大阪高裁平成20年9月26日判決(先物取引裁判例集53巻52号)について
2018年10月12日,13日と長崎市内で第80回先物取引被害全国研究会が開催されました。大会初日,パネルディスカッション「シリーズ『重要判例を読み解く』~指導助言義務について~」が行われ,パネラーとして出席をしました。
その際のレジュメをブログ用に若干手直ししたものを掲載し,参考に供します。
大阪高判H20.9.26(三菱商事フューチャーズ証券事件・先物取引裁判例集53巻52頁)について
2018年10月12日先物全国研(長崎)
1.大阪高判H20.9.26の事案
(1)概要
- 商品先物取引業者が委託者に対し未収差損金148万円余りを請求する本訴を提起したのに対し,委託者が5284万円余りの既払差損既を請求する反訴を提起した事案。
- 一審は業者の本訴を認容し委託者の反訴を棄却したため,委託者が控訴。
- 控訴審は,控訴人の請求を2割認容し,業者の本訴請求を119万円余の範囲で認めるとともに,委託者の反訴請求を1127万円余の範囲で認めた。
(2)取引の概要
平成15年12月17日~平成16年5月13日 東京工業品取引所ガソリン取引
差損金52,849,510円/手数料7,786,200円(税抜)手数料化率14.73%
(3)委託者の属性
- 委託者はガソリンスタンドを経営する株式会社
- 資本金2000万円,年商10億円,従業員16人
- 委託者代表者は,先物経験はないが,短期売買を中心とした信用取引の経験あり。
- 三菱商事石油の担当者から,ガソリンの現物価格の動向,今後の予想等の情報を得るとともに,日常的に業界紙である燃料油脂新聞を購読し,価格動向に注意を払っていた。
- 平成15年12月の担当者の電話勧誘時,委託者代表者は,「銀行から1億円を調達し,内1,500万円はローソンの開業資金に充てるが残り約8,000万円が手元に残る」として取引を開始する意向を示したが,実際には3,000万円しか借り入れていなかった。
- 委託者代表者が,約諾書締結時,担当者に商品先物取引についての説明を省略するように述べている事案である。
- 委託者代表者に,時折自らの相場判断を明確かつ具体的に示す発言がみられる事案である。「あんたが儲けてくれるのやったら,ええようにしてくれ。」「連休明け両建でやってみましょうや。」「逆に売りから入りよ」といった発言等がある。
<特定売買の状況/担当者の取引手法>
- 一審判決(大阪地判H19.11.28)の建玉分析表を参照すると,最初からずっと売り基調。→ デイトレードが基本
- 「特定売買」は「日計」でヒット。仕切147件/222件が「日計」。
- 顧客の意向等の属性に鑑み,デイトレードだから違法だとは必ずしも推認されない。
- 直し,両建,途転もあるにはあるが,無意味な反復売買で手数料稼ぎを所期したというより,担当者が取引を継続させる意思は持ちつつも,自らの「良かれ」という相場判断をもって,取り組んだ経過だとも見える事案。
〇 総合すると委託者属性ははなはだ芳しくなく,特定売買・コロガシによる過当取引や,適合性原則違反・説明義務違反といった構成による請求は一般的には(あるいは意見すると)苦しそうに見える。
どうして一審から逆転したのかと素朴な疑問を持つ事案。
→ しかし,損害の内訳に立ち入ってみると,売玉の因果玉の放置がある。
- 2月10日付売の内5枚,2月12日付売10枚,2月17日付20枚,2月18日付売10枚,2月20日付20枚の合計65枚についてみると,4月28日~5月13日の手仕舞い時にドンと損が出ている。
- 本件は会話録音記録がすべて証拠提出されている事案と見受けられる。
- 値洗いが悪くどうにもならなくなる経過とその前後の控訴人代表者と担当者との関係性を音声記録と建玉の経過から丁寧に分析して通底する問題点を浮き彫りにする作業をすることはできる。
- →それをしたとして,何を規範的切り口に事案を違法とするか。
<信認義務=指導助言義務の規範の登場>
(4)裁判所の判断
- [担当者]の上記発言からは,取引開始後の委託者代表者の態度などから,危険性に対する認識が十分でないと[担当者]が考えていたことが窺われる。
- 取引開始前の段階において,既に80枚以上の建玉の可能性にさえ言及しているのであり,[担当者]には新規委託者保護のために建玉制限等がされた趣旨を尊重する姿勢が欠けていたものと見ざるを得ない。
- 売建の先行は,控訴人代表者独自の相場観というよりも,[担当者]の相場観を控訴人代表者が受け入れることによってされたものと見るのが相当である。
- 商品取引員には,商品先物取引を勧誘,受託する際,善管注意義務の一内容として適切な指導助言をすべき注意義務があると認めるのが相当である。
- 2月下旬,…同月20日の時点で492万5,000円の値洗い損が生じ,同月24日の時点では…661万5,000円に拡大していたが,[担当者]は,値洗い損の存在やそれに対する対処法について,控訴人代表者に告げることはしなかった。同月25日に…追証が発生した際にも…追証を入れて取引を継続することを促した。
- このように,[担当者]の方針は,取引の継続に誘導するという点で一貫しており,…追証を入れて取引を継続することはリスクを更に大きくする可能性があることを示唆したり,手仕舞いをして取引を終了させることは損失を確定させてしまうが更なるリスクは回避できることなどを適切に指導助言すべき注意義務に反していると認められる。
2.指導助言義務について
(1)私の指導助言義務に対する理解
〇 信認関係と信認義務
助言義務や指導助言義務は,信認関係(一方が他方を信頼し依存できる関係)という信義則関係から派生するものである。
- 私の理解は,基本的に,村本武志「投資取引における信認義務の機能と役割」(村本論文。ネットでPDFを取得可能。(注))の紹介する米国法上の信認義務の理解と同じ(母法ゆえ)。
- (注)http://repository.tku.ac.jp/dspace/bitstream/11150/431/1/genhou21-05.pdf
〇 信認義務の核心部分
- 信認関係上,受認者は常に信認者の利益のために業務を行わねばならず,信認者の利益を自身の利益に優先させなければならない(村本・33頁,37頁)。
〇 信認義務の存否
- 信認義務の存否は,ブローカーの顧客及び顧客口座に対するコントロール度合いにより異なる。
- ブローカーが,単なる注文執行を行うだけで顧客への推奨を行わない場合には,顧客に適合した取引推奨義務を負担しない。
- 他方,顧客から一任取引の権限を与えられた場合には,ブローカーは顧客に対して口座管理に止まらず,適合した取引推奨を継続的に行うべき信認義務を負う。
- その中間的な非一任勘定口座では,ブローカーは,顧客に対し信託・信頼関係(relationship of trust and confidence)が存し,取引推奨を行う場合についてのみ信認義務を負うとするのが裁判例の傾向である。
〇 具体的な信認義務の存否
- 中間的な非一任勘定口座で勧誘が行われる場合の具体的な信認義務の存否・内容は,①取引の特性に応じ,②事実に基づいて判断される。(特定の指導助言義務等の信認関係上の作為義務を負うかは,特定の信認関係上の状況の存在を前提とし,委認者のためにその特定の状況下で当該指導助言等を行うべきであったと信義則上認められる場合に発生する)。
- その際,取引の主導性,事実上の一任関係,取引のコントロール困難性,顧客の事業者の専門性への依存が認められるか,顧客の属性(知性や性格などを含む)等の事情を下に具体的に検討されるべきものである(なお,村本・36頁参照。)。
(2)最判H17.7.14才口補足意見
- 「顧客にできる限り損失を被らせることのないようにすべき義務」に対する理解を示し,その延長線上に指導助言義務を位置づけていること,
- 経験を積んだ投資家であっても取引のリスクを的確にコントロールすることは困難という取引の特性を捉えていること
- こうした取引を勧誘して手数料を取得することを業とする証券会社の立場を捉え,信義則上の義務として積極的な指導助言の義務に言及していること
の3点に照らし,上述の,信認関係・義務の理解に合致するものだといえる。
(3)大阪高判H20.9.26の判断
① 判決は,「商品取引員に,商品先物取引を勧誘,受託する際,善管注意義務の一内容として適切な指導助言をすべき注意義務がある」と述べている。
→「勧誘,受託する際」とあるのは,「商品先物取引業者が,口座を持つ顧客に対し,取引推奨を行う場合」を指すものと理解可能。
→ⅰ免許を受けた商品先物業者が,ⅱ顧客を勧誘して受託する場合に,指導助言義務が発生しうると述べていると理解可能。
→ 米国裁判例の傾向と合致。
② 判決は,具体的な事実経過を子細に認定した上で,「取引の継続に誘導するという点で一貫しており,…追証を入れて取引を継続することはリスクを更に大きくする可能性があることを示唆したり,手仕舞いをして取引を終了させることは損失を確定させてしまうが更なるリスクは回避できることなどを適切に指導助言すべき注意義務に反していると認められる。」と述べているのであり,ⅰ取引の特性に応じ,ⅱ事実に基づいて判断されている。
→ 米国裁判例上の信認関係・信認義務の捉え方と合致。
(4)才口補足意見プロパー裁判例
次の裁判例も,才口補足意見を明瞭に踏襲しているといえる(解説記事同旨)。
東京地裁平成29年5月26日金融商事判例1534号42頁
(5)まとめ
適合性原則上の商品適合性,顧客適合性,量的適合性の審査基準に違反することのない顧客との取引においても,信認関係に由来する信義則上の指導助言義務違反により救済を得られる可能性があるといえる。
才口補足意見を,前掲村本論文の信認義務論や,新・金融商品ハンドブック[桜井ほか・第4版]のフィデューシャリー・デューティ論の示す方向を基本としつつ事例判決を積み重ねて適用範囲を広げていくことが実践的には重要と思われる。
以 上