遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度(2)

2019年7月1日から施行されている改正相続法のうち,遺産分割前における相続預貯金の払戻の制度について,解説します。

(2022年9月26日記)


2019年7月1日施行の改正相続法により,遺産分割前であっても,各相続人が当面の生活費や葬儀費用の支払いなどのためにお金が必要になった場合に,相続預金の払戻しが可能となりました。
全国銀行協会(全銀協)のパンフレット「ご存知ですか?遺産分割前の相続預金の払戻し制度」がこの点について,ポイントをついた解説をしておりますので,まずは,このパンフレットをご覧下さい。


ここでは,「家庭裁判所の判断により払戻しができる制度」の部分について,法律的な解説をします。


家事事件手続法(200条第3項が平成30年7月13日法律第72号により新設)
(遺産の分割の審判事件を本案とする保全処分)
第200条
(第1項 略)
2 家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者又は相手方の申立てにより、遺産の分割の審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。
3 前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第466条の5第1項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。

 

遺産分割前の預貯金債権の仮分割の仮処分制度

 

最決(大)平成28年12月19日民集第70巻8号2121頁

  •  最高裁は,相続預貯金の遺産性について,平成28年12月19日決定で,次のように判示して,従前の判例を変更しました。
    • 共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。
  •  これにより,最高裁平成28年決定後は,相続預貯金は,遺産分割までの間,共同相続人全員の同意を得なければ権利行使をすることができないこととなりました。
     この点は,平成28年決定の補足意見でも「被相続人の生前に扶養を受けていた相続人が預貯金を払い戻すことができず生活に困窮する,被相続人の入院費用や相続税の支払に窮するといった事態が生ずるおそれがある」との指摘がありました(大橋正春裁判官-弁護士出身の裁判官です。)。

相続預貯金の払戻し制度(1)

 

  •  そこで,平成30年民法改正法は,相続預貯金の払戻し制度(民909条の2)を設けました。ただ,この制度は,裁判所の判断を経ずに当然に預貯金の払戻しを認める制度ですので,各預金の3分の1×払戻しを申請する相続人の法定相続分の割合を限度とし,かつ150万円を上限とするという限度額が定められています。

相続預貯金の払戻制度(2)

  •  そこで,より大きな資金需要に対応するため,家事事件手続法改正法は,預貯金債権の仮分割の仮処分について,従前から設けられていた家事事件手続法200条2項の要件(「関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」という要件)を「必要があると認めるとき」という要件にして,これを緩和することにし,相続開始後の資金需要に柔軟に対応することができるようにしています。
  •  仮処分ですので,本案である遺産分割審判で,その内容が改められることがあります。遺産の分割は,遺産全体の価値を総合的に把握し,これを共同相続人の具体的相続分に応じ民法906条所定の基準に従って分割することを目的とするものですので(最高裁昭和47年(オ)第121号同50年11月7日第二小法廷判決・民集29巻10号1525頁参照),この考え方に照らし,審判の時点で,仮処分の内容が不整合であるというときには,しかるべく変更される可能性はもちろんあるということになります。