性同一性障害と性別転換「子なし」要件に関する最高裁決定

 性同一性障害者特例法は,性同一性障害者の性別変更が認められるための要件として,「現に未成年の子がいないこと」を求めています。この規定が,憲法13条(個人の尊厳),14条1項(法の下の平等)に違反するとして,性別変更を求める審判の申立がなされた事件について,最高裁は,2021年(令和3年)11月30日,この訴えを却下する決定を出しました。
 性同一性障害者の権利は,近時,耳目を引く事柄となっていることから,この判例を整理しておきたいと思います。


最決(3小)令和3年11月30日(令和2年(ク)第638号)判タ1495号79頁,判時2523号5頁
【判示】 

 性同一性障害者につき性別の取扱いの変更の審判が認められるための要件として「現に未成年の子がいないこと」を求める性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項3号の規定が憲法13条,14条1項に違反するものでないことは,当裁判所の判例(最高裁昭和28年(オ)第389号同30年7月20日大法廷判決・民集9巻9号1122頁,最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁)の趣旨に徴して明らかである(最高裁平成19年(ク)第704号同年10月19日第三小法廷決定・家庭裁判月報60巻3号36頁,最高裁平成19年(ク)第759号同年10月22日第一小法廷決定・家庭裁判月報同号37頁参照)。論旨は理由がない。
 よって,裁判官宇賀克也の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

【コメント】

1 この事件は,性同一性障害者であるXが,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」)に基づいて,Xの性別の取扱いを男から女に変更する審判を,神戸家庭裁判所尼崎支部に申立てた事案です。Xには未成年の子がいるため,性別変更の審判の要件として「現に未成年の子がいないこと」を要求する特例法の規定(「未成年の子なし要件」)が,憲法13条,14条1項に違反するかが争点となりました。同家裁支部はこの申立を却下し(令和2年2月10日「家庭の法と裁判」38号45頁),抗告審である大阪高裁は,「(未成年の子なし)要件は,現時点においては,合理性を欠くものとはいえないから,国会の裁量権の範囲を逸脱するものということはできず,憲法13条,14条1項に違反するとはいえない。」旨判断して,家裁支部の決定を支持しました。これに対し,Xが特別抗告をして,事件が最高裁に係属していました。

2 子なし要件の趣旨

(1)特例法の要件の立法趣旨について
 特例法の現行要件は,「現に未成年の子がいないこと」ですが,これは,平成15年7月の特例法制定時,「現に子がいないこと」という要件であったものを,平成20年改正で緩和したものです。
 その立法趣旨は,平成20年改正時の国会での提案理由では,「子がいる性同一性障害者の場合にも性別の取扱いの変更を認めた場合には,親子関係などの家族秩序に混乱を生じたり,子の福祉に影響を及ぼしかねないなどとする議論に配慮したもの」と説明されています(提案理由)。この点,前掲判タ・判時の解説記事には,南野知惠子監修『解説 性同一性障害者性別取扱特例法』(平16)89頁が引用されています。「本制度が親子関係などの家族秩序に混乱を生じさせ,あるいは子の福祉に影響を及ぼすことになりかねないことを懸念する議論に配慮して,設けられたものである。すなわち,現に子がいる場合にも性別の取扱いの変更を認める場合には,『女である父』や『男である母』が存在するということになる。これにより,これまで当然の前提とされてきた,父=男,母=女という図式が崩れてしまい,男女という性別と父母という属性との間に不一致が生ずることとなり,このような事態が社会的あるいは法的に許容され得るかどうかが問題となる。また,父又は母の性別の取扱いの変更が認められた場合には,その子に心理的な混乱や不安などをもたらしたり,親子関係に影響を及ぼしたりしかねないことなどを,子の福祉の観点から問題とする指摘もあったところである。」とあるようです。平成20年改正は,子の福祉に配慮しつつ,性同一性障害者の利益となる方向で要件を緩和する趣旨で,『子なし要件』の対象を『未成年の子』に限定したもの,といってよいでしょう。
(2)判例の状況
 最決(3小)平成19年10月19日,最決(1小)平成19年10月22日は,平成20年改正前の「子なし要件」について,「現に子のある者について性別の取扱いの変更を認めた場合,家族秩序に混乱を生じさせ,子の福祉の観点からも問題を生じかねない等の配慮に基づくものとして,合理性を欠くものとはいえないから,国会の裁量権の範囲を逸脱するものということはできず,憲法13条,14条1項に違反するものとはいえない。」と判断しています。
(3)前掲判タ・判時の論点整理
 今回の最高裁の多数意見を表現するものとして,前掲判タ・判時の論点整理を引用します。なお,以下に3号要件とあるのは上述の「子なし要件」のことを指しています。見やすさの観点から,私の方で塗色・改行をしております。 

ア 論旨は,
 ①3号要件は,「人が自己の心理的・社会的・身体的状況とは異なる法律上の地位に置かれている状態から是正・回復される自由ないし権利」又は「人が子を産み,育てる自由ないし権利,家族を形成する自由ないし権利」を侵害するものとして憲法13条に違反する,
 ②3号要件は,未成年子を持つ性同一性障害者と未成年子を持たない性同一性障害者とを不合理に差別するものとして憲法14条に違反する,というものである。
イ 憲法13条適合性に関しては,そもそも,論旨のいう自由ないし権利が同条により保障されるものかが問題となろう。
 「性」ないし「性別」の概念は,多義的であり,一つの整理としては,
 ①生物学的な性(典型的には性染色体の構成により決定される性別),
 ②身体的な性(内性器や外性器その他の身体的特徴により決定される性別),
 ③心理的な性(性の自己認識,性自認),
 ④社会的な性(社会的にいかなる性別と取り扱われているか),
 ⑤法的な性別(戸籍上の性別を含む法令上の性別)
があると考えられるところ(特例法2条等参照),
 我が国の法令上は,⑤の法的な性別は,基本的に①の生物学的な性によって決まるものとされているように思われる(前掲『解説 性同一性障害者性別取扱特例法』77~79頁参照)。
 論旨は,①の生物学的な性にかかわらず,⑤の法的な性別を②~④の心理的・社会的・身体的な性に合致させるよう要求できる権利が,憲法13条によって保障されるものとしているように見受けられるが,これまでこの点について判断を示した裁判例は見当たらない。
 前掲『解説 性同一性障害者性別取扱特例法』90頁は,「法令上,性別が,基本的に,生物学的な性別によって客観的に決定されるものであり,個人の意思によって左右されるべきものではない以上,その法的な取扱いとの関係において,憲法第13条が『性別に関する自己決定権』などといったものまで権利として保障しているとはにわかに考えることはできない。また,一定の重要な私的事柄について公権力から干渉されることなく決定できることと,私的なものであるだけでなく公的な側面も持つ性別について,法的な変更を求めることには,やはり径庭があることが考慮されるべきであろう。……現に子がいる性同一性障害者の性別の取扱いの変更を認めないことが,憲法第13条に反するようなことはないものと考えられる。」と指摘している。
ウ また,憲法13条適合性及び憲法14条1項適合性に共通する問題である3号要件の合理性に関しては,論旨は,
(ア)特例法の平成20年改正により,成年子との関係で「女である父」や「男である母」は既に生じているから,3号要件の立法目的として「家族秩序」の混乱防止という目的は既に失われ,専ら「子の福祉」の保護という目的のみが残っている,
(イ)親の性別の取扱いの変更は,必ずしも子に悪影響を及ぼすものではなく,取り分け社会生活上の性別移行が済んでいる者について法律上の性別変更をするだけであれば子の福祉を害さないなどとして,3号要件は合理性を欠く旨主張している。
 上記(ア)については,平成20年改正の評価にも絡むが,平成20年改正により「女である父」や「男である母」が生ずるようになったとしても,成年子の父・母の限度であって,それにより,未成熟子の養育ということで問題となる「女である,未成年子の父」や「男である,未成年子の母」が生ずるようになったものではなく,これが生ずることに対する家族秩序の混乱防止ということは一定程度残ると考えられる。また,未成年子にとっての家庭環境に係る家族秩序の維持は,子の福祉にも関連するものとみることもできよう。平成20年改正は,基本的には,性同一性障害者の利益になる方向で要件を緩和する改正とみられる。
 上記(イ)については,「子の福祉」の保護という立法目的を達成する規制手段としての合理性に関し,性別の取扱いの変更の審判を申し立てた時点で親の性別移行に対する未成年子の心理的な混乱や不安の解消がされていないケース等における子の福祉をどのように評価するかなどが問題となり得るであろう。本決定の多数意見は,「子の福祉の観点からも問題を生じかねない等の配慮に基づくものとして,合理性を欠くものとはいえない」とした平成19年最決を踏襲していると解されるのに対し,宇賀裁判官の反対意見は,未成年の子の福祉への配慮という立法目的を達成するための手段として合理性を欠いているとしており,両者の間で,子の福祉の観点からみた3号要件の合理性についての評価が分かれたのではないかと思われる。

(4)最高裁決定の少数意見(宇賀克也裁判官-学者出身裁判官-の反対意見)
 次に引用します。見やすさの観点から,私の方で,塗色・改行をしております。

裁判官宇賀克也の反対意見は,次のとおりである。
 私は,多数意見と異なり,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)3条1項3号の「現に未成年の子がいないこと」という要件(以下「3号要件」という。)は,憲法13条に違反するものであるから,原決定を破棄すべきであると考える。その理由は,以下のとおりである。
 もし,生まれつき,精神的・身体的に女性である者に対して,国家が本人の意思に反して「男性」としての法律上の地位を強制し,様々な場面で性別を記載する際に,戸籍の記載に従って,「男性」と申告しなければならないとしたならば,それは,人がその性別の実態とは異なる法律上の地位に置かれることなく自己同一性を保持する権利を侵害するものであり,憲法13条に違反することには,大方の賛成が得られるものと思われる。
 憲法制定当時は,医療技術が未発達であったため,精神的・身体的に女性である者は生来的な女性に限られていたが,
 現在においては,医療技術の発展により,生来的な女性に限らず,医療的措置によって,精神的・身体的に女性となった者が現実に生ずるようになった。本件抗告人も,既に性別適合手術を終え,現在,身体的に女性となり,女性の名前に改名しており,精神的・身体的に女性である者であり,社会的にも女性として行動している。
 しかしながら,その実態に反して,3号要件のゆえに,戸籍上の性別を女性に変更することができず,法律上は「男性」とされている。
 自己同一性が保持されていることの保障の必要性は,生来的な女性であれ,医療的措置により身体的に女性となった者であれ,基本的に変わるところはないと考えられる。
 精神的には女性であるにもかかわらず身体的には男性であった者が,医療的措置によって身体的に女性となった場合にも,戸籍上の性別との不一致を解消することを制限する3号要件の合憲性については,以下のように考える。
 特例法3条1項3号は,平成20年法律第70号による改正前は,「現に子がいないこと」という要件であった。
 「現に子がいないこと」という要件が設けられた理由は,現に子がいる場合にも性別の取扱いの変更を認めることは,「女である父」や「男である母」の存在を認めることになり,男女という性別と父母という属性の不一致が生ずる事態は,家族秩序に混乱を生じさせ,また,子に心理的な混乱や不安などをもたらしたり,親子関係に影響を及ぼしたりしかねないことなど,子の福祉の観点から問題であるという指摘を受けたものであった。
 しかし,平成20年法律第70号による改正により,特例法3条1項3号は,「現に未成年の子がいないこと」という要件に緩和されている。
 したがって,子が成年に達していれば,「女である父」や「男である母」の存在は認められており,男女という性別と父母という属性の不一致が生ずる事態は容認されていることになる。
 そうすると,上記改正後は,男女という性別と父母という属性の不一致が生ずることによって家族秩序に混乱を生じさせることを防ぐという説明は,3号要件の合理性の根拠としては,全く成り立たなくなったとまではいわないにしても,脆弱な根拠となったといえるように思われる。
 そうなると,「女である父」や「男である母」の存在を認めることが,未成年の子に心理的な混乱や不安などをもたらしたり,親子関係に影響を及ぼしたりしかねず,子の福祉の観点から問題であるという説明が合理的なものかが,主たる検討課題になる。
 この点について,以下のような疑問を拭えない。
 性別の取扱いの変更の審判を申し立てる時点では,未成年の子の親である性同一性障害者は,ホルモン治療や性別適合手術により,既に男性から女性に,又は女性から男性に外観(服装,言動等も含めて)が変化しているのが通常であると考えられるところ,未成年の子に心理的な混乱や不安などをもたらすことが懸念されるのは,この外観の変更の段階であって,戸籍上の性別の変更は,既に外観上変更されている性別と戸籍上の性別を合致させるものにとどまるのではないかと考えられる。
 親が子にほとんど会っておらず,子が親の外観の変更を知らない場合や,子が親の外観の変更に伴う心理的な混乱を解消できていない場合もあり得るであろうが,前者の場合に子に生じ得る心理的混乱,後者の場合に子に生じている心理的混乱は,いずれも外観の変更に起因するものであって,外観と戸籍上の性別を一致させることに起因するものではないのではないかと思われる。
 また,成年に達した子であれば,親の性別変更をそれほどの混乱なく受け入れることができるが,未成年の子については,混乱が生ずる可能性が高いという前提についても,むしろ若い感性を持つ未成年のほうが偏見なく素直にその存在を受け止めるケースがあるという専門家による指摘もある。
 さらに,未成年の子が,自分の存在ゆえに,親が性別変更ができず,苦悩を抱えていることを知れば,子も苦痛や罪悪感を覚えるであろうし,親も,未成年の子の存在ゆえに,性別変更ができないことにより,子への複雑な感情を抱き,親子関係に影響を及ぼす可能性も指摘されている。
 加えて,そもそも戸籍公開の原則は否定されており,私人が戸籍簿を閲覧することは禁止され,一定の親族以外の者の戸籍の謄抄本を私人が請求することも,原則として認められない(住民票の写しについても,同一の世帯に属する者以外の者の交付請求は原則として認められない。)。したがって,戸籍における性別の変更があったという事実は,同級生やその家族に知られるわけではないから,学校等における差別を惹起するという主張にも説得力がないように思われる(また,仮に親の性別変更により,学校等で差別が生ずるとすれば,それは差別する側の無理解や偏見を是正する努力をすべきなのではないかと思われる。)。
 このように,3号要件を設ける際に根拠とされた,子に心理的な混乱や不安などをもたらしたり,親子関係に影響を及ぼしたりしかねないという説明は,漠然とした観念的な懸念にとどまるのではないかという疑問が拭えない。
 実際,3号要件のような制限を設けている立法例は現時点で我が国以外には見当たらない(なお,ウクライナは,18歳未満の子がいることを法令上の性別変更を禁止する理由としていたが,2016年12月30日にこの要件を廃止しているようである。)。
 他方で,親の外観上の性別と戸籍上の性別の不一致により,親が就職できないなど不安定な生活を強いられることがあり,その場合には,3号要件により戸籍上の性別の変更を制限することが,かえって未成年の子の福祉を害するのではないかと思われる。
 平成20年法律第70号による改正後は,男女という性別と父母という属性の不一致が生ずることによって家族秩序に混乱を生じさせることを防ぐという説明の説得力が大幅に失われたことは前述したが,この点について,さらに検討すると,性同一性障害者の戸籍上の性別の変更を認めても,子の戸籍の父母欄に変更はなく,子にとって父が父,母が母であることは変わらず,法律上の親子関係は変化しないから,親権,監護権,相続権などにも影響を与えない。
 そして,社会的にごく少数と思われる性同一性障害者の戸籍における性別の変更は,我が国の大多数の家族関係に影響を与えるものでもない。
 したがって,3号要件が,我が国の家族秩序に混乱を生じさせることを防止するために必要という理由付けについても,十分な説得力を感ずることができない。
 以上検討したように,3号要件は,憲法13条で保障された前記自己同一性を保持する権利を制約する根拠として十分な合理性を有するとはいい難いように思われる。未成年の子の福祉への配慮という立法目的は正当であると考えるが,未成年の子がいる場合には法律上の性別変更を禁止するという手段は,立法目的を達成するための手段として合理性を欠いているように思われる。
 したがって,特例法3条1項3号の規定は,人がその性別の実態とは異なる法律上の地位に置かれることなく自己同一性を保持する権利を侵害するものとして,憲法13条に違反すると考える。