不当訴訟による不法行為の成否に関する最判(最判平成22年7月9日)

最判平成22年7月9日判例時報2091号47頁
【判旨】
 本訴を提起したことそれ自体が不法行為に当たるとする反訴について,その不法行為の成立を否定した原審の判断に違法があるとされた事例


【事案】
 本訴事件は,原告会社及びその代表者と子らが,
   元経理担当従業員が,会社の小切手を無断で振り出して換金した現金を横領したり,
   代表者と子らの預貯金を無断で払い戻したり解約したりして横領したので,不法行為に基づく損害賠償を求める
というものであった。
 これに対し,反訴事件は,被告たる元従業員が,
   このような本訴を提起したこと自体が不法行為にあたる
として起こされたものである。

【原審の認定・判断】
 最判の判示するところによれば,原審は,元従業員に原告ら主張に係る横領行為等を認めるに足りないと判断したが,
 それにとどまらず,積極的に,原告会社の小切手等の振り出しや代表者らの預貯金の払戻等は,そのほとんどを代表者が自ら元従業員に指示したもので,その現金も,その多くは,代表者が元従業員から受領し,その他についても,原告会社の支払等に充てられたことを認めている。
 その上で,原審は,本訴請求を棄却するとともに,本訴が不当訴訟だとする元従業員の反訴請求についてもこれを棄却した。

【不当訴訟に関する最判昭和63年1月26日】
 この点,訴えの提起が不法行為に当たる場合に関する判例としては,最判昭和63年1月26日判例時報1281号91頁がある。
 同最判は,
 ① 提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,
 ② 提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起した
 など,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られると判示している。

【本件最判の判断】
 本件最判は,原審の上記認定事実をもとに
 「そうであれば,本訴請求は,そのほとんどにつき,事実的根拠を欠くものといわざるを得ないだけではなく,(代表者)は,自ら行った上記事実と相反する事実に基づいて上告人の横領行為等を主張したことになるのであって,(代表者)において記憶間違いや通常人にもあり得る思い違いをしていたことなどの事情がない限り,(代表者)は,本訴で主張した権利が事実的根拠を欠くものであることを知っていたか,又は通常人であれば容易に知りうる状況にあった蓋然性が高いというべきである」
として,不法行為の成否についてさらに審理を尽くさせるため,この部分について,本件を原審に差し戻したものである。

<コメント>
 不当訴訟の要件を再度明確に認識することのできる判例です。

(2022年9月26日 昭和63年最判にリンクを張る編集)