裁判員裁判による第一審の無罪判決を覆した控訴審の有罪判決を破棄自判し無罪を言い渡した最高裁判決

最高裁第一小法廷平成24年2月13日判決
東京高裁判決を破棄・自判
◎ 裁判員裁判による第一審の無罪判決を覆した控訴審の有罪判決を破棄自判し無罪を言い渡した最高裁判決


【判旨】
1.控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。
 このことは,裁判員制度の導入を契機として,第1審において直接主義・口頭主義が徹底された状況においては,より強く妥当する。
2.原判決は,間接事実が被告人の違法薬物の認識を推認するに足りず,被告人の弁解が排斥できないとして被告人を無罪とした第1審判決について,論理則,経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価することができない。そうすると,第1審判決に事実誤認があるとした原判断には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

マスコミにも大きく注目されました。東京新聞では,次の通り報道されています。


<東京新聞>

最高裁、裁判員の「無罪」支持 高裁「有罪」を破棄
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012021490070715.html
2012年2月14日 07時07分

 一審の裁判員裁判で無罪、二審で逆転有罪とされた覚せい剤密輸事件の上告審判決で、最高裁第一小法廷(金築誠志裁判長)は十三日、「一審判決に事実誤認があると指摘する場合は、不合理な点を具体的に示すべきだ」とする初判断を示したうえで、一審の判断に不合理な点があるとはいえないとして二審判決を破棄した。

 この事件は、一審千葉地裁は裁判員裁判として初の全面無罪、二審東京高裁で初の逆転有罪だった。裁判員裁判で審理された事件の無罪が初めて確定する。最高裁として一審と二審の在り方の違いを明確に示したのも初めてで、無罪判決に対する検察側の控訴の判断や高裁の審理に影響を与えそうだ。

 同小法廷は一審について「裁判員制度の導入で、法廷での直接のやりとりを重視する審理が徹底された」と指摘。一審が事件を直接調べた後の二審は、一審と同じ立場で事件そのものを審理するのではないとしたうえで「一審の証拠の見方や総合判断が論理として成立しているか、一般常識とのずれがないかを審査すべきだ」と述べ、二審で事実認定のやり直しをしている現状を批判した。

 判決は五人の裁判官の全員一致の意見。白木勇裁判官は補足意見で「裁判員制度では、裁判員のさまざまな視点や感覚が反映されるため、幅を持った事実認定や量刑が許されないと、制度が成り立たない」と述べた。

 事件は、元会社役員安西喜久夫被告(61)が二〇〇九年十一月にチョコレート缶に入れた覚せい剤約一キログラムを、営利目的でマレーシアから持ち込もうとしたとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)罪などで起訴された。

 一審は、被告の「缶の中身が覚せい剤と知らなかった」との供述に基づき無罪とした。二審は「供述は信用できない」と一審の事実誤認を指摘して判決を破棄、懲役十年、罰金六百万円の有罪判決とした。


以下に,判決を一部抜粋・分析しておきます。

当裁判所の判断
(1)
 刑訴法は控訴審の性格を原則として事後審としており,控訴審は,第1審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく,当事者の訴訟活動を基礎として形成された第1審判決を対象とし,これに事後的な審査を加えるべきものである。
 第1審において,直接主義・口頭主義の原則が採られ,争点に関する証人を直接調べ,その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が判断され,それらを総合して事実認定が行われることが予定されていることに鑑みると
 控訴審における事実誤認の審査は,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであって,刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。したがって,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。
 このことは,裁判員制度の導入を契機として,第1審において直接主義・口頭主義が徹底された状況においては,より強く妥当する。

<刑事訴訟法382条>
 事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。

(2)
 上記のとおり,第1審判決は,検察官主張の間接事実①ないし④は被告人に違法薬物の認識があったと推認するに足りず,また,間接事実⑤はその認識をうかがわせるものではあるが,違法薬物の認識を否定する被告人の弁解にはそれを裏付ける事情が存在し,その信用性を否定することができないとして,被告人を無罪としたものである。
 第1審判決は,これらの間接事実を個別に検討するのみで,間接事実を総合することによって被告人の違法薬物の認識が認められるかどうかについて明示していないが,各間接事実が被告人の違法薬物の認識を証明する力が弱いことを示していることに照らすと,これらを総合してもなお違法薬物の認識があったと推認するに足りないと判断したものと解される。
 したがって,本件においては,上記のような判断を示して被告人を無罪とした第1審判決に論理則,経験則等に照らして不合理な点があることを具体的に示さなければ,事実誤認があるということはできない。
 このような観点から,以下原判決についてみていくこととする。

(3)<中略>
 原判決は,被告人の弁解を排斥できないとした第1審判決について,被告人の弁解が信用できないと判示することによりその不合理性を明らかにしようとしたものとみられるが,その指摘する内容は,被告人の弁解を排斥するのに十分なものとはいい難い。
 被告人の上記弁解は,被告人が税関検査時に実際に偽造旅券を所持していたことや,その際,偽造旅券は隠そうとしたのに,覚せい剤の入った本件チョコレート缶の検査には直ちに応じているなどの客観的事実関係に一応沿うものであり,その旨を指摘して上記弁解は排斥できないとした第1審判決のような評価も可能である。
(4)次に,検察官の主張する間接事実に関する原判断についてみると,原判決は,第1審判決が間接事実の評価に関して示した疑問等について検討し,第1審判決の判示は是認できず,間接事実を総合すれば被告人の覚せい剤の認識が認められる旨判示している。
 原判決の上記の判示について検討する。
<中略>
 このように,間接事実の評価に関する原判断は,第1審判決の説示が論理則,経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものとはいえないのであって,第1審判決のような見方も否定できないというべきである。
(5) 以上に説示したとおり,原判決は,間接事実が被告人の違法薬物の認識を推認するに足りず,被告人の弁解が排斥できないとして被告人を無罪とした第1審判決について,論理則,経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価することができない。そうすると,第1審判決に事実誤認があるとした原判断には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影
響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。