「消費者契約法,特定商取引法の成果と課題」逐語レジュメ

  •  「民法改正論と改正民法への消費者概念の導入の是非」を巡り,私のスタンスを明示しなければならない時期が来たようです。
  •  以下は,2012年3月8日に,兵庫県生活科学総合センターの「相談支援学習会」として行われた,見出しのタイトルの講演会での私の逐語レジュメです。これを公開し,「民法改正論と改正民法への消費者概念の導入の是非」の論点に関する議論に供したいと思います。

 「消費者契約法,特定商取引法の成果と課題」逐語レジュメ
  2012年3月8日
  兵庫県生活科学総合センター相談支援学習会

1.はじめに

    •  今年で,消費者契約法施行後10年を経過しました。この間に,消費者関連の法律は目に見えて発展してきました。
    •  しかしながら,未公開株,社債詐欺などの詐欺的投資商法が跋扈し,手のつけられない状態になっている問題や,和牛オーナー商法のあぐら牧場の経営破綻の問題に見られるように,詐欺的ないし欺まん的な商法による被害は,相変わらず繰り返され,全体として高い件数で発生し,こうしたことが収まらない状態です。
       日本社会は,法律の発展にもかかわらず,消費者にとっての良好な取引の慣行や風紀の確立に成功していないのです。
    •  こうした問題に対応するため,日弁連は,2006年12月に,消費者契約法の実体法改正に関する意見書を取りまとめています。
       消費者契約法改正に関しては,先週の金曜日(8月26日)に,消費者委員会が,消費者庁において早急に消費者契約法改正の検討作業に着手するよう提言しています。
    •  また,その消費者庁では,この間,集団的被害回復制度の創設とか,加害者による財産の隠匿・散逸等の問題に対してどう手当するのかといった点が議論されて来ています。
    •  これらのほか,不招請勧誘への対応については,商品先物取引の分野で,包括的に不招請勧誘の禁止が導入されましたが,さらに,金融商品取引でも同様の制度が導入されるべきであるという議論が有力であり,そのほか,訪問販売・電話勧誘販売一般,消費者取引一般における対応についても,議論がなされています。
    •  他方,このように法制度のどこをどう変えれば,消費者の安心・安全が増進するのかということだけではなく,消費者関連の法律が,全体として,非常に複雑化し,分かりにくくなってきているという問題が生じてきています。そこで,消費者庁・消費者委員会のもとで,一元化された消費者行政との関係で,消費者法のあり方を,検討し直すべき状況にもあります。
    •  さらに,法務省を中心とした民法改正論の中では,消費者契約法の実体規定は,むしろ民法に統合するのがよいのではないかという議論も,大まじめになされています。
    •  これらに加えて,近時,訪問販売・電話勧誘販売などによる被害が,必ずしも消費者に対してだけ発生するのではなく,むしろしばしば中小零細事業者も他の事業者の攻撃的勧誘などにさらされて,その結果同様の被害を被っていると言うことから,この問題について,「契約弱者」の被害の救済という形で捉え直そうという問題提起が始まりました。
    •  このようなことから,「消費者法」とはなにか,そのかたちが模索されているというのが現状ということになります。
    •  そこで,こうした議論を行う上で,前提となるような事柄について,最初に少しお話をしておきたいと思います。

2.消費者契約法制定後の消費者法の発展
  まずこの間の消費者法の発展について振り返っておきたいと思います。

    •  消費者契約法が施行されたのが2001年・平成13年の4月です。
       ここで,消費者が定義され,事業者との情報及び交渉力の格差があるからそれを是正する必要があるのだという目的が設定され,不実告知等の取消権や威迫困惑等の取消権が導入され,契約の不当条項無効のルールも導入されました。
    •  同じ2001年4月に金融商品販売法も施行されました。
       ここで,元本割れする商品についての重要事項の顧客に対する説明義務,断定的判断の提供の禁止の規範が設定され,これらの規範違反に対する損害賠償請求権が法律上明記されました。これにあわせ消費者契約法でも,将来にわたる変動が不確実な事項について断定的判断が提供された場合の取消権が導入されました。
    •  そして,2003年・平成15年11月には,景品表示法に,不実証広告の規制が導入されました。
       不実証広告の規制というのは,広告の規制です。
       例えば,ダイエットサプリのコマーシャルで,「食事制限なしで痩せられる」と広告した場合,消費者庁は,広告した業者に対して,「食事制限なしで痩せられる」と広告したことの裏付けとなる客観的な実証資料の提出を求め,その資料が提出されない場合に,その広告は不当表示だと,みなすことになりました。
    •  それから,2004年・平成16年には,いわゆる「消費者の8つの権利」を明記した消費者基本法ができます。
    •  同じ2004年には,特定商取引法に,不実告知等取消権の規定が入ります。
    •  2006年・平成18年には,貸金業法・出資法が大改正をされ,総量規制が導入されるとともに,グレーゾーンが撤廃されることになりました。
    •  2007年・平成19年には,適格消費者団体に,消費者契約法違反に関する団体訴権制度が導入されました。
    •  同じ2007年に,証券取引法と金融先物取引法が統合され,金融商品取引法となりました。
    •  2008年・平成20年には,特定商取引法・割賦販売法の大改正がありました。
       これに伴い,訪問販売等における規制が強化されるとともに,指定商品・役務制が撤廃されました。
       また,割販法では,個別クレジットの領域でクーリングオフ解除権や,不実告知等取消権が導入されるとともに,悪質商法を助長する不適正与信の禁止や過剰与信の禁止が明定されました。
    •  この流れに連動して2009年・平成21年に消費者庁・消費者委員会の設置が行われ,さらに,これらの権限にかかわる消費者安全法が制定されました。
    •  また,同じ2009年に商品取引所法と海外商品先物取引法が統合され,商品先物取引法が出来ました。
       ここで,商品先物については国内・海外問わず,取引所の内外を問わず,不招請勧誘を禁止するルールが導入されることになりました。
    •  昨年2010年・平成22年から,改正特商法・割販法,それから改正貸金業法が全面的に施行されました。
       さらに今年2011年・平成23年には,商品先物取引法が全面的に施行されました。 
    •  さらに今年は,金融商品取引法が改正され,無登録業者が非上場の株券等の売付け等を行った場合には、その売買契約を無効とする民事ルールが出来ました。

  これが現在です。
  冒頭で述べましたとおり,消費者契約法制定後の10年で,消費者関連の法律は目に見えて発展してきたという面があるわけです。

3.消費者取引法(民事ルール)の展開
  それでは,これらの消費者関連法律の「かたち」を,民事ルールの展開という観点から概観していきましょう。

  •  まず,クーリング・オフの制度です。
     これは今のところ,
     ① 法律の定義する取引を行う業者に対する書面交付義務と,
     ② 不交付の場合の罰則 及び
     ③ 不交付の間及び交付後短期間の後のクーリング・オフ(撤回・解除権
    という形で設定されているものです。
     これについては,特定商取引法の中で,訪問販売,電話勧誘販売,連鎖販売取引,特定継続的役務提供,業務提供誘引販売の5つの類型,通信販売を除く,いわゆる特商法5類型について,クーリングオフが導入されていることは周知の通りです。
     また割賦販売法においても,特商法とパラレルに,特商法5類型の取引に係る 個別クレジットについて,クーリングオフが導入されています。
     このほか,生命保険・損害保険取引と宅建取引で,訪問販売が行われたときにもこの制度がありますし,預託商法や投資顧問取引についても,この制度が置かれています。
     クーリングオフ権を設定する場合には,契約の撤回・解除後の不当利得返還・巻き戻しの関係について,特別な民事ルールがおかれ,消費者保護のための強行法規性が明定されています。
     この制度は,いわゆる攻撃的取引,分かりにくい取引に対して,厳しい情報開示の義務を課すことと対になった制度です。
     無理由・無条件で契約の拘束力から離脱できるということも含め,問題商法から消費者の安心・安全を守るという観点に立ち,行政規範,刑事罰,民事ルールのミックスで制度が成り立っているということが出来ます。
     こういうこともあり,この制度は,民法の世界とは直ちに連続しない建付になっているといえます。
  •  次に,不実告知等の取消権の制度があります。
     これについては,消費者契約法と,いわゆる特定商取引法の5類型について,取消権が定められています。さらに,割賦販売法でも,特商法5類型の取引に係る個別クレジットについて取消権が導入されています。
     こうした取消権は,いずれも意思表示,法律行為を取り消す形で規定されています。また,取消後の効果について,クーリングオフの場合と同じような清算・巻き戻し規定は特別には置かれず,民法の不当利得の法理によって巻き戻す建付になっています。
     こうしたことから,取消権の制度は,民法概念との連続性を自然に意識させるものだといえます。
     その意味で,特別法・業法の中に規定されているとはいえ,取消権を規定した条項は,意思表示の瑕疵・合意の瑕疵がそこに認められる,と立法者が認めているわけですから,その趣旨が妥当する事案では,類推適用の可能性を,検討しやすい状況を生むことになります。
     もっとも,ここは,裁判所の裁量の大きいところです。
     この裁判所の裁量の発揮のされ方がどうかについては後で触れます。
     次に,取消権の内容を見ますと,民法上の詐欺取消の延長にあるものとして,消費者契約法と特商法5類型における不実告知取消権及び事実不告知取消権があり,また,民法上の強迫による取消権の延長にあるものとして,消費者契約法上の不退去・退去妨害取消権があります。
     消費者契約法におかれた,断定的判断の提供にかかる取消権の制度は,金融商品販売法に説明義務の規定を置くのと同時に置かれたものであり,証券取引,先物取引,投資商品取引との関係を意識させますが,民法の中では不法行為法と結びついておりまして,契約法との関係は,消費者契約法4条1項2号の規定があるにもかかわらず,まだ十分構築されていないように思われます。
  •  次に契約の不当条項無効のルールがあります。
     不当条項無効ルールというと,消費者契約法の不当条項リスト等を意識する方が多いと思いますが,より一般的にいえば,当事者の契約の自由を,契約正義の観点から制限するルールを指すものです。
     この点,先ほどの「取消権」というのは,当事者の合意にキズがあるので合意を取り消すという制度で,契約自由の原則と親和性があり,制度内在的な位置づけになります。
     しかし,不当条項無効のルールは,正義の観点から当事者の合意に後見的に介入するという訳なので,その意味で契約自由の原則からみると,例外といいますか,外在的な立ち位置に置かれます。
     不当条項無効のルールに当たるものとしては,消費者契約法上の不当条項無効のルールのほか,利息制限法上の制限利率,借地借家法,労働基準法や労働契約法の強行法規性を定めるルールがあります。
     またもちろん,特商法・割販法などにおかれた民事ルールの中の強行法規についても,これにあたります。
     もっとも,消費者契約法の不当条項無効ルールは,先ほど例示した各特別法上のルールよりも,適用範囲が圧倒的に広いものです。なにせ「消費者契約」であれば,適用されますので,例えば借地借家契約だけに適用される法律や金銭消費貸借契約だけに適用される法律とは違います。
     その意味で,その条項の立法や,その解釈・適用が国民のくらしに与える影響は,極めて大きいということができます。

    •  現在の消費者契約法は,
      8条で,事業者が民法上負うべき賠償責任を不当に免除する条項は無効だとしています。
      また,9条で,消費者が契約を解除する際の違約金や債務不履行の場合の遅延損害金が不当に高いものは無効だとしています。
      そして,10条は,一般的に,民商法の規定と比べて消費者に不利な条項で,信義則に反し,消費者の権利を一方的に害する条項は無効とするとしています。
    •  8条,9条に書き込まれた不当条項リストは,不当条項として関係団体から提案されているリストと比較して,ほんの僅かの部分を規定しただけのものです。
    •  一般条項たる10条については,その解釈について裁判所の裁量の幅がかなり広い状態にあるため,消費者契約法の10条を使った民事裁判は,現状でも「賽の目がどちらに出るか分からず,危険が一杯」,という状態にあります。消費者政策と絡む領域であり,専門家や関係団体を交えた民主的な審議のアプローチを経ずに,裁判所と各事件の当事者に,このようなアバウトな物差しを与えて,民事法の形成を委ねてしまって良いのかという問題も提起されることと思います。
  •  次に,継続的契約の中途解約権です。
     これについては,今のところ,特定商取引法上の,連鎖販売取引と,特定継続的役務提供取引に規定されています。
     この点,民法の世界では,継続的供給契約や継続的役務提供契約について,契約途中の中途解約権が一般的には認められていません。しかし,これらの英会話教室など特商法の適用のある世界では,「中途解約ができて当たり前」という規範が形成されつつある。その規範形成が順調なので,中途解約権は,このような契約当事者の通常の期待に添った権利だったということができます。
     そのことが,法務省の民法部会での民法の議論に影響を与えてきています。
     そういった意味で,特商法の中での民事ルールの発展は,民法改正論にも影響を与えています。
  •  次に,説明義務違反の損害賠償請求権です。
     これは,現在のところ,金融商品販売法,商品先物取引法に明示の規定があります。
     もともと,民法上の不法行為に基づく損害賠償請求権を根拠にして,証券取引被害の救済のための法理論として,目に見えないが元本割れリスクのある商品である金融商品の販売を勧誘する際の信義則上の付随義務として,説明義務,情報提供義務があると観念され,判例が形成されたものでした。
     その延長線上に,金融商品販売業の重要事項説明義務その他の禁止行為と,これに違反した場合の,損害賠償請求権が規定されました。その意味では,このルールは,消費者契約法を基礎に発展した,というのではなく,それ以前からある民法判例を基盤に,立法が生まれたものといえます。
     もっとも,単なる確認規定とは異なるのは,元本欠損額を損害額と推定するルールを定めていることを上げることができます。この規定は,禁止行為違反を抑止する軽いインセンティブにもなっているといえます。
     ただ,商品先物取引法上の説明義務は,その義務違反が行政処分の対象にもなるという意味で,業法の中に,行為規範と民事ルールがミックスされているのに対し,金融商品の世界では,これが販売法と取引法に分けられているという違いがあり,立法の仕方として,その点は興味深いといえます。
  •  最後に,金融商品取引法で近時立法された,無登録業者の株式等の売付等を無効とする条項
    です。
     これは,以前の立法例とは異なるもので,民法上の公序良俗論に基礎をおいた新しい立法例であり,
    ① 取消権でもなく,
    ② 損害賠償請求権でもない。
    ③ クーリングオフ解除でもなく,
    ④ 格差是正のために契約の不当条項を無効にする規定でもない。
    大いに注目に値します。
     改正金商法171条の2が規定しています。
     無登録業者(無登録で金融商品取引業を行う者。)が、未公開株式について売付け,媒介,代理,募集・売出しの取扱い等をを行った時は,その顧客による当該未公開有価証券の取得を内容とする契約は,無効とする。という中身になっています。
     このような民事効規定の考え方ですが,無登録業者が未公開株の販売を行う場合には類型的に不当な利益を得る行為を行う蓋然性が高いものと考えられ,無登録業者がそういう行為を行っている場合には,民法90条の一類型である暴利行為に当たる可能性が高いものと考えられるという考え方を基礎に,投資者保護を図る政策的観点からこの規定を導入したということになっています。
     無登録業者の金融商品販売行為を,「暴利行為に当たる蓋然性のある行為」と基礎付けた本件の無効立法の考え方はとても面白く,実際には他の問題商法でもつぶしの効く考え方なのであり,今後の「立法」をする際に,立法例として広がりを持つものといえます。

4.民事判例の展開(民法)
  次に,消費者契約法・特定商取引法の展開を受けた民事判例の展開の成果に言及しましょう。

  1.  成果は主に,不法行為法の発展という形で現れていると思います。
  2.  これは,古くは取締法規違反の民事効として論じられていた領域に関することですが,近時は,説明義務違反とか開示義務違反の行為に限らず,業法において,顧客を保護するために置かれた行政規範に違反する勧誘行為は,原則として不法行為法上の違法を構成するという理解が一般的になっています。
     判例上は,最高裁平成17年7月14日判決(https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52383)が,証券取引の事案で,「証券会社の担当者が,適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしたときは,当該行為は不法行為法上も違法となる」としており,この判例が有名なわけです。
     この「著しく」という部分は,行政規範をストレートに裁判規範にできると限らず,ギアをチェインジしなければならないので,そのクッションないしクラッチ用語であるという風に理解した方がよいと思います。
     業者には,業法を守った勧誘をして顧客を保護する注意義務があり,それが行政規範となっているので,その注意義務違反は,民事における注意義務違反とかぶる。「違法性」というエンジンは一緒だけれど,行政規範と裁判規範は適用場面が違うので,ギアを変えるという程度の違い。国会がエンジン部分で顧客を保護するために,違法宣言・無価値判断をしているわけなので,裁判所は不法行為法上は,その判断を基本的には尊重するべきだということになります。
     この点については,潮見佳男教授が平成21年9月に改訂された「不法行為法Ⅰ」という教科書においても,「ある法律規定が保護法規の性質を持つ場合には,当該規定によって定型的に記述された違反類型に該当する行為(定型的行為義務違反〔定型的注意義務違反〕)は,それ自体が当該行為の(不法行為法上の)過失を導くものと考えてよい。」と明言されており,この方向はもはや後戻りしないといえます。
  3.  パワーポイントのパネルに「民法1条2項,1条1項を媒介として不法行為法上の違法を構成する消費者(弱者)保護法規」と書いています。
     このうちの民法1条2項を媒介として,というのは信義則を媒介として,という意味です。
     説明義務や安全配慮義務は,信義則上の付随義務として認められると述べる裁判例も多く,これは分かりやすい話です。
     では民法1条1項を媒介というのはどういう意味か。
     1条1項は「私権は公共の福祉に適合しなければならない」と規定しています。
     ここでいう「私権」というのは,「契約書に書いてある事業者の権利」とか,「事業者の営業の自由」と読み替えることができます。そして,ここでいう「公共の福祉」というものの中には,「消費者の安全・安心」というものも含めて考えることができます。
     そうなると,この条項は,「事業者の営業の自由は,消費者の安心・安全に適合しなければならない。」「契約書に書いてある事業者の権利は,消費者の安心・安全に適合するものでなければならない。」というような規範に生まれ変わります。
     業法の中におかれた消費者保護法規は,こうした意味での公共の福祉にかかる政策を具体化したものであるということが出来るので,民法1条1項を媒介することによって,不法行為法上の違法を構成するという説明もできる,という意味です。

    民法1条(基本原則)

    1. 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
    2. 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
    3. 権利の濫用は、これを許さない。

     

  4.  こうして業法におかれた,例えば交渉力格差を是正するための,政策的な業者に対する行為規範も,民法・民事法・裁判所でその規範を活用する道が広く拡がっています。交流があるということになります。
     民法の契約法が十分発展しない間でも民法の不法行為法は発展を続けてきたし,具体的なケースにおける日本の不法行為法の救済レベルは,決して国際的に見て,例えばアメリカやイギリスやドイツに比べて,恥ずかしいレベルにはありません。
     むしろ不法行為法の世界だけ,判例だけを比較すれば,我が国の救済水準は,トップクラスである,という風にいえると思います。
     遅れてきたのは,法政策の企画立案,執行ツールであり,行政的・政策的な保護措置です。

5.民事判例の展開(特別法)
  次に,消費者契約法制定後の特別法の展開に伴う関係判例の展開についてです。

  1.  利息制限法にかかる判例(裁判所を働かせる立法の成功例)
     利息制限法は,貸金業者が金を貸す際に利息を幾らと定めようと自由ではないかという契約自由の原則を,社会正義の観点から制限し,上限利率を定めたものです。
     裁判所は,社会正義を実現しようという法の趣旨を徹底してきました。
     そのようにできたのは,「利率」を制限するという立法,20%,18%,15%という具体性のある立法により,裁判官にとって,利息契約の有効・無効の線引きが明確だったからです。その基礎があったから,判例がすくすくと発展したのです。
     この社会正義観は,日本社会に根付いています。
     裁判所は,国会の揺り戻しも押さえて判例を発展させ,最後に,貸金業法によるグレーゾーン金利を撤廃させるに至りました。
     裁判所をフルに働かせる立法の成功例といえます。
      逆に言えば,司法・裁判所を使うときに失敗する立法例もあります。
  2.  消費者契約法等にかかる判例の不安定展開
     これに言及したいと思います。
     消費者契約法について,最近重要な最高裁判例が続いています。

    •  まずは,9条1号の平均的損害額を超える違約金条項に関して,入学金・学納金訴訟がありました。
       これについては,平成18年11月27日学納金返還訴訟最高裁判決があります。(https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=33841
       判決は,入学金は返還不要,授業料等は原則3月31日までに辞退を申し入れれば全額返還すべきという風に決めました。
       これは,消費者契約法が切り開いた大いなる成果であるということができます。
       しかし,この訴訟で裁判所としてはどのように判断をするのがよいか,時間をかけて世論を見極めていたと思います。
       そこは政治的・政策的判断も入っていたと私は思います。
    •  他方,特商法の定める法定限度額を超える違約金条項に関して,有名な英会話教室NOVA最高裁判決平成19年4月3日にありました。(https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=34469)
       ここでは,使用済みポイントを,契約時単価で清算するべきか,清算規定による単価で清算するべきかが争点となりましたが,契約時単価によると判断されました。これについては,消費者側は,歓迎しましたが,国会などでは,問題だという声もかなりありました。
    •  他方,消費者契約法10条に関しては,敷引金の額が,契約経過年数に応じて月額賃料額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることなどから,敷引金の額が高額に過ぎるとはいえず,敷引特約が消費者契約法10条に違反しないとした,平成23年3月24日敷金返還訴訟最高裁判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=81180)はショッキングなインパクトを与えています。
       「通常損耗は賃料に含まれていると考える」という民法の任意規定のルールがあり,その規定に比して消費者に一方的に不利であるのに,その不利の程度が信義則に反する程度ではないというわけです。
       信義則のものさしは,敷引が高すぎるかどうかの「程度問題」を図る基準として,用いられました。
    •  これに引き続き,平成23年7月15日更新料返還訴訟最高裁判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=81506)は,賃貸借契約の更新料についても,更新料の額が賃料の額,更新期間等に照らし高額すぎる等の事情がない限り,消費者契約法10条に違反しないとしています。
       ここでも,信義則基準は,更新料が高すぎるかどうかの「程度問題」を図る基準として,用いられています。
       なお,新聞報道では,平成24年3月1日に,京都地裁で,更新料について,新たな判決が出て,そこでは,1年ごとの更新の場合には更新料の上限は賃料年額の2割が相当とし,超過分が無効と判断されたとのことです。
    •  これらは賃貸借契約に関する判例ですが,今後とも,10条は,信義則論をめぐり,不安定状態が続くということです。
    •  まあ,それでも,消費者契約法10条がなかったときよりはよくなっていると評価すべきかも知れませんし,逆に最高裁はさすがにバランス感覚がある,という風に評価する人もいると思います。
       議論の分かれるところだと思います。
       でもこの信義則のものさしの使い方が,10条基準の予見可能性を低めるのでまずいということなら,もう,裁判では無理で,「信義則の物差しを,高すぎる・安すぎるという程度問題で扱うのはだめです」という形で,国会が裁判所の権限を規制する,10条後段の法律改正が必要ということになります。
    •  消費者契約法4条1項2号と4条4項の重要事項についても,ショッキングな最判が出ています。
       金の先物取引に関する平成22年3月30日最高裁判決https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=80043)です。
       この判決は,消費者契約法上,断定的判断の提供の対象となる事項(商品先物取引の委託契約に係る将来における当該商品の価格など将来における変動が不確実な事項)は,事実不告知取消権の対象とならないと判断しました。
       「金の値段の値上がりは確実と予想されており,金を購入するとお得だと思います。」と説明したが,実際には業界では「金は暴落する危険性がある」との噂が広がっていた事案で,上記の説明は,断定的判断の提供にもあたらないし,そもそも,こうした将来の変動が不確実な事項については,いくら,利益が得られると告げても,事実不告知の取り消し対象とならない,ということになってしまいました。
       これも,この解釈をおかしいというのなら,もう,法律を改正する必要があります。
       正直,消費者契約法を改正するか特別法を制定するしかありません。
    •  デート商法をめぐる個別クレジット契約に関する平成23年10月25日最高裁判決(https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=81723もありました。
       この判決は,公序良俗違反とされる訪問販売契約に関する個別クレジット契約も,ざっくりというと,クレジット会社において,その事情を知っていたとか容易に知り得た,というような特段の事情がない限りは,無効となることはないと述べています。

6.民事判例の不安定展開をどう評価し,どう対処すべきか

 以上見たように,最近は,最高裁の消費者契約法,特定商取引法,割賦販売法領域における民法の解釈適用は,不安定さを増しているといえるかもしれません。
 ではこれをどう評価し,どう対処するのがよいのでしょうか。 

  •  消費者法(立法)政策策定レベルでの法発展
    •  消費者行政施策レベルでの実務展開
       冒頭でも述べましたように,現在,消費者庁・消費者委員会が消費者行政の一元化を担っています。
       こうした体制がある元で,問題対処型の無効・取消・解除ルールを他の規制とミックスして機動的に導入することのできる可能性は広がっています。
       これは本腰を入れてこれからわが国が行っていく必要のある事柄だと思います。
       ただ,これには,国家財政はほぼ破綻していますので,そのような行政を育て・支える消費者市民社会・企業社会のバックボーンはあるのかが常に問われてくると思います。
    • 民法・消費者契約法の改正
       他方,民法・消費者契約法の改正と言うところで言いますと,この法律は,国民のくらしに与える影響が大きく,しかも,リーチが長い
       思わぬところに被害を及ぼす可能性がある。
       利害調整を慎重に行いながら,取引の予測可能性を担保していくべき領域について,司法という裁判所と,一部当事者のみが進行する手続によって法を形成する,そういう制度に委ねてしまって良いのかという点はあります。
       もうすこし細かく,機動的に動かせる,体系的ではあるが,百科辞典的法律の中で処理をしていく方がよいのではないかという気もしています。
    • 司法研修所教育等による法教育
       消費生活センターや法律事務所には,契約弱者の被害の救済を求めて常に消費者,中小零細業者が相談に来られます。
       私たちの用いる基本的な救済ツールは民事訴訟です。
       なので,私たちが消費者ルールをよく知っていても,裁判官が,民事と離れた世界のものとしてそれを遠くに感じるというのでは,なにもならない。そこは法教育が必要です。
       しかしそのような骨太な法教育を支える価値観 消費者教育にかかる価値感と体系が,まだ生まれていない。
       * この点は,消費者教育推進法(平成24年法律第61号)がこれを支えることになりました。
        (2020年9月22日筆者コメント)
    •  適格消費者団体等による訴訟
       適格消費者団体は消費者・国民に近い立場に本来あるわけですから,世論を盛り上げるためのキャンペーンを行えるだけの力がないといけないと思っています。
       裁判に打ち勝てる有能な弁護士集団にバックアップしてもらえるというだけではなく,その裁判によって法を獲得するというのであれば,世論の支持を受けないといけないと思います。

7.消費者法形成に係る論点~消契法・特商法的視点から

  続いて,消費者法の形成に係る論点のパネルに移ります。
★ このように見てきて,消費者契約法制定から10年という今の時点で,これからどのように消費者法を形成していくのかという点についてですが,
 現在,日本ではご承知の通り法務省で民法改正が議論されており,その審議会では,民法に消費者概念を入れて,消費者契約法をそこに統合するのがよいという意見も出ています。
 たしかに,民法はつねに国民生活の基本となる法律であるべきだと,考えますと,民法の中には,消費者契約法などの国民生活に身近なルールも入るべきだという考え方は理解できます。
 しかし,消費者の立場からは,消費者の安心安全のためには政策法典を志向すべきで,そこの政策目的に見合って機動的かつ合目的的に民事ルールを設定することについては,民法理論にあまり縛られるとよくない(政策目的が達成できない)訳ですから,その民法に消費者に関する基本的なルールを規定するとするなら,民法に規定した消費者ルールの反対解釈によって,消費者政策法規に新しい民事ルールを入れようとしたときに,その民法的基礎が失われてしまうようなことにならないように,細心の注意を払う必要があると思われます。
 私は,実際には,民法に規定した消費者ルールの反対解釈の害悪は避けられないと思っており,そのことが将来の消費者政策立法の足かせであろうから,よろしくないと思っています。

★ 次に,「民法に消費者概念を取り入れるべきかどうか」という点に関しては2つの点を上げたいと思います。

    •  一つは,消費者契約法上の「消費者」概念が前提とする,情報・交渉力モデルの限界についてです。これは,村本教授が,消費者法ニュース80号の論文の中で述べられている点です。
       すなわち,EU諸国では,「被害に遭いやすい消費者」論のもと,消費者の属性毎にきめ細かく事業者の営業行為の不公正さを判断しようとする法制があり,また非良心性の法理や状況の濫用法理に基づく法制がある。これらは,日本でいわれる消費者取消権や公序良俗論を超える射程を持っているが,現在の民法改正論議は,あくまで「消費者」概念,情報・交渉力モデルに立つもので,EUに追いついてない,と述べています。
    •  次に,民法が憲法秩序による正当性の検証にさらされていると理解すべきこととの関係です。
       潮見教授は不法行為法Ⅰの教科書のなかで,「民法の解釈と構成は,常に憲法秩序による正当性の検証にさらされる。」と述べています。
       自由権,平等権,生存権,社会権,手続的権利の全てが憲法に基づく保護要請のもとに置かれるとされています。
       そうだとすると,消費者概念を定立して保護しようとする問題も,自由権や平等権の確保にかかわる格差是正の原理に基づいて民法を一般に立法・解釈すればいいので,その手段として消費者概念を民法に入れ込むというのは,わざわざという突出観を否めないという風に感じました。

  ★ 最後に,「消費者」の「契約弱者」としての再定義と契約弱者たる事業者保護論のもたらした視座という点
   に触れる必要があると思います。

    •  近畿弁護士会連合会が開催した11月25日のシンポジウムでは,「情報・交渉力」モデルが妥当するのは果たして「消費者」だけであるのか,という観点から「事業者」が契約弱者という立場でした契約トラブルの問題が取り上げられています。
       そこでは,消費者問題は,「取引状況に応じた要支援状態」「契約弱者の問題」であると再定義がなされました。
       ここからは,新たに2つの視座が得られています。
    •  第1に,消費者民事ルールを民法改正に持ち込む視座です。
       これは,消費者契約法の消費者概念を民法に取り込むというのではなく,むしろ,消費者契約法を基礎に育まれた考え方を民法改正に生かすというものです。
       今まさに民法改正論議に必要な視点を提供しています。
       その中には,次のものが上げられます。

      1. 約款規制,情報提供義務・不実表示,公序良俗違反の具体化
      2. 動機の錯誤の判例法理の明文化,詐欺の拡充
      3.  与信者に対する抗弁対抗,与信契約の誤認取消権
    •  第2に,消費者民事ルールを事業者間取引規制立法に持ち込む視座
      1.  割賦販売法上の個別信用購入あっせん規制法と同種の規制法を事業者間取引たる提携リースにおいても立法する等の理論的根拠を提供

 「消費者契約法・特定商取引法の成果と課題」から消費者法の今後を考える手がかりとして私が考えていることは,
 ほぼ,以上の通りです。

以 上
(逐語レジュメ終わり)