消費者契約法上の断定的判断の提供と故意の事実不告知との関係(最判平成22年3月30日)

最判平成22年3月30日判タ1321号88頁
(原審札幌高判平成20年1月25日先物取引裁判例集50号136頁)


 消費者契約法は,4条1項2号において断定的判断の提供による取消権を規定し,
同条1項1号及び同条2項において,いわゆる虚偽説明による取消権(不実告知,故意の事実不告知による取消権を規定している。
 上記最判では,両規定の射程範囲に関係する判断がなされている。

(最判の要旨)
 消費者契約法上,断定的判断の提供の対象となる事項(商品先物取引の委託契約に係る将来における当該商品の価格など将来における変動が不確実な事項)は,不実告知,故意の事実不告知の対象とはならない。

(事案)
 事案は金の先物取引の事案である。
 先物業者の外務員は,平成17年12月7日及び同月10日,委託者に対し,東京市場における金の価格が上昇傾向にあることを告げた上,この傾向は年内は続くとの自己の相場予測を伝え,金を購入すれば利益を得られる旨説明するなどして(「本件説明」),金の商品先物取引の委託契約の締結を勧誘した。

(委託者の主張)
 この事案において,委託者は,この裁判で,
〔1〕先物業者の外務員が本件説明をしたことは,消費者契約法4条1項2号にいう断定的判断を提供したことに当たる。
〔2〕先物業者の外務員は,将来における金の価格につき,本件説明をする一方で,東京市場における金の価格の高騰は異常であり,ロコ・ロンドン市場における金の価格と極端にかい離していたことなど,将来における金の価格が暴落する可能性があることを示す事実を告げなかったのであって,これは同条2項本文にいう,利益となる旨を告げ,かつ,不利益となる事実を故意に告げなかったことに当たる。
として,本件契約の申込みの意思表示の取消しを主張した。

(控訴審の判断)
原審である札幌高判平成20年1月25日は,
〔1〕について,「実際のやり取りにおいて,先物業者の外務員が,商品先物取引の勧務を開始してから平成17年12月12日に金200枚の買建玉を行うまでの間,将来における変動が不確実な事項である金の相場について,控訴人が金の相場に関する判断をする上での情報提供の限度を超えて,相場が上昇することが確実であると決めつけるような断定的な表現を使って控訴人に取引を勧誘したことを認めるに足りる証拠はない」「なお,控訴人は,プロである外務員が相場予測を述べること自体が,「プロがそこまで言うのであれば,相当確実な根拠があるのだろう。」と誤認させる行為であり,先物取引の初心者との関係では断定的判断の提供に当たるかのごとく主張する。しかし,法令上,外務員が相場予測を述べること自体を禁止する規定はなく,経験のない顧客がこれによってその予測を信じるであろうことを理由にその相場予測自体を断定的判断の提供と解するのは相当ではなく,かかる顧客の保護は,新規受託者保護義務等,顧客の属性に基づくその他の根拠によるべきである。」
等と述べて断定的判断の提供を否定した。

その上で〔2〕について,
次のとおり判断して,消費者契約法4条2項本文に基づく取消しの主張については理由があるとして,委託者の主位的請求を認容し,先物業者の請求を棄却した。 
 本件契約において,
 将来における金の価格は,消費者契約法4条4項1号にいう「目的となるものの質」に当たり,かつ,消費者である委託者の本件契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきものであるから,同条2項本文にいう「重要事項」に当たる。
 先物業者の外務員は,
 将来における金の価格が上昇するとの自己の相場予測を伝えて委託者の利益となる旨を告げる一方,
 委託者の不利益となる事実である将来における金の価格が暴落する可能性を示す前記2(6)のような事実を故意に告げず,その結果,委託者は,当該事実が存在しないと誤認し,それによって本件契約の申込みの意思表示をしたのであるから,
 委託者は,同項本文に基づき,上記意思表示を取り消すことができる。

(最高裁の判断)
 上記の高裁の判断について,最高裁は次のように述べ,結果として委託者の上記主張をいずれも排斥した。


4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 消費者契約法4条2項本文にいう「重要事項」とは,
 同条4項において,
  当該消費者契約の目的となるものの「質,用途その他の内容」又は「対価その他 の取引条件」をいうもの
と定義されているのであって,

 同条1項2号では 断定的判断の提供の対象となる事項につき
「将来におけるその価額,将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の 将来における変動が不確実な事項」と明示されているのとは異なり,

 同条2項,4項では
 商品先物取引の委託契約に係る将来における当該商品の価格など将来における変動が不確実な事項を含意するような文言は用いられていない。
 そうすると,
 本件契約において,
 将来における金の価格は「重要事項」に当たらない
 と解するのが相当であって,
 先物業者が,委託者に対し,将来における金の価格が暴落する可能性を示す前記2(6)のような事実を告げなかったからといって,同条2項本文により本件契約の申込みの意思表示を取り消すことはできないというべきである。
 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。

5 また,前記事実関係によれば,
 上告人の外務員が被上告人に対し断定的判断の提供をしたということはできず,
 消費者契約法4条1項2号に基づく取消しの主張に理由がないとした原審の判断は正当として是認することができるから,被上告人の同法に基づく取消しの各主張は,いずれも理由がない。
 したがって,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れず,被上告人の主位的請求は棄却すべきである。
 そして,被上告人の予備的請求の当否及び上告人の請求に対する信義則違反の主張の当否について更に審理を尽くさせるため,被上告人の予備的請求及び上告人の請求につき,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)


<コメント>
α 断定的判断の提供禁止と
β 虚偽説明(不実告知・故意の事実不告知)の禁止
との関係については,
私は,基本的には
α 前者は判断提供行為を問題とし,
β 後者は情報提供行為(故意の情報非提供行為)を問題としている
から,規範は必ずしも重ならず,両立すると漠然と捉えてきました。
消費者の誤信の状態・内容についても,
α 前者は提供された判断が確実であると誤認している場合を保護するのに対し
β 後者は事実でないことを事実であると誤認したり,存在する不利益事実を存在しないと誤認している場合を保護する
ので,両者は規範構造は別立てで,択一的関係ではなく,両立する関係であると捉えておりました。
 いずれにせよ,これらの規範が消費者契約法に取り入れられるに至った背景も異なる(断定的判断の提供禁止と不実告知の禁止は金融商品取引における市場ルールとして確立されていたが,故意の不利益事実の不告知の禁止の制度は新しい民事ルールとして消費者契約法立法で提示されたものである)ことから,仮に集合図に重なり合いが出てきたとしても,消費者としては,前者にも該当するし後者にも該当するなどと主張して,どちらの取消権も主張できると考えてきました。
 おそらくこのような理解は,漠然とではあれ,法律実務家に共有されてきた理解のように思います。

 もっとも,上記のうち,判断提供行為と情報提供行為との区別については,具体的な場面では,何が判断提供行為と区別される情報提供なのかがはっきりしない場合があるということは,色々なあてはめの場面で体験しております。その点を深く考えさせるよい題材を本問は提供していると思います。
事案から検討を開始しましょう。

 本件は,前述の通り,先物業者の外務員が,委託者に対し,金の価格が上昇傾向にある,この傾向は年内は続くと予想されると告げ,金を購入すれば利益を得られると説明した事案です。
 上記の事実のうち,
「金の価格の値上がり傾向が年内は続くだろう」というのは判断提供行為です。
 先物の金の現在価格を告げる行為は,情報提供行為ですが,将来価格というのは,既定事実ではなく,仮に将来価格を既定事実として述べたとしても,情報提供行為というのには馴染まないといえます。
 次に,
「金を購入すれば利益を得られる」と述べる行為は,判断提供行為ということは出来ますが,情報提供行為というのには馴染まないといえます。消費者契約法4条2項の「利益となる旨を告げ」という行為は,判断を誤らせる可能性のある行為ですが,情報提供行為に限らないといえます。
また,最判の事実摘示には掲載されていませんが,「金の値段が暴落するかも知れないということをあえて告げない」という行為があったとした場合,このような事実不告知行為は,情報不提供行為と判断不提供行為の両方を含むものと言えます。

 このように考えていきますと,消費者契約法4条2項の不実告知・故意の事実不告知の対象となる行為は,情報提供(不提供)行為のみならず,判断提供(不提供)行為をも広く含む概念であることが分かります。
 このようにみて初めて不実告知・故意の事実不告知の禁止が,「虚偽説明の禁止」などと包括的に呼称される意味も分かってきます。
 翻って考えてみるに,消費者契約法上の取消権の立法趣旨が,誤認を通じて消費者の意思表示に瑕疵をもたらすような不適切な勧誘行為の民事規制にあることに照らせば,故意の事実不告知を規制する消費者契約法4条2項が,判断提供(不提供)行為を広く含んだものであるとしても何ら不思議ではないということになります。
 さて,そうなりますと,この故意の事実不告知行為と,断定的判断提供行為は,要件として重なり合う場面が出てくると言うことになります。

 金の先物取引について,先物業者の担当者の判断として 「この金の取引をすれば金の将来価格の値上がりにより100万円儲かる」と告知すると,これは消費者契約法4条1項2号の断定的判断の提供にあたります。
 他方,この「金の将来価格」が,同条2項の「重要事項」に当たるとすれば,「金の取引により100万円儲かる」という告知は,同条2項の「当該消費者の利益となる旨を告げ」に該当する行為になってきます。この点,原審の高裁判決は,「一般の個人が,自己資金を遥かに上回る取引が予定される商品先物取引を行う目的は,相場の変動による差金取得にあると認められるから,本件取引において,金の相場,すなわち将来における価格の上下は,消費者契約たる本件取引の『目的となるものの質』(消費者契約法4条4項1号)であり,かつ,消費者たる顧客が当該契約を『締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの』(同項但書)であるから,消費者契約法4条2項の重要事項というべきである。」として,同条2項の判断に入ったのです。
 一旦消費者契約法4条2項の判断に入ると,高裁も該当箇所で述べていますが,外務員が委託者に金の相場が上昇するとの判断を告げて述べて買い注文を勧めることは,「当該消費者の利益となる旨告げ」ることに該当しますし,将来の金相場の暴落の可能性を示す事実は,「当該消費者の不利益となる事実」に該当します。そうなりますと,外務員が将来の金相場の暴落の可能性を示す事実を掴んでいたとすれば,これを故意に告げない行為は,故意の事実不告知として,取消の対象行為ということにならざるを得ません。
  この点,最高裁は,4条1項2号は,4条2項の特則であると捉えて,4条2項の「重要事項」には,4条1項2号の規定する「商品先物取引の委託契約に係る将来における当該商品の価格など将来における変動が不確実な事項」は含まないという解釈を示しました。これによって,上記のような場面に4条2項の取消権を活用する途が封じされてしまう可能性がでてきました。
 他方,断定的判断の提供に当たるとされる場合が広ければよいのですが,これを狭く解釈した高裁判決を,最高裁は,「上告人の外務員が被上告人に対し断定的判断の提供をしたということはできず, 消費者契約法4条1項2号に基づく取消しの主張に理由がないとした原審の判断は正当として是認することができる」と述べて是認していますので,さらによろしくない。
 最高裁のこの判示の射程範囲を限定していく実務上の工夫が求められます。