検察官の公訴提起に過失があったとして,国の賠償責任が認めた高裁判決(最高裁は破棄自判)
〇強制わいせつ罪で起訴されたが無罪判決が確定した場合,検察官の公訴提起に過失があったとして,国の損害賠償責任が認められた事例(大阪高判平成23年10月26日判例時報2137号51頁,タイトルは判例時報のもの)(上告受理申立)
重要高裁判例の備忘録です。平成26年になり最高裁はこの高裁判決を破棄・自判しました。
【要旨】
「本件事件については,控訴人は,逮捕された当初から,終始一貫して犯人ではないとして嫌疑を否認していたのであるから,担当検察官としては,この主張を踏まえ,上記被害者の控訴人に関する供述についての信用性を冷静かつ客観的に評価すべきであった。
そうして,被害者による犯人識別供述は,観察条件が良好とはいえず,二段階の写真面割り等
によって暗示,誘導の作用が生じた可能性があり,被害者の供述だけから,控訴人を犯人と断定することについては十分な客観的,合理性を認めることはできなかったのみならず,目撃者の供述に基づき,犯人が,本件事件直後,本件駐車場に逃げ込み,その際,通常であれば点灯する本件ライトが点灯しなかったことを前提とした判断には,合理性は認められないと言わねばならない。
本件公訴の提起については,担当検察官に過失があったと認められ,被控訴人は,国家賠償法1条1項に基づき,本件公訴提起によって控訴人が受けた損害を賠償する責任がある。」
「刑事補償の決定によって41万2500円を受領した事実を斟酌するとしても,公訴された犯罪の性質や,控訴人が家業である会社の実質上の代表者であったことなどを考慮すれば,控訴人の受けた精神的苦痛は大きいと認められ,被控訴人は控訴人に対し,精神的損害として,さらに300万円を支払う義務がある。また,弁護士費用としては30万円が相当である。」
2012年3月27日 up
→ 最判平成26年3月6日(平成24年(受)第133号)は,この高裁判例を破棄し,自判して原告を敗訴させました。
大阪高裁判決 |
最高裁判決 |
(1)本件写真面割り及び本件単独実面割りの結果を除く被害者の供述からは, 被上告人が犯人であることを否定できないという限度の認定が可能であったにすぎない。 そして,被害者は本件犯行の被害に遭う直前までに相当量の飲酒をしており,かつ,被害に遭った際に犯人を冷静に観察できる状況になかったと考えられることなど観察条件が良好でなかったこと, 本件写真面割りの際に既に記憶の変容がされ,本件単独実面割りの際に誘導,暗示の作用が生じた可能性もあることを考慮すれば, 本件写真面割り及び本件単独実面割りには,問題点が多くあり,被害者の供述によっては,被上告人を本件犯行の犯人とする合理的・客観的理由がなかったというべきである。 |
ア 被害者は,被害に遭った直後から,犯人について被上告人と類似した年齢や身体的特徴を供述していた上, 本件犯行から5日後に行われた本件写真面割りの際,9枚もの写真から成る2種類の写真台紙のいずれにおいても,その根拠を具体的に述べた上で,犯人に似ている者として被上告人の写真を選定し,その10日後に行われた本件単独実面割りの際にも,被上告人が犯人であると断定する旨の供述をしており,一貫して被上告人が犯人である旨の供述をしていたものである。 被害者の上記供述のうち,犯人の年齢,身長,体格に関する部分については,その信用性を疑わせるような事情は存していなかった。 一方,被害者の上記供述のうち,犯人の人相等に関する供述部分については,被害者は,本件犯行の被害に遭う直前までに相当量の飲酒をしていた上,被害に遭った際に犯人を冷静に観察できる状況になかったなど観察条件が必ずしも良好ではなかった面があり,また,本件写真面割り及び本件単独実面割りの際に記憶の変容ないし誘導,暗示の作用が生じた可能性は一般的には否定できない。 しかし,被害者は,被害を受けた直後に自ら警察に通報し,捜査段階を通じて犯人識別の点を含めて被害状況を詳細かつ具体的に供述していたこと,被害者は複数回にわたって至近距離から犯人を目視したものであり,犯人の容貌等に関する被害者の供述が被害後比較的早い段階にされていること等に照らせば,被上告人が犯人であるとする被害者の供述部分に信用性が認められるとした担当検察官の判断が,合理性を欠くとまでいうことは困難である。 |
(2)担当検察官は,犯人が被上告人宅駐車場に逃げ込んだ際に本件ライトが点灯しなかった旨の目撃者の供述は信用することができ,本件ライトが点灯しなかった事実は,被上告人が事前に本件ライトの電源プラグを抜いていたことを強く推認させるものであるとして,被上告人が犯人であることの有力な根拠となると考えたものである。 |
イ また,目撃者も,本件犯行の翌日頃には,犯人と思われる男が被上告人宅駐車場に逃げ込んだ旨供述しており,この供述の信用性を疑わせるような事情は存していなかった。加えて,目撃者は,男が被上告人宅駐車場に逃げ込んだ際,本件ライトが点灯したことはなかった旨供述していたところ,担当検察官は,この供述は信用することができ,本件ライトが点灯しなかった事実は被上告人が犯人であることの有力な根拠となると考えたものである。 |
上記の目撃者の供述は,捜査の当初においては本件ライトが点灯したかどうかが問題点とされていなかったこと, |
本件ライトに関する目撃者の上記供述は,本件犯行から24日後にされたものではあるが, |
(3)担当検察官は,被上告人が眼鏡を着用せずに本件犯行に及ぶこともあり得ると判断した。 |
ウ なお,被害者の供述によれば,本件犯行当時,犯人が眼鏡を着用していなかった可能性が高いところ,被上告人の裸眼視力が両眼とも0.08であった事実は,被上告人が犯人であることを疑わせる事情となり得るものといえる。 |
(4) 以上によれば,本件起訴は違法である。 |
(3) したがって,本件起訴は,国家賠償法1条1項の適用上違法性を欠くものというべきである。 |
2020年9月24日 update