破産法上の「支払不能」に関する無理算段説とその周辺について

 ポンジ・スキーム等を行う悪質事業者に対する行政による違法行為の差止めと被害回復の問題が、内閣府の消費者委員会で議論されています(消費者法分野におけるルール形成の在り方等検討ワーキング・グループ)。
 その中で、行政庁による破産申立制度に関し、2023年2月28日付で、一橋大学の山本和彦教授が、次のレジュメを資料として提出されました。
 「悪質事業者に対する破産手続開始申立権に関する若干の検討」

 レジュメの中では、「破産手続開始原因の認定」の論点に関し、参考として、「支払不能の考え方:無理算段説」が紹介されています。
 そこで、ここでは、破産法上の「支払不能」に関し「無理算段説」を採用したとされる裁判例と、その周辺に位置する関連裁判例について、紹介しておきたいと思います。


高松高判平成26年5月23日 判例時報2275号49頁、金融法務事情2027号52頁

【判示事項】倒産直前にメインバンクが債務者から弁済を受けた場合、その弁済が支払不能後にされたものといえるか否かの判断基準

【判決要旨】

 債務者が弁済期の到来している債務を現在支払っている場合であっても、少なくとも債務者が無理算段をしているような場合、すなわち全く返済の見込みの立たない借入れや商品の投売り等によって資金を調達して延命を図っているような状態にある場合には、いわば糊塗された支払能力に基づいて一時的に支払をしたにすぎないのであるから、客観的に見れば債務者において支払能力を欠くというべきであり、それがために弁済期にある債務を一般的かつ継続的に弁済することができない状態にあるのであれば、支払不能と認めるのが相当である。

【参照条文】 破産法162条1項、破産法条11項

 

名古屋地裁岡崎支判平成27年7月15日 金融・商事判例1500号49頁、金融法務事情2058号81頁

【タイトル】 破産会社が金融機関に対してした根抵当権の設定が偏頗行為であるとして否認が認められた事例

【判決要旨】

 破産会社が金融機関に対してした根抵当権の設定につき、継続的に行っていた融通手形の手形割引に係る債務を実質的に担保するものであるために既存の債務に対してしたものであること、破産会社は既に融通手形の割引金をもって融通手形の決済をせざるを得ない状態にあったことから支払不能となった後に設定されたこと、そのことを金融機関が知っていたことが認定され、偏頗行為否認の請求が認められた事例

 支払不能とは,債務者が,支払能力を欠くために,その債務のうち弁済期にあるものにつき,一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいい(破産法2条11号),財産,信用または労務による収入のいずれをとっても,債務を支払う能力がないことをいうものと解すべきである。
 そこで,本件についてみると,上記認定のとおり,破産会社は,本件根抵当権1が設定された平成24年3月30日当時には,既に税金を滞納する事態になっていた上,数年にわたり,被告より,毎月2回,約6か月後を支払期限とするG振出の融通手形の割引を受けて,その金額で支払期限の到来した融通手形のGの決済資金を捻出するということを継続し,同年3月末日時点での破産会社の被告に対する負債のみでも,10億6000万円余に上り,そのうち,大半が融通手形である割引手形が約5億9000万円に上り,毎月約1億円の決算資金をGに送金しないと,手形の遡求に応じなければならない立場にあったのに対し,破産会社においては,当時の売上総利益ですら月額1000万円余であり,営業利益に至っては月額200万円ほどしかなかったものである(なお,当時,三ヶ日物件,十一号地等の土地建物及び須磨の土地建物を全て売却しても,被告の債務の弁済にすら足りないことは,既に説示したとおりである)。その他,融通手形の決済をすべてできるほどに資金調達が可能であったと認めるに足りる証拠はない。
 そうすると,破産会社は,返済の見込みのない借入につき融通手形の割引によって延命を図られていた状態であることは明らかである。
   したがって,本件根抵当権1設定当時,破産会社は,既に一般的かつ継続的に弁済をすることができない支払不能の状態にあったというべきである。そして,その後,その状態を脱したことは,上記認定によっても全く窺われないのであるから,本件根抵当権2ないし同4の設定当時も同様に支払不能の状態にあったというべきである(なお,破産会社が各金融機関からモラトリアムを得た総額は,被告の見積りによっても年間約7000万円ほどであるから,この事実をもってしても,上記判断は左右されない。)。

【参照条文】 破産法162条1項、2項、破産法条11項

広島高判平成29年3月15日 金融・商事判例1516号31頁

【判示事項】 返済の見込みのない借入れにより調達した資金によって弁済期にある債務を支払っている場合は、破産法2条11項の「支払不能」にあたる。

【判決要旨】

 破産法2条11項にいう「支払不能」とは、債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない客観的な状態をいい、返済の見込みのない借入れにより調達した資金によって弁済期にある債務を支払っている場合や、再建計画が明らかに合理性を欠き支払不能の時期を先送りにする目的で現在弁済期にある債務につき期限の猶予を得た場合も、これに当たる。

(1) 破産法にいう「支払不能」とは、債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいうところ(2条11項)、支払不能は、客観的な状態であり、債務者自身が支払能力があると判断していたとしても、客観的には支払不能と判断されることを左右するものではないというべきであるし、また、返済の見込みのない借入によって調達した資金によって弁済期にある債務を支払っている場合や再建計画が明らかに合理性を欠き、支払不能の時期を先送りにする目的で現在弁済期にある債務につき期限の猶予を得たような事例については、支払不能と判断されるというべきである。 
(2) 前記1の認定事実によれば、破産者は、平成25年12月14日の時点では、事業を継続しており、また、一応弁済期にある債務を支払っており、さらに、破産者の代表取締役であった太郎に事業継続の意思があったことは認められる。
 しかし、他方で、前記1の認定事実によれば、
      • 破産者は、ペットフード部門では収益を上げていたものの、スーパー銭湯部門の慢性的な赤字体質を改善することができず、平成22年以降、取引先の各金融機関に対し支払猶予等負担の軽減を求め続けていたこと、
      • 破産者の代表取締役であった太郎も、経営コンサルタントである丙川の助言等から、スーパー銭湯部門の問題を十分認識しながらも、スーパー銭湯の経営にこだわり続け、平成22年7月に受領したI株式売却代金から、平成23年7月末まで、破産者に対し、花子分及び一郎分も合わせると、合計2億3000万円余りを貸付するなどしたものの、破産者は、平成24年及び平成25年の各7月期決算においても、なお2000万円以上の営業損失を計上する状況であったこと、
      • さらに、破産者は、平成25年10月には、ペットフード部門も営業損失を計上する状況となり、取引先の各金融機関に対し、平成25年10月書面を送付し、その中で、前期(平成24年8月1日から平成25年7月31日)においては、スーパー銭湯部門の収支を均衡させ、ペットフード部門の製造原価率を低下させて返済原資を確保することを計画したが、目標を達成できず、その結果、代表者である太郎が4300万円を補填して返済を続けている状況であるなどと記載していたこと、
      • 太郎は、上記のとおり、破産者に太郎あるいは家族名義の資金を投入してきたが、太郎が投入できる資金がなくなったため、平成25年10月以降、花子に対し、破産者への貸付を求めざるを得ない状況となっていたこと、
      • 丙川は、破産者には返済能力がないと考え、同年11月下旬から12月上旬にかけて、破産者が倒産したときに、花子及び一郎に及ぶ影響を最小限にとどめるために、本件債権譲渡担保契約及び本件極度額変更を提案し、同年12月14日、太郎、花子、一郎、丙川及び控訴人のB支店支店長代理で破産者の担当者であった丁田は、本件債権譲渡担保契約及び本件極度額変更についての協議を行い、これらを行うことに合意したこと
が認められるのであって、
 これらの事実を総合すると、
 破産者は、平成25年12月14日の時点では、事業を継続しており、また、一応弁済期にある債務を支払っており、さらに、破産者の代表取締役であった太郎に事業継続の意思があったことは認められるものの、
 同日時点では、破産者においては、具体的な再建計画はなく、また、控訴人を含む取引先の各金融機関からの借入金の返済に向けての具体的な目途も全くなかったもので、代表取締役であった太郎は、これらの状況を十分認識していながら、返済の見込みのない花子からの借入によって弁済期にある債務を支払って、事業を継続していたものにすぎないから、
 破産者は、遅くとも同日時点では、破産法にいう「支払不能」の状態にあったものと認めるのが相当である。

【参照条文】 破産法162条1項、2項、破産法条11項