「離婚慰謝料は不貞の相手方に対し請求できない」最高裁平成31年2月19日判決
最高裁は,2019年(H31年)2月19日の判決で,離婚は本来夫婦間で決められるべき事柄であるから,不貞の相手方に対しては,離婚慰謝料は,相手方が,夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして離婚のやむなきに至らせたという特段の事情があるとき以外は認められないと判示しました。
もちろん,不貞の相手方に対しては,不貞行為の慰謝料請求はできる訳ですが,判決の事案では,その消滅時効が完成していました。
以下,全文を掲示します。
初見コメント 2019年2月22日記
一審,二審は反対の結論を下しており,一概に「当然の判決」というわけにはいかない判決です。
離婚慰謝料は,不法行為賠償の損害論において,通常損害の範囲内にあると見ることもできるわけですので,
そこには不貞行為の慰謝料そのものに対する価値判断(「不貞行為の違法性の程度を余り重く捉えない」という価値判断)が一定程度含まれていると考えておかなければならないでしょう。
ですから,これは家族法に関係する判断です。
大きな判断だといえます。
法律家としては安易に「乗らず」熟成させましょう。
(2019年2月22日記)
2回目のコメント 2022年9月15日記
最高裁平成31年2月19日判決後の不貞行為をめぐる慰謝料の論点
近時,地元の裁判官と弁護士との民事実務に関する自主的な研究会でこの判例が取り上げられ(2022年9月13日),あらためてこの判例について考える機会を得ました。
上記判決後の不貞行為をめぐる慰謝料の論点の整理を試みます。
【事例設定】 ・妻を甲,夫を乙,夫の乙が不貞行為,乙との不貞行為の相手方を丙とします。 (事例1)不貞行為はあったけれど,婚姻関係は破綻せず,甲と乙が同居を続けている状態で,甲が丙に慰謝料を請求する。 (事例2)不貞行為によって,婚姻関係が破綻し,甲と乙が別居を始めた段階で,甲が乙や丙に慰謝料を請求する。 (事例3)不貞行為によって,婚姻関係が破綻し,甲と乙が離婚した段階で,甲が乙や丙に慰謝料を請求する。 |
○ 第三者への離婚慰謝料請求の否定
最高裁平成31年2月19日判決は,甲は丙に離婚慰謝料(離婚させたことを理由とする慰謝料)は,基本的に請求できないとしました。例外は,「離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至 らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られる」としました。
最高裁判決は,第三者への離婚慰謝料の請求の要素として「夫婦を離婚させる意図を持った干渉など」を要求しており,これは害意を要求するものですから,これに当たるケースは相当程度絞られるといえます。
○ 慰謝料請求の消滅時効の起算点
-
- 最高裁判決が,不貞行為の相手方に対する,離婚慰謝料を認めないとしたことにより,上記の事例で,甲が丙に対し慰謝料請求をする場合の,消滅時効の起算点は,甲が乙と第三者との間に不貞行為があった事実を知り,かつその不貞行為の相手方が丙であると知ったときであり,請求権はこの起算点から3年で消滅時効にかかります(民法724条)。
- この点,相談現場では,(事例2)と(事例3)で甲が悩むケースがかなりあります。
甲は乙と丙との不貞行為により,別居を開始しました。甲は乙に対し婚姻費用分担調停を申し立てたのに対し,乙は甲に対し離婚調停を申し立てました。
甲の乙に対する婚姻費用分担調停については調停が成立しましたが,乙の甲に対する離婚調停は不調となりました。
乙は甲に対する離婚訴訟を検討し,弁護士に相談しましたが,弁護士から有責配偶者からの離婚請求となるので,離婚請求は,現時点では認められないだろうと言われ,離婚訴訟を起こすのを一旦諦めました。
こうした状態で,甲が丙に対して,不貞行為の慰謝料請求をするかどうか,訴訟するかどうかという相談が立ち上がってくることがあります。
相談の現場では,甲として,未成熟子を養育・監護しており,進学等の重要な局面で,経済的に乙に頼らないといけない場合もあることを考え,できるだけ乙との波風をおこしたくないという気持ちでおられるというケースがあります。このようなケースの中には,実際に離婚となるまでは,丙に対する慰謝料請求も考えたくないという気持ちでおられるケースもあります。こうして,不貞行為及び相手方を知ってから3年という消滅時効期間が過ぎてしまうということがあるわけです。 - 最高裁平成31年2月19日判決により,上記のような3年の消滅時効期間が過ぎてしまったケースで,甲が,乙に対する訴訟で,離婚慰謝料を請求するという時に,これに合わせて丙に対しても離婚慰謝料を請求するといったことは,まずできなくなりました。そうした切り分けでよかったのかどうか。
○ 請求できる慰謝料の額
-
- 他方で最高裁判決は,不貞行為の相手方に対する不貞行為慰謝料を否定している訳ではありません。問題は,不貞行為慰謝料の額です。
(事例1)の不貞行為慰謝料の額と(事例2)の不貞行為慰謝料の額とを比べると,(事例2)の方が多いということになるでしょう。「婚姻関係が破綻に至っている」からです。
「不貞行為が原因で夫婦関係を破綻させた慰謝料」は,「単なる不貞行為による慰謝料」よりも大きいというのは,下級審で積み重ねられてきた実務であり,これが最高裁平成31年2月19日判決によって影響を受けることはないと実務的には感じられます。
では次に,(事例2)と(事例3)とを比べると,不貞行為慰謝料の額は,変わるのでしょうか。つまり,不貞行為が原因で夫婦関係を実質的に破綻させた慰謝料と,不貞行為が原因で離婚に至った(実質的だけではなく形式的にも破綻した)慰謝料とは,額は変わるのでしょうか。
最高裁判決を理論的に考察する限り,(事例2)と(事例3)とでは不貞行為慰謝料の額は,最高裁判決のいう,「特段の事情」がない限りは,変わらないということになります。 - そうすると,次に,不貞行為の相手方に対する請求はとりあえず脇におき,夫婦間に注目し,甲の乙に対する慰謝料請求を考えましょう。
夫婦間の慰謝料請求では,(事例2)と(事例3)を比べると,(事例3)の方が慰謝料請求が多いということになるでしょう。
不貞行為により「離婚を余儀なくされた」(実質的な夫婦関係の破綻を余儀なくされただけではなく,形式的な夫婦関係の破綻・解消も余儀なくされた)からです。
では,当該不貞行為により夫婦関係が実質的に破綻して別居を開始したものの,子どもの養育・監護の関係への配慮などから,離婚までには時間がかかり,このため甲の乙に対する不貞行為慰謝料請求の消滅時効期間が過ぎてしまったというケースでは,どうでしょうか。
最高裁判決を理論的に考察すると,「破綻させ慰謝料」は消滅時効に係る,という考え方が生まれるのが自然で,この考え方に立つ場合には,「離婚を余儀なくされた」慰謝料額から「婚姻関係の破綻を余儀なくされた」慰謝料額を控除した額のみを認容するべきとの考えになります。
こうした切り分けを生むことでよかったのかどうか。 - 最高裁平成31年2月19日判決は,こうした論点を,未解決の問題として,同時に提起したといえます。
- 他方で最高裁判決は,不貞行為の相手方に対する不貞行為慰謝料を否定している訳ではありません。問題は,不貞行為慰謝料の額です。
(2022年9月15日記)
(判決全文)
平成29年(受)第1456号 損害賠償請求事件
平成31年2月19日 第三小法廷判決
【主 文】
原判決を破棄し,第1審判決中上告人敗訴部分を取り消す。
前項の部分につき被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
【理 由】
上告代理人滝久男の上告受理申立て理由4について
1 本件は,被上告人が,上告人に対し,上告人が被上告人の妻であったAと不 貞行為に及び,これにより離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったと主張して,不 法行為に基づき,離婚に伴う慰謝料等の支払を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
- 被上告人とAは,平成6年3月,婚姻の届出をし,同年8月に長男を,平成7年10月に長女をもうけた。
- 被上告人は,婚姻後,Aらと同居していたが,仕事のため帰宅しないことが多く,Aが上告人の勤務先会社に入社した平成20年12月以降は,Aと性交渉がない状態になっていた。
- 上告人は,平成20年12月頃,上記勤務先会社において,Aと知り合い,平成21年6月以降,Aと不貞行為に及ぶようになった。
- 被上告人は,平成22年5月頃,上告人とAとの不貞関係を知った。Aは,その頃,上告人との不貞関係を解消し,被上告人との同居を続けた。
- Aは,平成26年4月頃,長女が大学に進学したのを機に,被上告人と別居し,その後半年間,被上告人のもとに帰ることも,被上告人に連絡を取ることも なかった。
- 被上告人は,平成26年11月頃,横浜家庭裁判所川崎支部に対し,Aを相手方として,夫婦関係調整の調停を申し立て,平成27年2月25日,Aとの間 で離婚の調停が成立した。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,被上告人の 請求を一部認容すべきものとした。 上告人とAとの不貞行為により被上告人とAとの婚姻関係が破綻して離婚するに 至ったものであるから,上告人は,両者を離婚させたことを理由とする不法行為責 任を負い,被上告人は,上告人に対し,離婚に伴う慰謝料を請求することができる。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)
夫婦の一方は,他方に対し,その有責行為により離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことを理由としてその損害の賠償を求めることができるところ,本件は,夫婦間ではなく,夫婦の一方が,他方と不貞関係にあった第三者に対して, 離婚に伴う慰謝料を請求するものである。
夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが,
協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても,離婚による婚姻の解消は,本来,当該夫婦の間で決められるべき事柄である。
したがって,夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は,これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても,
当該夫婦の他方に対し,
不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして,
直ちに,当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される。
第三者がそのこと〔配偶者の不貞行為を主因として離婚に至ったことをいう-筆者〕を理由とする不法行為責任を負うのは,
当該第三者が,
単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず,
当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして
当該夫婦を離婚のやむなきに至 らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られる
というべきである。
以上によれば,夫婦の一方は,他方と不貞行為に及んだ第三者に対して,上記特段の事情がない限り,離婚に伴う慰謝料を請求することはできないものと解するの が相当である。
(2)
これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,上告人は,被上告 人の妻であったAと不貞行為に及んだものであるが,これが発覚した頃にAとの不貞関係は解消されており,離婚成立までの間に上記特段の事情があったことはうかがわれない。
したがって,被上告人は,上告人に対し,離婚に伴う慰謝料を請求することができないというべきである。
5 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。
そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決中上告人敗訴部分を取り消し,同部分につき被上告人の請求を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮崎裕子 裁判官 岡部喜代子 裁判官 山崎敏充 裁判官 戸倉三郎 裁判官 林 景一)