ジョブ型雇用につき雇用主の配置転換命令権を否定した最高裁判決(R6.4.26)

ジョブ型雇用*について雇用主の配置転換命令権を否定する最高裁判決がでました。
最判(2小)令和6年4月26日


ジョブ型・メンバーシップ型とは(本判決理解のための前提知識)

 ジョブ型・メンバーシップ型とは、現実に存在する雇用システムを分類するための学術的概念。
 労働政策研究・研修機構研究所長の濱口桂一郎氏のネーミングによるもの。
 「ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機 」(岩波新書 新赤版) 2021/9/21に詳しい。
 本判決を理解するうえでは、ジュリスト1553号16頁「座談会・雇用システムの変化と法政策の課題」で、濱口氏は、次のように述べている点を前提的な言説として入れておくことが必要かと思われる。

 「日本の雇用システムの本質は雇用契約の性質にあります。日本以外ではジョブですが、日本では契約でジョブは明記されず、空白の石版になっています。では本質は何かと言うと、それはメンバーシップであると。
 ジョブ型では職務を特定して雇用する。なので、それに必要な人員のみを採用する。必要な人員が減少すれば契約を解除する必要がある。なぜなら、その契約で特定された職務以外の労働を命じることはできないから。ところが、メンバーシップ型では職務が特定されていないので、ある職務に必要な人員が減少しても、他の職務に異動させて雇用契約が維持できるのであればそうしなさいという話になる。これが、日本では解雇が難しいということの元になっている。
 賃金については、ジ ョブ型では契約で定める職務によって賃金が決まっている。人に値札が付いているのではなくて、椅子に値札が付いているわけです。それに対して、メンバーシップ型では契約で職務は特定されていませんから、もし職務で賃金を決めると、高賃金のジョブから低賃金のジョブに異動させることも難しい。なので、職務とは切り離した人基準で決めざるを得ない。これが恣意的なものにならないように、何らかの客観的な基準によらざるを得ない。そうすると、どうしてもその基準は勤続年数とか年齢にならざるを得ない。年功制は、別に日本人が長幼の序を大事にするからではなく、賃金のよりどころが職務でないがゆえに何かきちんとした客観的な基準によらないといけないからそうしているわけです。
 雇用管理では入口と出口が非常に重要です。まず入口ですが、ジョブ型の場合は、企業が労働者を必要とするときに、その都度採用するのが原則で、かつ、その労働者を現に必要としている職場の管理者に採用権限がある。人事部は、全体の福利厚生をやるだけ。どんなジョブの、どんなスキルレベルの人を必要としているかということが分からないような人事部に採用権限がないのは当たり前です。日本のメンバーシップ型だと、そ もそも個々の現場の職務ではなくて、長期的なメンバーシップを付与するという判断が求められるので、これは本社の人事部がやる。ここから新卒一括採用が出てくる。
 次に出口ですが、アメリカというのは特殊な国で、ア メリカだけは自由に解雇できる。それ以外は,アジアもヨーロッパも、基本的に解雇には正当な理由が必要です。その点では日本と同じです。法律の書き方もそれほど違うわけではありません。しかし、雇用システムが違うので、表れ方が全く逆になる。ジョブ型の社会では職務の消滅というのが最も正当な解雇理由です。「お前は駄目だ」、「お前は無能だ」 と言って解雇すると大体もめますが、仕事がなくなるからというのは最も正当な解雇理由です。
 ところが、メ ンバーシップ型の社会では、労働者個人の能力や行為を理由とする普通解雇よりも、職務の消滅を理由とする整理解雇のほうがもっと悪いことだと思われています。「リストラ」という日本の4文字語は,英語の「restructuring」 とは全 く違って、極悪非道というインプリケーションを持っています。
 その入口と出口の間では、ジョブ型の社会では、基本的に同一職務の中で昇進していくのが原則です。定期人事異動などというものはない。ジョブを変わるのは、あるポストに企業内外から人を募集して、それに応募して就く場合です。
 これに対してメンバーシップ型では、パート・有期法9条 の 「通常の労働者」の定義にあるように、定期的に職務内容と配置が変わっていくのが原則です。したがって、日本の企業においては特定の職務の専門家にはなれない。企業の中で様々な仕事を経験して、言わば 「我が社の専門家」になる。我が社の専門家になった人は、他企業への転社は難しくなるので、これがまた定年までの雇用保障を強化することになります。」

 


判決要旨

 労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しない。


全文

以下、全文を掲載します。

令和5年(受)第604号 損害賠償等請求事件
令和6年4月26日 第二小法廷判決

主 文

  1.  原判決中、110万円及びこれに対する平成31年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求に関する部分を破棄する。
  2.  前項の部分につき、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理 由

上告代理人塩見卓也の上告受理申立て理由について

  1.  本件は、被上告人に雇用されていた上告人が、被上告人から、職種及び業務内容の変更を伴う配置転換命令を受けたため、同命令は上告人と被上告人との間でされた上告人の職種等を限定する旨の合意に反するなどとして、被上告人に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求(以下「本件損害賠償請求」という。)等をする事案である。
  2.  原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
     公の施設である滋賀県立長寿社会福祉センターの一部である滋賀県福祉用具センター(以下、単に「福祉用具センター」という。)においては、福祉用具について、その展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務を行うものとされており、福祉用具センターが開設されてから平成15年3月までは財団法人滋賀県レイカディア振興財団が、同年4月以降は上記財団法人の権利義務を承継した被上告人が、指定管理者等として上記業務を行っていた。
     上告人は、平成13年3月、上記財団法人に、福祉用具センターにおける上記の改造及び製作並びに技術の開発(以下、併せて「本件業務」という。)に係る技術職として雇用されて以降、上記技術職として勤務していた。
     上告人と被上告人との間には、上告人の職種及び業務内容を上記技術職に限定する旨の合意(以下「本件合意」という。)があった。
     被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく、平成31年4月1日付けでの総務課施設管理担当への配置転換を命じた(以下、この命令を「本件配転命令」という。)。
  3.  原審は、上記事実関係等の下において、本件配転命令は配置転換命令権の濫用に当たらず、違法であるとはいえないと判断し、本件損害賠償請求を棄却すべきものとした。
  4.  しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。
     その理由は、次のとおりである。
     労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。
     上記事実関係等によれば、上告人と被上告人との間には、上告人の職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。
     そうすると、被上告人が上告人に対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、被上告人が本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
  5.  以上によれば、この点に関する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中、不服申立ての範囲である本判決主文第1項記載の部分(本件損害賠償請求に係る部分)は破棄を免れない。
     そして、本件配転命令について不法行為を構成すると認めるに足りる事情の有無や、被上告人が上告人の配置転換に関し上告人に対して負う雇用契約上の債務の内容及びその不履行の有無等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
     よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

    (裁判長裁判官 草野耕一 裁判官 三浦 守 裁判官 岡村和美 裁判官尾島 明)