性犯罪に関する急進的な刑法改正について(不同意わいせつ罪、不同意性交等罪の新設など)
令和5年刑法改正-不同意わいせつ罪、不同意性交等罪
男性であれ、女性であれ、同性同士であれ、また夫婦間であれ、性的な意味合いを持つ行為に及ぶ場合には、相手の意思が完全に自由さを発揮できる状態にあるという条件下で、相手の同意を、一定の時間を掛けて、明確に得てからでなければ、犯罪となるおそれがある構成要件となっています。
処罰範囲が大きく拡大されたことに伴い、性行為の時点では同意していたにもかかわらず、その後に関係性が悪化したことが原因で、同意していなかったとして相手方が刑事告訴に及ぶようなケースが容易に想定されます。
愛と憎しみとの間にははっきりとした境界線はありません。性的交渉関係にあった2人に別れ話はつきものです。
両性その他のジェンダーが、別れ話を切り出された際に、愛憎ゆえに「あのとき本当は同意していなかった」と訴えることはないのか(それはあるでしょう)。そうしたことが起こるのを怖れて、いたずらに他人と性的な意味合いのある関係を持つことに萎縮的、あるいは忌避的となる人も出るのではないか(それは出るでしょう)。
高齢者の性、障害者の性、年の差や富の差のある性、職場恋愛から生まれる性、…。性は、生きとし生けるものの、命の、神秘的で輝かしい営みであり、性は、命を次世代につなぐ普遍的な営みであるだけに、この刑法改正法の急進的な尖り方には、大変な不安があります。まるで文化大革命が決行されたころ(1966-1976)の中国社会のような、尖った思想を、誰も抵抗できない力を持つもの(文革中国では紅衛兵の大暴動という動き、日本では反対が憚られる風潮下での急進立法という動き)にして、ぎゅーっと社会を変えようとするような何かです。立法目的に一分の理もないとはいえませんが、社会意識を変えようとする方法・手段が、刑法という、強烈な、究極のハードローに依拠するもので、過激すぎて相当性に欠けています。捜査機関や裁判所がこの改正法の処罰範囲拡張部分を安易に適用すれば、必ず社会の側で強烈な反作用が起こるでしょう。そのもたらす反作用は、言説として表面に現れるもの、そのような形では現れないもののいずれについても、一様なものではないでしょう。
正確には、法務省の次の資料を参照下さい。
■ 法律(刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律)【PDF】
■ 新旧対照条文(刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律)【PDF】
■ 法律(性的姿態撮影等処罰法)【PDF】
■ 新旧対照条文(性的姿態撮影等処罰法)【PDF】
不同意わいせつ罪・不同意性交等罪の構成要件
不同意わいせつ罪、不同意性交等罪の要件を、観察してみましょう。
旧刑法第176条(強制わいせつ)
13歳以上の者に対し、 暴行又は脅迫を用いて わいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の拘禁刑に処する。 13歳未満の者に対し、
わいせつな行為をした者も、同様とする。 旧刑法177条(強制性交等)
13歳以上の者に対し、
暴行又は脅迫を用いて 性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、 強制性交等の罪とし、5年以上の有期拘禁刑に処する。 13歳未満の者に対し、
性交等をしたものも、同様とする。 |
新刑法第176条(不同意わいせつ)
<第1項>
次に掲げる行為又は事由 その他これらに類する行為又は事由により、
同意しない意思を 形成し、表明し 若しくは全うすることが 困難な状態に させ 又は その状態にあることに乗じて、 わいせつな行為をした者は、 婚姻関係の有無にかかわらず、 6月以上10年以下の拘禁刑に処する。 一 暴行若しくは脅迫を用いること 又は それらを受けたこと。
二 心身の障害を生じさせること又はそれがあること。 三 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。 四 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。 五 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。 六 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。 七 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。 八 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。 |
強制わいせつと不同意わいせつ(176条1項部分)
「暴行または脅迫を手段とした」性的行為が「強制わいせつ罪」としてはじめて、6月以上の拘禁を相当とする重い「犯罪」とされていたものが、今回の改正で、上記8つ(一から八)の「明示的な同意があったかどうかよく分からない状態での」性的行為を「不同意わいせつ罪」として、6月以上の拘禁を相当とする重い「犯罪」とされてしまいました。例えば、お酒を飲んでハイな気分になっていたため、普段ならそんなことにはならなかったのに、つい、それに応じてしまった、という場合も、三号に該当するおそれがあります。一号から八号までじっくり読んでみて下さい。余りにも処罰対象の定義が曖昧です。もし、各地域、各分野の弁護士が、この刑法改正の議論に広く参加する機会をフレームワークとして与えられたなら、これは到底容認しなかっただろうと思います。しかし、フレームワークとして機会が与えられていなくても、改正議論は公にされていたのです。在野法曹の一人として不明を恥じます。
<第2項> 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、 又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、 わいせつな行為をした者も、 前項と同様とする。 |
<第3項> |
強制わいせつと不同意わいせつ(176条2項、3項部分)
新刑法第177条(不同意性交等)
<第1項>
前条第一項各号に掲げる行為又は事由 その他これらに類する行為又は事由により、
同意しない意思を 形成し、表明し 若しくは全うすることが困難な状態にさせ 又はその状態にあることに乗じて、
性交、肛門性交、口腔性交又は膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であって
わいせつなもの
(以下この条及び第百七十九条第二項において「性交等」という。)をした者は、
婚姻関係の有無にかかわらず、 5年以上の有期拘禁刑に処する。 |
強制性交等と不同意性交等(177条1項部分)
「暴行または脅迫を手段とした」性交等が「強制性交等罪」としてはじめて、5年以上の拘禁を相当とする極めて重い「犯罪」とされていたものが、今回の改正で、上記8つ(一から八)の「明示的な同意があったかどうかよく分からない状態での」性交等を「不同意性交等罪」として、5年以上の拘禁を相当とする極めて重い「犯罪」とされてしまいました。例えば、お酒を飲んでハイな気分になっていたため、普段ならそんなことにはならなかったのに、つい、それに応じてしまった、という場合も、三号に該当するおそれがあります。一号から八号までじっくり読んでみて下さい。余りにも処罰対象の定義が曖昧です。もし、各地域、各分野の弁護士が、この刑法改正の議論に広く参加する機会をフレームワークとして与えられたなら、これは到底容認しなかっただろうと思います。しかし、フレームワークとして機会が与えられていなくても、改正議論は公にされていたのです。在野法曹の一人として不明を恥じます。
<第2項> 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、 又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、 性交等をした者も、 前項と同様とする。 |
<第3項>
16歳未満の者に対し、性交等をした者 (当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。) も、第1項と同様とする。 |
強制性交等と不同意性交等(1777条2項、3項部分)
外国の性犯罪関連規定
当然、外国の性犯罪規定も資料に挙げられ、検討されています。
- 刑事法(性犯罪関係)部会第1回会議(令和3年10月27日開催)
- 配布資料6 諸外国の性犯罪関連規定(仮訳)〔PDF〕
法制審議会 刑事法(性犯罪関係)部会 名簿・議事録
刑事法(性犯罪関係)部会の名簿(構成メンバー)は、次の通りです。
部会長 中央大学教授 井田 良
委 員
法政大学教授 今井猛嘉
東京大学教授 川出敏裕
早稲田大学教授 北川佳世子
日本大学教授 木村光江
弁護士(仙台弁護士会所属)
小島妙子
武蔵野大学教授 小西聖子
目白大学准教授・公益社団法人被害者支援都民センター公認心理師・臨床心理士 齋藤 梓
中央大学教授 佐伯仁志
東京高等検察庁刑事部長 田中知子
大阪地方裁判所部総括判事 中川綾子
東京大学教授 橋爪隆
法務省刑事局長 松下裕子
弁護士(第一東京弁護士会所属)宮田桂子
茨城県立医療大学助教・SANE-J(日本版性暴力対応看護師)・一般社団法人Spring幹事 山本潤
最高裁判所事務総局刑事局長 吉崎佳弥
警察庁刑事局長 渡邊国佳
幹 事
法務省刑事局参事官 浅沼雄介
京都大学教授 池田公博
弁護士(京都弁護士会所属)金杉美和
内閣法制局参事官 清隆
最高裁判所事務総局刑事局第二課長 近藤和久
慶應義塾大学教授 佐藤拓磨
成蹊大学教授 佐藤陽子
神戸大学教授 嶋矢貴之
警察庁刑事局捜査第一課長 中山仁
弁護士(愛知県弁護士会所属)長谷川桂子
法務省大臣官房審議官 保坂和人
法務省刑事局刑事法制管理官 吉田雅之
関係官
法務省特別顧問井上正仁
刑事法(性犯罪関係)部会の議事録は、次の通りです。
- 第1回 議事録
- 第2回 議事録
- 第3回 議事録
- 第4回 議事録
- 第5回 議事録
- 第6回 議事録
- 第7回 議事録
- 第8回 議事録
- 第9回 議事録
- 第10回 議事録
- 第11回 議事録
- 第12回 議事録
- 第13回 議事録
- 第14回 議事録
試案、部会要綱案に対する反対意見
第12回部会では、法務省の試案について、意見が述べられています。また、第14回部会では、要綱(骨子)案について、意見が述べられています。
以下、反対意見を紹介します。(もっとも反対意見を保持する委員・幹事は、以下のみであるという訳ではありません。子細には議事録を見て下さい。)
中川委員(第12回部会)
宮田委員からも御意見がありましたが、裁判所の立場からしましても、 この柱書にある「その他これらに類する行為」、「その他これらに類する事由」 については、刑罰法規の明確性の点でやはり問題があるのではないかと考えてい ます。「ア」及び「イ」の「(ア)」から「(ク)」までに行為又は事由が挙げ られていることは承知していますけれども、「その他これらに類する行為」、「 その他これらに類する事由」というのは、明確性あるいは類推処罰の観点から問 題があるのではないかと考えています。 |
宮田委員(第14回部会)
今までの議論の中でも話してきましたが、「要綱(骨子)案」の「第一 暴行・脅迫要件、心神喪失・抗拒不能要件の改正」の部分について述べます。 |
金杉幹事(第14回部会)
本「要綱(骨子)案」の取りまとめがこの後されることになると思いますけれども、私は幹事で議決権がありませんので、採決に先立ちまして、この「要綱(骨子)案」に反対する立場から、最後に意見を述べさせていただきたいと思います。 前回、吉田幹事から、「要綱(骨子)案」の「第一」の「一1」について、「(一)」ないし「(二)」の「(8)」、従前の試案(改訂版)「(ク)」の要件に関連して、主観的な構成要件としての故意に必要な認識は、これまでの判例によれば、評価そのものについての認識ではなくて、これにより「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難」であることを基礎付ける事実の認識であるという旨の御説明がありました。これこそ、正に私が繰り返し懸念を表明していた点です。 |
近藤幹事(第14回部会)
「要綱(骨子)案」の「第七」の証拠能力の特則の新設に関して意見を申し上げます。 「要綱(骨子)案」の文言を拝見する限り、対象者の範囲が広範に過ぎるという懸念や、いわゆる司法面接的な措置が明確に定義されていないという懸念など、この部会において、裁判所の委員を含む複数の委員・幹事から繰り返し指摘されてきた問題点が、いまだ払拭されていないということを残念に思います。 問題点の詳細について繰り返すことは控えますが、今後、この問題が刑事訴訟の原則を揺るがすことにつながってしまわないか、懸念しています。 |