最高裁、教団信者が献金後に教団に差し出した「一切の賠償請求をしない」とする念書を無効と判断
はじめに
最高裁判所第1小法廷(堺徹裁判長)は、2024年7月11日の判決で、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の信者から違法な勧誘を受けて献金被害に遭ったとして、元信者の女性の遺族が教団側に約6500万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、女性が献金後に教団に差し出した「一切の賠償請求をしない」とする念書を「無効」と判断しました。
宗教団体及びその信者が、信者に対し大きな財産を寄付させる等の行為について、最高裁がこの判決で示した不法行為性(民事的違法性)に関する規範判断の内容は、極めて重要なものと考えられます。また、こうした宗教団体等の行為とは別に、一般に「○○請求を、裁判上及び裁判外において、一切行わないことを約束する」旨の合意条項を入れるにあたっては、裁判を受ける権利を侵害し、公序良俗に違反するものとならないかという観点から、慎重な配慮が求められることになったといえ、その意味でも、注目すべき判決となっています。
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最判(一小)令和6年7月1判決(令和4年(受)第2281号)
判示事項
1 宗教法人とその信者との間において締結された不起訴の合意が公序良俗に反し無効であるとされた事例
2 宗教法人の信者らによる献金の勧誘が不法行為法上違法であるとはいえないとした原審の判断に違法があるとされた事例
事案の概要
- 本件は、宗教法人である世界平和統一家庭連合(旧統一教会、以下「教団」といいます。)の信者であった亡Aが教団に献金をしたことについて、訴訟継続中に亡Aの訴訟上の地位を承継した長女が、教団らに対し、上記献金はY1を含む教団の信者らの違法な勧誘によりされたものであるなどと主張して、不法行為に基づく損害賠償等を求める事案である。
- 亡Aは、教団に対し、
平成17年から平成21年までの間、十数回にわたり合計1億0058万円を献金した。
加えて、亡Aは、平成20年から平成22年までの間、自己の所有する土地を3回にわたり合計約7268万円で売却し、その売得金のうち合計480万円を教団に献金した。
これらの各献金は、教団の信者らによる献金の勧誘(以下「本件勧誘行為」という。)を受けて行われたものであった。
その余の売得金は教団の松本信徒会に預託され、平成27年までの間に、その中から、合計約2066万円が同信徒会を通じて教団に献金され、合計約3046万円が亡Aに生活費等として交付された。 - 亡Aは、平成21年に夫が死亡した後、単身で生活していたところ、平成27年8月、長女に対し、教団に献金をしていた事実を話した。その後、亡Aは、教団の信者に対し、長女に上記事実を話した旨を伝えた。
- 亡Aは、平成27年11月、教団の信者の運転する自動車で公証人役場へ行き、公証人の面前において、教団の信者がその文案を作成した「念書」と題する書面に署名押印し、当該書面(以下「本件念書」という。)に公証人の認証を受けた。本件念書には、亡Aがそれまでにした献金につき、教団に対し、欺罔、強迫又は公序良俗違反を理由とする不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求等を、裁判上及び裁判外において、一切行わないことを約束する旨の記載があった。その後、亡Aは、教団の松本教会に行き、教団に対して本件念書を提出し、これにより、亡Aと教団との間に本件念書による合意(以下「本件不起訴合意」という。)が成立した。その際、教団の信者により、亡AがY1からの質問に答えて上記献金につき返金手続をする意思はないことを肯定する様子がビデオ撮影された。
- 亡Aは、平成28年5月、アルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断された。
- 亡Aは、平成29年3月、本件訴えを提起し、令和3年7月、死亡した。
原審の判断
原審は、上記事実関係の下、要旨次のとおり判断して、長女の教団に対する損害賠償請求に係る訴えを却下し、Y1に対する請求を棄却すべきものとした。
- 本件念書の内容や作成経緯等を検討しても、本件不起訴合意が公序良俗に反し無効であるとはいえない。よって、本件不起訴合意に反して提起された教団に対する上記訴えは、権利保護の利益を欠き、不適法である。
- 教団の信者らが、亡Aに対し、本件勧誘行為において献金をしないことによる具体的な害悪を告知したとは認められず、仮に本件勧誘行為の一部において害悪を告知したことがあったとしても、亡Aが自由な意思決定を阻害されたとまでは認められない。また、本件献金が多額かつ頻回であることのみから、直ちに亡Aがその資産や生活の状況に照らして過大な献金を行ったとも認められない。したがって、本件勧誘行為が社会通念上相当な範囲を逸脱するものとして違法であるとはいえない。
最高裁の判断
原審の上記判断はいずれも是認することができない。
最高裁の判断理由
本件不起訴合意の有効性について
不起訴合意の有効性の判断方法
- 特定の権利又は法律関係について裁判所に訴えを提起しないことを約する私人間の合意(以下「不起訴合意」という。注1)は、その効力を一律に否定すべきものではないが、裁判を受ける権利(憲法32条)を制約するものであることからすると、その有効性については慎重に判断すべきである。注2)
- 注1:「○○請求を、裁判上及び裁判外において、一切行わないことを約束する」旨の合意。こうした文言による合意は、和解契約時にしばしば用いられるものであり、珍しいものではない。
- 注2:「慎重に判断すべき」との趣旨は、下記の「公序良俗に違反するものではないこと」の立証責任を、不起訴合意の有効性を主張する側にも、事実上(職権による求釈明等の活用を通じて)、相当程度負担させる趣旨とも見られる。
- そして、不起訴合意は、それが公序良俗に反する場合には無効となるところ、この場合に当たるかどうかは、
① 当事者の属性及び相互の関係、
② 不起訴合意の経緯、
③ 趣旨及び目的、
④ 不起訴合意の対象となる権利又は法律関係の性質、
⑤ 当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情
を総合考慮して決すべきである。
あてはめ
- 亡Aは、本件不起訴合意を締結した当時、86歳という高齢の単身者であり、その約半年後にはアルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断されたものである。そして、亡Aは、教団の教理を学び始めてから上記の締結までの約10年間、その教理に従い、1億円を超える多額の献金を行い、多数回にわたり渡韓して先祖を解怨する儀式等に参加するなど、教団の心理的な影響の下にあった。
そうすると、亡Aは、教団からの提案の利害得失を踏まえてその当否を冷静に判断することが困難な状態にあったというべきである。 - また、教団の信者らは、亡Aが上告人に献金の事実を明かしたことを知った後に、本件念書の文案を作成し、公証人役場におけるその認証の手続にも同行し、その後、亡Aの意思を確認する様子をビデオ撮影するなどしており、本件不起訴合意は、終始、教団の信者らの主導の下に締結されたものである。
- さらに、本件不起訴合意の内容は、亡Aがした1億円を超える多額の献金について、何らの見返りもなく無条件に不法行為に基づく損害賠償請求等に係る訴えを一切提起しないというものであり、本件勧誘行為による損害の回復の手段を封ずる結果を招くものであって、上記献金の額に照らせば、亡Aが被る不利益の程度は大きい。
- 以上によれば、本件不起訴合意は、亡Aがこれを締結するかどうかを合理的に判断することが困難な状態にあることを利用して、亡Aに対して一方的に大きな不利益を与えるものであったと認められる。したがって、本件不起訴合意は、公序良俗に反し、無効である。
本件勧誘行為の違法性について
宗教団体・信者の献金勧誘時の配慮義務
宗教団体又はその信者(以下「宗教団体等」という。)が当該宗教団体に献金をするように他者を勧誘すること(以下「献金勧誘行為」という。)は、宗教活動の一環として許容されており、直ちに違法と評価されるものではない。
もっとも、献金は、献金をする者(以下「寄附者」という。)による無償の財産移転行為であり、寄附者の出捐の下に宗教団体が一方的に利益を得るという性質のものであることや、寄附者が当該宗教団体から受けている心理的な影響の内容や程度は様々であることからすると、その勧誘の態様や献金の額等の事情によっては、寄附者の自由な意思決定が阻害された状態でされる可能性があるとともに、寄附者に不当な不利益を与える結果になる可能性があることも否定することができない。
そうすると、宗教団体等は、献金の勧誘に当たり、献金をしないことによる害悪を告知して寄附者の不安をあおるような行為をしてはならないことはもちろんであるが、それに限らず、寄附者の自由な意思を抑圧し、寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることが困難な状態に陥ることがないようにすることや、献金により寄附者又はその配偶者その他の親族の生活の維持を困難にすることがないようにすることについても、十分に配慮することが求められるというべきである(法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律3条1号、2号参照)。
以上を踏まえると、
献金勧誘行為については、
を総合的に考慮した結果、 |
そして、上記の判断に当たっては、
等について、多角的な観点から検討することが求められるというべきである。 |
あてはめ
本件においては、亡Aは、本件献金当時、80歳前後という高齢であり、種々の身内の不幸を抱えていたことからすると、加齢による判断能力の低下が生じていたり、心情的に不安定になりやすかったりした可能性があることを否定できない。
また、亡Aは、平成17年以降、1億円を超える多額の本件献金を行い、平成20年以降は、自己の所有する土地を売却してまで献金を行っており、残りの売得金を松本信徒会に預け、同信徒会を通じてさらに献金を行うとともに、同信徒会から生活費の交付を受けていたのであるが、このような献金の態様は異例のものと評し得るだけでなく、その献金の額は一般的にいえば亡Aの将来にわたる生活の維持に無視し難い影響を及ぼす程度のものであった。
そして、亡Aの本件献金その他の献金をめぐる一連の行為やこれに関わる本件不起訴合意は、いずれも教団の信者らによる勧誘や関与を受けて行われたものであった。
これらを考慮すると、本件勧誘行為については、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱するかどうかにつき、前記のような多角的な観点から慎重な判断を要するだけの事情があるというべきである。
しかるに、原審は、教団の信者らが本件勧誘行為において具体的な害悪を告知したとは認められず、その一部において害悪の告知があったとしても亡Aの自由な意思決定が阻害されたとは認められない、亡Aがその資産や生活の状況に照らして過大な献金を行ったとは認められないとして、考慮すべき事情の一部を個別に取り上げて検討することのみをもって本件勧誘行為が不法行為法上違法であるとはいえないと判断しており、前記に挙げた各事情の有無やその程度を踏まえつつ、これらを総合的に考慮した上で本件勧誘行為が勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱するといえるかについて検討するという判断枠組みを採っていない。
そうすると、原審の判断には、献金勧誘行為の違法性に関する法令の解釈適用を誤った結果、上記の判断枠組みに基づく審理を尽くさなかった違法があるというべきである。
最高裁判決の結論
以上によれば、原審の前記の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
原判決中、主文第1項記載の部分は破棄を免れない。そして、被上告人らの不法行為責任の有無等について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 堺 徹 裁判官 深山卓也 裁判官 安浪亮介 裁判官岡 正晶 裁判官 宮川美津子)