待婚期間違憲判決(平成27年12月16日)について

引き続いて,待婚期間違憲判決(最判大平成27年12月16日についてです。

 「姫路FM-GENKI」の弁護士会姫路支部の番組「弁護士さん,は~い」の「2016年  憲法Ⅱ」で取り上げた,私のお話の原稿を掲載し,考える素材としたいと思います。


千葉) FMゲンキをお聞きの皆さん、こんにちは。今日は,兵庫県弁護士会姫路支部 平田弁護士にお話をお伺いします。
先生,よろしくお願いします。今回は,憲法をテーマとしたお話を伺います。
千葉) 前回は,昨年12月に出た夫婦別姓の問題に関する最高裁判決についてお話ししいただきました。
平田) ええ。
千葉) 今日は,この夫婦別姓判決と同じ日,12月16日に出された,女性の待婚期間に関する違憲判決について,お話し頂けるということですね。
平田) はい。これも,マスコミで大きく取り上げられましたね。
千葉) ええ。まず,待婚期間というのは何でしょうか。
平田) 女性が離婚してから再婚するまでの間の再婚禁止期間のことで,現行民法は,離婚後6ヶ月,約180日の間は,再婚できないと定めています。
千葉) 裁判では,この待婚期間の何が争点となったのでしょうか。
平田) 原告は,平成20年3月に前の夫と別れた女性で,民法の規定によって6ヶ月再婚を待って,平成20年10月に再婚をされた方でした。原告は,男性は離婚後すぐに結婚できるのに,女性だけが再婚を待たされる,というのは,合理的な根拠がなく,女性を差別的に取り扱うものなので,人の平等を定めた憲法14条と,両性の平等を規定した憲法24条に違反すると主張しました。
千葉) では,この点について,最高裁は,どのように判断したのでしょうか。
平田) 最高裁は,離婚後6ヶ月,つまり180日も待たせるというのは,合理性がなく,この点は原告の主張するとおり,憲法14条と24条に違反して,違憲だとしました。他方で,離婚後100日間待たせる限度では,合理性も残っているから,その範囲では,違憲とまでいえない,としました。
千葉) 80日間だけ,待婚期間を短縮したということですか。
            うーん,もともと,女性に6ヶ月の待婚期間が定められた理由というのはどういうものだったんですか。
平田) 現行民法の規定は明治憲法の時代にできたものが,戦後もずっと残ってきたんですね。
 それで,この規定が明治時代にできたもともとの理由ですが,男性が再婚の女性と結婚するときの目線で,離婚から半年も経てば,女性の体型からみて,妊娠しているかどうかが分かると。そうすると,離婚から半年結婚を待たせれば,女性が前の夫の子をはらんでいないかどうかが判別できると。もし,前の夫の子をはらんでいると知らずに,離婚後間もない女性と結婚すると,自分の種から生まれた訳ではない子が自分の子になる可能性が出てきて,血統が混乱」する。これを防止しようということでした。
千葉) ずいぶん,男っぽいというか,男性目線の規定だったんですね。
平田) 帝国憲法時代で,議会には男性しかいないですからね。
 ですから,半年も経てば,お腹の大きさで,子供がいるかどうか分かるから,それまでは結婚を待たしておけといったこういう乱暴な考え方は,もう憲法違反ですよと,なります。
千葉) はい。分かります。
でも,今回,やっぱり離婚後100日待って頂く限度では,違憲ではないとされたようで,それはどういう理由からですか。
平田) この点は,もう一つか二つ,法律知識を入れておく必要がありましてね。
千葉) はい。
平田) 民法は,女性が離婚しても,離婚後300日約10ヶ月経つまでに生まれた子は,前の夫と離婚する前に妊娠した子と考えられるので,前の夫の子と推定するという規定を置いているんですね。これは妊娠期間が約10ヶ月だからです。
千葉) ええ。
平田) それから,民法は,女性が結婚しても,すぐに生まれた子は夫の子とは推定しないけれども,200日も経った後に生まれた子は,夫と結婚した後に妊娠した子といえそうだから夫の子と推定するという規定を置いています。これは早産の可能性もあることを前提にしています。離婚後300日と結婚後200日。この二つが必要な知識です。
千葉) ええ。
平田) それでは千葉さん,ここで問題です。
前の夫と離婚した日に,直ちに今の夫と結婚したとします。今の夫と結婚してから200日経った後に生まれた子は,誰の子供と推定されるでしょうか。
千葉) 先ほどの話ですと,200日経った後ですから,今の夫の子,でしょうか。
平田) そのとおり。では,前の夫と離婚してから300日以内に生まれた子は,誰の子と推定されるでしょうか。
千葉) これも先ほどの話ですと,300日以内ですから,前の夫の子でしょうか。
平田) そうですね。さて,そうなりますと,前の夫と離婚した日に今の夫と結婚しますと,今の夫と結婚してから200日経った後,300日以内に子供が生まれると,今の夫の子供とも推定されるし,前の夫の子供とも推定されることになりませんか。
千葉) そうなりますね。
平田) それはややこしいですね。
千葉さん,では,離婚後100日経った後に初めて結婚できるとした場合,先ほどの「ややこしい」問題は生じますでしょうか。
千葉) ああ,そうか。離婚後100日経ってすぐに結婚した場合,結婚後200日以内に生まれた子は,離婚後300日以内に生まれた子供なので,前の夫の子とだけ推定され,結婚後200日経った後に生まれた子は,今の夫の子とだけ推定されるということですね。
平田) そうです。パズルみたいですね。最高裁は,前の夫も今の夫もどちらも父と推定される,という「ダブル推定」を避けるという目的があるので,100日まで女性の再婚を禁止する限度では,待婚禁止規定は合憲だとしたわけです。
千葉) なるほど,理屈はわかったのですが,うーん。
でも,前の夫と離婚した時に妊娠していないときは,どうなんでしょう。
その場合でも,その後300日以内に生まれた子供は,前の夫の子と推定されるんでしょうか。
平田) いや,民法の規定では,離婚したときに妊娠していた子ではないと証明できる場合には,離婚後300日以内に生まれても,前夫の子とは推定されないことになっています。
千葉) そうしますと,今は,産婦人科に行けば,妊娠しているかしていないかはすぐ分かりますよね。そうすると,離婚して,すぐに再婚したいという女性は,産婦人科で,妊娠していないことの証明をもらえば,どうなるでしょうか。
平田) 前の夫の子かもしれないというダブル推定はさけられますね。ですから,そういう場合は,女性に100日,3ヶ月以上も再婚を待たせる必要はないですね。
千葉) そういった点は,最高裁判決は,何か述べていますか。
平田) 鋭い指摘です。今回の最高裁の違憲判決で,離婚後180日経っていなくても100日経っていれば,役場の戸籍窓口で,再婚の婚姻届を受け付けなければならなくなりました。これに加えて,今回の最高裁判決で,多数意見は,離婚した女性が100日以内に再婚を希望する場合は,妊娠していないという医師の診断書を提出すれば,戸籍窓口で,その婚姻届を受理するといった実務運用をするべきだ,そのように解釈するのが正しい,とわざわざ述べています。
千葉) そうなんですね。
平田) 15人中8人の裁判官がそういった解釈が正しいと述べました。
 加えて,2人の裁判官は,今後,戸籍窓口で,多数意見が述べるような運用がなされるかどうかが分からないし,ダブル推定が起きる場面というのは,とてもレアなケースだし,その場合でもDNA鑑定で,容易に父親がどちらかを判定することが出来るのだから,実際に,子供にとって困った事態は生じないとして,100日以内の部分も含めて憲法違反だと述べています。
千葉) なるほど。
政府は,今回の最高裁判決を受けて,どのような対応をしていますか。
平田) 最高裁判決があった当日に,法務省は,全国の市区町村に,離婚後100日を過ぎていれば,再婚の婚姻届を受理するよう,通知を出しました。
 さらに,今月3月8日には,民法改正案を閣議決定し,今の国会での改正をめざすとしています。
 具体的には,まず,民法の定める再婚禁止期間を,6か月から100日に改める。それから,先ほどの議論で出てきた,離婚の時に妊娠していなかったという場合は,離婚の日から100日以内であっても,再婚できる,という規定を新たに設ける,そういう内容の改正案ができています。
千葉) ずいぶんと対応が早かったんですね。
平田) そうですね。この点は与党内でも異論がありませんでした。最高裁の今回の判決は,効果がありました。
 これまで,不平等な待婚期間を我慢してきた女性にとっては,春の朗報といえますね。
 それでは,今日はこの辺りで失礼します。