護士による優生手術に関する法律相談が実施されているというニュースに接し、間もなくして、控訴人1にもその内容が知らされたという経過の中で、そのような状況が解消され、それから6か月以内である平成30年9月28日に本件訴訟を提起したものである。そうすると、控訴人1の本訴請求権については、上記時効停止の規定の法意に照らし、除斥期間の適用は制限され、その効果は生じない。
  4.  控訴人2については、優生手術を受けて以降、長らく優生手術に係る国家賠償請求訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境にあったもので、夫である控訴人3についても、控訴人2の置かれた状況に伴って、同様に上記アクセスが著しく困難な環境にあったものといえるところ、控訴人2において、ヘルパーから、優生手術による被害に関する訴訟が兵庫県で提起されたことを、その提起日である平成30年9月28日から間もない時期に教えてもらうことで、そのような状況が解消され、それから6か月以内である平成31年1月30日に本件訴訟を提起したものである。そうすると、控訴人2及び控訴人3の本訴請求権についても、上記時効停止の規定の法意に照らし、除斥期間の適用は制限され、その効果は生じない。

【判例学習のポイント】

    • 上記3つの最高裁判例とこの大阪高裁判決との関係について議論しよう。
    • 大阪高裁の判決理由を読んだうえで、正義・公平の理念と条理の観点から、被害者の国に対する損害賠償請求権の20年の期間の経過に伴う消滅を認めるべきでないと考えられる場合かどうかについて、各人の意見を出し合い、議論しよう。
    • 民法724条2号が「不法行為の時から20年間行使しないとき」という客観的起算点による消滅時効を定めた規定であることを考慮した上で、上記大阪高裁判決が、「時効停止の規定の法意に照らし、訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境が解消されてから6か月を経過するまでの間、除斥期間の適用が制限されるものと解するのが相当である。」とした点について、最高裁判決を下した裁判体の思考過程に照らし、射程範囲にあるものかどうかを、各人の意見を出し合い、議論しよう。
    • 東京高裁・大阪高裁の裁判体の思考過程の両方を十分に理解したうえで、どちらが妥当な解釈か、あるいは、いずれも妥当な解釈ではないかについて思考をめぐらせよう。

仙台高裁令和5年10月25日判決

【判決の要旨】

  1. 債権法改正前の民法724条後段の規定は、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効を定めた規定である。
  2. 優生保護法による強制優生手術を受けた原告の国家賠償請求事件において、債権法改正前の民法724条後段の規定による権利の消滅についての被告国の主張は権利の濫用にあたる。
  3. 仮に改正前民法724条後段の規定について、最高裁判所の判例に従って、除斥期間を定めたものと解したとしても、被告国が20年の経過によって損害賠償義務を免れるということは著しく正義・公平の理念に反する上に、原告らは、権利行使を客観的に不能または著しく困難とする事由が解消したときから、6ヶ月以内に権利行使をしていることから、除斥期間の適用を制限するのが相当である。

【判旨】

  •  当裁判所は、最高裁判所の判例とは異なり、法の基本原則である正義・公平の観点から考えて、また、不法行為による損害賠償請求権の期間の制限について、「不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする。」と定めた民法724条後段の規定が、前段に「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。」と規定したのを承けて「同様とする」と規定したことからも、民法724条後段の規定は、不法行為による損害賠償の請求権は、不法行為の時から20年を経過したときは、時効によって消滅することを定めた規定であると解する
  •  被告国は、国会議員による旧優生保護法の立法により、精神病や精神薄弱など特定の疾患を有する障害者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であるという理由を付けて、同意もなく高度の身体的な侵襲を伴う不妊手術を強制し、法の下の平等の原則に反する不当な差別を行い、個人の尊厳という憲法の基本原理に反して子を産み育てる自由を奪った上、法制定後も長期間、同法に基づく行政の施策として優生思想の普及や優生手術の拡大を目的とした政策を継続して、優生手術の対象となる障害者に対する差別や偏見を正当化・固定化し、優生手術の被害者が基本的人権の侵害を認識して損害賠償請求などの権利行使をすることを著しく困難にしてきた。
  •  その上、旧優生保護法に基づく強制優生手術の実施は、被告国が、憲法に違反して無効であるはずの旧優生保護法を制定して国民に公布し、適法な公権力の行使であるような形式で強制されたのであって、このような被告国の行為が、国家賠償法上の違法な行為であることを知ることは極めて困難であり、平成8年改正で強制優生手術に関する規定が削除されるまでに旧優生保護法の制定から70年近く経ち、優生手術を受けた者のうち約98%は手術の時から20年経過していたため、民法724条後段に20年の経過による損害賠償請求権の消滅を定めた規定があることからも、権利行使をすることは実際上不可能であったと認められる。
  •  被告国による憲法違反の法律の制定や憲法違反の無効な法律に基づく政策の推進といった違法行為によって強制優生手術を受ける損害を加えられた原告らにとって、これによる損害賠償の請求権を行使することは、客観的に見ても不能又は著しく困難であったと認められる。そのような原告らが、平成30年1月末頃ないし同年6月頃に権利行使の前提となる情報を知り、その上で法律相談をして、権利行使が可能となったといえる時から6か月以内に本件訴訟を提起し、被告国の国家賠償責任を追及したのである。
     このような原告らに対し、優生手術の時から20年の期間が経過しているからといって、憲法に違反する法律を制定し、法の運用という適法であるかのような外形の下に、障害者に対する強制優生手術を実施・推進して、法の下の平等に反する差別を行い、子を産み育てる自由を奪い、同意のない不妊手術をして身体への重大な侵襲を強制するという重大な人権侵害の政策を推進してきた被告国が、民法724条後段の20年の期間経過による損害賠償請求権の消滅の主張をすることは、民法2条に定める個人の尊厳という解釈基準に照らし、また、法の基本原則である正義・公平の観点からみても、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」と定めた民法1条2項の基本原則に反するものであり、「権利の濫用は、これを許さない。」と定めた民法1条3項の適用上、権利の濫用にあたるといえる。
     被告国が、民法724条後段の規定により原告らの損害賠償請求権が消滅したと主張することは、民法1条3項により、権利の濫用として許されないから、原告らの損害賠償請求権は、優生手術の時から20年権利を行使しなかったからといって、時効によって消滅することはない。
  •  仮に、民法724条後段の規定について、最高裁判所の判例に従って、除斥期間を定めたものと解したとしても、上記の事情からすれば、被告国が20年の経過によって損害賠償義務を免れるということは著しく正義・公平の理念に反する上に、原告らは、権利行使を客観的に不能又は著しく困難とする事由が解消した時から、6か月以内に権利行使をしていることから、除斥期間の適用を制限するのが相当であり、民法724条後段の規定にかかわらず、原告らの損害賠償請求権が消滅したということはできない。

【判例学習のポイント】

    • 上記3つの最高裁判例と、この仙台高裁判決との関係について議論しよう。
    • 仙台高裁は、上記3つの最高裁判所の判例とは異なり、旧民法724条後段の規定は、不法行為による損害賠償の請求権は、不法行為の時から20年を経過したときは、時効によって消滅することを定めた規定であると解した。
    • 仙台高裁は、上記の東京高裁・大阪高裁の裁判体の思考過程を十分に理解したうえで、旧民法724条後段について最高裁判例が採用してきた除斥期間説は、旧民法724条の解釈として、もはや維持できないという判断に至ったものと解される。
    • 下級審は、最高裁判所の判例に拘束される(但し、最高裁判所の判例に下級審が従わないからといって、現行法上破棄される可能性があるにとどまる。)が、最高裁判所の考え方に変化ないしその兆しがみられるときは、新傾向を先取りすることが正当化されることがある。仙台高裁は、旧民法724条後段の20年の期間の性質は、除斥期間か、消滅時効か、との論点については、この場合に当たると考えたものといえる。
    • 最高裁判例とは異なる解釈を下級審が行うことが正当化されうる「最高裁判所の考え方に変化ないしその兆しがみられるとき」というのを、上記3つの最高裁判例で考え、その堰を切るロジックについて議論しよう。
    • 強制不妊手術国賠訴訟は、民法の基本的な判例も、決して金科玉条のものではなく、ぬきさしならぬ事案が提示され、それに正義・公平の理念という秤が突きつけられたとき、裁判所を取り巻く、政治・経済・社会の動向(国内コンセンサスの動向)に強く影響されつつではあれ、動的に発展しうるものだということを示す格好の素材といえる。