最決(一小)令2年1月23日 離婚調停(財産分与合意なし/清算条項なし)成立後の過去の婚費審判の許否

最高裁(一小)令2年1月23日決定(平成31年(許)第1号/札幌高裁)


 過去の婚姻費用の分担請求に対する審判に関する判例です。

 婚姻費用分担調停が不調となって審判に移行した後,離婚調停(財産分与合意なし/清算条項なし)が成立した場合について,離婚が成立した以上将来の婚費審判ができないことは当然として,離婚成立までの過去分につき札幌高裁は「過去の婚姻費用分担調停に関する審判はできない」としました(!)。最高裁は,「当然にできるよ」ということで差し戻し決定を出しました。当たり前の結論ですが(下記下線部参照。離婚すると過去分の婚費請求権が消えると考えるべき理由は全くないと述べています。そのとおりです。),高裁が「できない」との決定を一旦は出した点が驚きです。当たり前のことを当たり前と考えなかった裁判体の法原理部門としてみたときの質感はいかほどとみるべきか。近時,裁判所の判断の規範的観点,理論的観点からの質感の低下を指摘する声が上がっています(山崎友也・判例時報2426号123頁参照)。そのような観点から,紹介します。


主文
原決定を破棄する。
本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

理由
 抗告代理人友澤太郎、同櫻井健太郎、同大島由依の抗告理由について

  1. 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
     (1) 妻である抗告人は、平成30年5月、夫である相手方に対し、婚姻費用分担調停の申立てをした。
     (2) 抗告人と相手方との間では、平成30年7月、離婚の調停が成立した。同調停においては、財産分与に関する合意はされず、いわゆる清算条項も定められなかった。
     (3) 上記(1)の婚姻費用分担調停事件は、上記(2)の離婚調停成立の日と同日、不成立により終了したため、上記(1)の申立ての時に婚姻費用分担審判の申立て(以下「本件申立て」という。)があったものとみなされて(家事事件手続法272条4項)、審判に移行した。
  2. 原審は、要旨次のとおり判断し、抗告人の相手方に対する婚姻費用分担請求権は消滅したから、離婚時までの婚姻費用の分担を求める本件申立ては不適法であるとして、これを却下した。
     婚姻費用分担請求権は婚姻の存続を前提とするものであり、家庭裁判所の審判によって具体的に婚姻費用分担請求権の内容等が形成されないうちに夫婦が離婚した場合には、将来に向かって婚姻費用の分担の内容等を形成することはもちろん、原則として、過去の婚姻中に支払を受けることができなかった生活費等につき婚姻費用の分担の内容等を形成することもできないというべきである。そして、当事者間で財産分与に関する合意がされず、清算条項も定められなかったときには、離婚により、婚姻費用分担請求権は消滅する。
  3. しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
     民法760条に基づく婚姻費用分担請求権は、夫婦の協議のほか、家事事件手続法別表第2の2の項所定の婚姻費用の分担に関する処分についての家庭裁判所の審判により、その具体的な分担額が形成決定されるものである(最高裁昭和37年(ク)第243号同40年6月30日大法廷決定・民集19巻4号1114頁参照)。また、同条は、「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定しており、婚姻費用の分担は、当事者が婚姻関係にあることを前提とするものであるから、婚姻費用分担審判の申立て後に離婚により婚姻関係が終了した場合には、離婚時以後の分の費用につきその分担を同条により求める余地がないことは明らかである。しかし、上記の場合に、婚姻関係にある間に当事者が有していた離婚時までの分の婚姻費用についての実体法上の権利が当然に消滅するものと解すべき理由何ら存在せず、家庭裁判所は、過去に遡って婚姻費用の分担額を形成決定することができるのであるから(前掲最高裁昭和40年6月30日大法廷決定参照)、夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して、離婚時までの過去の婚姻費用のみの具体的な分担額を形成決定することもできると解するのが相当である。このことは、当事者が婚姻費用の清算のための給付を含めて財産分与の請求をすることができる場合であっても、異なるものではない。
      したがって、婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても、これにより婚姻費用分担請求権が消滅するものとはいえない。
  4. 以上と異なる見解の下に、本件申立てを却下した原審の判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
      よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

 (裁判長裁判官 深山卓也 裁判官 池上政幸 裁判官 小池裕 裁判官 木澤克之 裁判官 山口厚)