性犯罪に関する急進的な刑法改正について(不同意わいせつ罪、不同意性交等罪の新設など)

令和5年刑法改正-不同意わいせつ罪、不同意性交等罪

 令和5年6月16日、性犯罪に関し、刑法等が改正され、強制わいせつ罪に代えて不同意わいせつ罪が規定され、強制性交等罪に代えて不同意性交等罪が規定されました。そのほかの重要な刑法改正も含まれています。
 このうち、不同意わいせつ罪、不同意性交等罪は、以前の強制わいせつ罪や、強制性交等罪の構成要件とは比較にならない程処罰範囲を広げた、強烈な法律です。
 男性であれ、女性であれ、同性同士であれ、また夫婦間であれ、性的な意味合いを持つ行為に及ぶ場合には、相手の意思が完全に自由さを発揮できる状態にあるという条件下で、相手の同意を、一定の時間を掛けて、明確に得てからでなければ、犯罪となるおそれがある構成要件となっています。
 処罰範囲が大きく拡大されたことに伴い、性行為の時点では同意していたにもかかわらず、その後に関係性が悪化したことが原因で、同意していなかったとして相手方が刑事告訴に及ぶようなケースが容易に想定されます。
 弁護士としては、クライアントに対し、「不同意性交等罪および不同意わいせつ罪の新設に伴い、今後は他人と性的な意味合いがある行為をするに当たり、相手の同意を確認した上で証拠化する(記録に残す)慎重さが求められています。」と助言せざるを得ない法律です。
 新法下の「不同意わいせつ罪」では、旧法下の「強制わいせつ罪」以上に冤罪発生の危険性が高まっていると、これは明確に、指摘できます。しかも、新法では「不同意性交等罪」も「不同意わいせつ罪」同様の、冤罪発生の危険性があるといえます。
 
 このような法律を作って、市民の日常生活は大丈夫か。
 愛と憎しみとの間にははっきりとした境界線はありません。性的交渉関係にあった2人に別れ話はつきものです。
 両性その他のジェンダーが、別れ話を切り出された際に、愛憎ゆえに「あのとき本当は同意していなかった」と訴えることはないのか(それはあるでしょう)。そうしたことが起こるのを怖れて、いたずらに他人と性的な意味合いのある関係を持つことに萎縮的、あるいは忌避的となる人も出るのではないか(それは出るでしょう)。
 高齢者の性、障害者の性、年の差や富の差のある性、職場恋愛から生まれる性、…。性は、生きとし生けるものの、命の、神秘的で輝かしい営みであり、性は、命を次世代につなぐ普遍的な営みであるだけに、この刑法改正法の急進的な尖り方には、大変な不安があります。まるで文化大革命が決行されたころ(1966-1976)の中国社会のような、尖った思想を、誰も抵抗できない力を持つもの(文革中国では紅衛兵の大暴動という動き、日本では反対が憚られる風潮下での急進立法という動き)にして、ぎゅーっと社会を変えようとするような何かです。立法目的に一分の理もないとはいえませんが、社会意識を変えようとする方法・手段が、刑法という、強烈な、究極のハードローに依拠するもので、過激すぎて相当性に欠けています。捜査機関や裁判所がこの改正法の処罰範囲拡張部分を安易に適用すれば、必ず社会の側で強烈な反作用が起こるでしょう。そのもたらす反作用は、言説として表面に現れるもの、そのような形では現れないもののいずれについても、一様なものではないでしょう。
 
 改正法は、同年7月13日から施行されました。
 改正法の正式名称は、
 「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」(令和5年法律第66号)
 「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」(令和5年法律第67号)です。
【改正法等の内容等】
 また、概要については、当座、法務省の次のQ&Aを参照下さい。
 
 

不同意わいせつ罪・不同意性交等罪の構成要件

 

不同意わいせつ罪、不同意性交等罪の要件を、観察してみましょう。

 
旧刑法第176条(強制わいせつ)
13歳以上の者に対し、
暴行又は脅迫を用いて 
わいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の拘禁刑に処する。
 
13歳未満の者に対し、
わいせつな行為をした者も、同様とする。
 
旧刑法177条(強制性交等)
13歳以上の者に対し、
暴行又は脅迫を用いて 
性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、
強制性交等の罪とし、5年以上の有期拘禁刑に処する。
 
13歳未満の者に対し、

性交等をしたものも、同様とする。

 
   ↓
 
新刑法第176条(不同意わいせつ)
<第1項>
次に掲げる行為又は事由 その他これらに類する行為又は事由により、
同意しない意思を 形成し、表明し 若しくは全うすることが 困難な状態に させ
又は その状態にあることに乗じて
わいせつな行為をした者は、
婚姻関係の有無にかかわらず、
6月以上10年以下の拘禁刑に処する。
一 暴行若しくは脅迫を用いること 又は それらを受けたこと
二 心身の障害を生じさせること又はそれがあること
三 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること
四 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること
五 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと
六 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること
七 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること
八 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益憂慮させること又はそれを憂慮していること
 

強制わいせつと不同意わいせつ(176条1項部分)

 
 強制わいせつ罪から不同意わいせつ罪への変更については、この第1項部分の構成要件の変更の振り幅が著しいのです。
 「暴行または脅迫を手段とした」性的行為が「強制わいせつ罪」としてはじめて、6月以上の拘禁を相当とする重い「犯罪」とされていたものが、今回の改正で、上記8つ(一から八)の「明示的な同意があったかどうかよく分からない状態での」性的行為を「不同意わいせつ罪」として、6月以上の拘禁を相当とする重い「犯罪」とされてしまいました。例えば、お酒を飲んでハイな気分になっていたため、普段ならそんなことにはならなかったのに、つい、それに応じてしまった、という場合も、三号に該当するおそれがあります。一号から八号までじっくり読んでみて下さい。余りにも処罰対象の定義が曖昧です。もし、各地域、各分野の弁護士が、この刑法改正の議論に広く参加する機会をフレームワークとして与えられたなら、これは到底容認しなかっただろうと思います。しかし、フレームワークとして機会が与えられていなくても、改正議論は公にされていたのです。在野法曹の一人として不明を恥じます。
 
<第2項>
行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、
又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、
わいせつな行為をした者も、
前項と同様とする。

<第3項>
16歳未満の者に対しわいせつな行為をした者
(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。)
も、第1項と同様とする。

 

強制わいせつと不同意わいせつ(176条2項、3項部分)

 
第2項、及び第3項も、それ以前犯罪ではなかったものを犯罪化していますが、許容範囲のように感じます。
 
 
新刑法第177条(不同意性交等) 
<第1項>
前条第一項各号に掲げる行為又は事由 その他これらに類する行為又は事由により、
同意しない意思を 形成し、表明し 若しくは全うすることが困難な状態させ 又はその状態にあることに乗じて
性交、肛門性交、口腔性交又は膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であって
わいせつなもの
(以下この条及び第百七十九条第二項において「性交等」という。)をした者は、
婚姻関係の有無にかかわらず
5年以上の有期拘禁刑に処する。
 

強制性交等と不同意性交等(177条1項部分)

 
 強制性交等罪(旧強姦罪)から不同意性交等罪への変更については、この第1項部分の構成要件の変更の振り幅が著しいのです。
 「暴行または脅迫を手段とした」性交等が「強制性交等罪」としてはじめて、5年以上の拘禁を相当とする極めて重い「犯罪」とされていたものが、今回の改正で、上記8つ(一から八)の「明示的な同意があったかどうかよく分からない状態での」性交等を「不同意性交等罪」として、5年以上の拘禁を相当とする極めて重い「犯罪」とされてしまいました。例えば、お酒を飲んでハイな気分になっていたため、普段ならそんなことにはならなかったのに、つい、それに応じてしまった、という場合も、三号に該当するおそれがあります。一号から八号までじっくり読んでみて下さい。余りにも処罰対象の定義が曖昧です。もし、各地域、各分野の弁護士が、この刑法改正の議論に広く参加する機会をフレームワークとして与えられたなら、これは到底容認しなかっただろうと思います。しかし、フレームワークとして機会が与えられていなくても、改正議論は公にされていたのです。在野法曹の一人として不明を恥じます。
 
<第2項>
行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、
又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、
性交等をした者も、
前項と同様とする。
<第3項>
16歳未満の者に対し、性交等をした者
(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。)
も、第1項と同様とする。
 

強制性交等と不同意性交等(1777条2項、3項部分)

 
第2項、及び第3項も、それ以前犯罪ではなかったものを犯罪化していますが、許容範囲のように感じます。
 

外国の性犯罪関連規定

  この改正法については、法務省法制審議会の刑事法の性犯罪関係部会で議論されました。

  当然、外国の性犯罪規定も資料に挙げられ、検討されています。

法制審議会 刑事法(性犯罪関係)部会 名簿・議事録

 刑事法(性犯罪関係)部会の名簿(構成メンバー)は、次の通りです。

 部会長 中央大学教授 井田 良
 委 員

法政大学教授  今井猛嘉
東京大学教授  川出敏裕
早稲田大学教授 北川佳世子
日本大学教授  木村光江
弁護士(仙台弁護士会所属)
        小島妙子
武蔵野大学教授 小西聖子
目白大学准教授・公益社団法人被害者支援都民センター公認心理師・臨床心理士  齋藤 梓
中央大学教授  佐伯仁志
東京高等検察庁刑事部長   田中知子
大阪地方裁判所部総括判事  中川綾子
東京大学教授  橋爪隆
法務省刑事局長 松下裕子
弁護士(第一東京弁護士会所属)宮田桂子
茨城県立医療大学助教・SANE-J(日本版性暴力対応看護師)・一般社団法人Spring幹事  山本潤
最高裁判所事務総局刑事局長 吉崎佳弥
警察庁刑事局長       渡邊国佳

幹 事

法務省刑事局参事官  浅沼雄介
京都大学教授  池田公博
弁護士(京都弁護士会所属)金杉美和
内閣法制局参事官  清隆
最高裁判所事務総局刑事局第二課長  近藤和久
慶應義塾大学教授  佐藤拓磨
成蹊大学教授  佐藤陽子
神戸大学教授  嶋矢貴之
警察庁刑事局捜査第一課長  中山仁
弁護士(愛知県弁護士会所属)長谷川桂子
法務省大臣官房審議官  保坂和人
法務省刑事局刑事法制管理官  吉田雅之

関係官
   法務省特別顧問井上正仁

 刑事法(性犯罪関係)部会の議事録は、次の通りです。

試案、部会要綱案に対する反対意見

第12回部会では、法務省の試案について、意見が述べられています。また、第14回部会では、要綱(骨子)案について、意見が述べられています。
以下、反対意見を紹介します。(もっとも反対意見を保持する委員・幹事は、以下のみであるという訳ではありません。子細には議事録を見て下さい。)

中川委員(第12回部会)

宮田委員からも御意見がありましたが、裁判所の立場からしましても、
この柱書にある「その他これらに類する行為」、「その他これらに類する事由」
については、刑罰法規の明確性の点でやはり問題があるのではないかと考えてい
ます。「ア」及び「イ」の「(ア)」から「(ク)」までに行為又は事由が挙げ
られていることは承知していますけれども、「その他これらに類する行為」、「
その他これらに類する事由」というのは、明確性あるいは類推処罰の観点から問
題があるのではないかと考えています。

宮田委員(第14回部会) 

 今までの議論の中でも話してきましたが、「要綱(骨子)案」の「第一 暴行・脅迫要件、心神喪失・抗拒不能要件の改正」の部分について述べます。
 刑法には、罪刑法定主義の大原則があります。
 曖昧な規定を置くということは、どのような適用となるかの予想が困難になります。
 もちろんそれは、行動する人の予想の困難もありますが、解釈をする人の予想の困難も起こり、被害を申告する人の予想の困難にもなります。
 「類する」という漠然とした規定を置くことについて、性犯罪については、悪い者を罰するのだからいいではないかと言えるのかもしれません。しかしながら、このように「類する」という、非常に曖昧で、解釈に委ねられるところが多く、何が処罰されるか分からない規定を置くことができるという前例を作ることは、今後国民の表現などの様々な権利を国が規制する濫用的な立法が検討されたときに、このような前例があるではないかという形で使われる危険があり、極めて危険なものであると思います。


 例えば、自動車運転に関しては、平成13年に危険運転致死傷罪が新設されました。過失運転致死傷罪の倍と言ってもいい重い刑を科すものです。危険運転の解釈について、被害者団体が、こんなひどい運転を過失運転致死傷罪で罰するのはおかしいではないか、危険な運転ではないか、今の規定に類する行為ではないかと主張していますが、それについては、過失犯から切り出して故意犯として罰するに値するものを危険運転致死傷罪の構成要件としている以上、罪刑法定主義の原則からして、それはできないことであり、罪刑法定主義を緩めるべきではないという考え方が刑法学における通説的見解であり、実務で採られてきた解釈です。

 ここで、性犯罪は特別なものだという限定を付けない限りは、我が国における罪刑法定主義は、この「要綱(骨子)案」が蟻の一穴となって決壊しかねないのではないかと、私は危惧を持ちます。
 そして、今般の規定は、夫婦間の事例についても適用されます。
 強制性交等罪ならともかく、強制わいせつ罪に関して言えば、夫婦間でのキスやボディタッチ等にまで処罰対象が拡大されることには、非常に問題があります
 家庭の中という非常に証拠の乏しいところで、このような曖昧な規定ができることの危険を考えるべきです。
 前回申しましたけれども、この「要綱(骨子)案」の「第一」の「一1(一)(8)」の「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力」については、夫婦間というのはこの社会的な関係に当たりますから、この規定で処罰するのは不適当なものまで処罰される、処分を受けることが著しく増えるのではないかと危惧するものです。前回も述べましたように、下限が5年という非常に重い強制性交等罪において、本当に柔軟に検察官の起訴裁量が働くのかという危惧も持ちます。


 年齢要件についても、5歳の年齢差の微妙さも感じます。前回の私の発言に対して、子供に対する搾取について、お前は何を考えているんだと聞こえるような御意見が出ましたが、私が申し上げたいのは、15歳で世の中に出た男の子が、女性とそういう行為がしたいとせがんで性交したときに、まあいいよと言った相手が罰される、それでいいんですかということが言いたいわけで、搾取されるような関係のことを言おうとしたつもりはありません。年齢差の要件は本当に妥当なものなのかということは、今でも思います。

 性的行為というのは、お互いの了解の下で一つのコミュニケーションの手段としてなされるものであって、殺人や窃盗のように、元来が違法な行為というものとはわけが違います。そういう意味において、国民の予測可能性を害するような規定はあってはならず、今回の改正には大きな疑問を持ちます。

 また、「要綱(骨子)案」の「第七」の「被害者等の聴取結果を記録した録音・録画記録媒体に係る証拠能力の特則の新設」についてです。一歩でも前に進むからいいではないかという意見はあるかもしれませんが、進んだ一歩が間違った方向であったらどうなのかということを考えなければならないでしょう。ヒアリングで聞いた司法面接と、ここでいう聴取結果を記載した録音・録画媒体が同じものではないということが問題です。供述弱者に対するものであれば、少しの配慮をすれば、録音・録画を何でも証拠としていいのか。そして、聴取主体、あるいは聴取の方法という最も重大な問題について、何ら言及されないままでこの制度が推し進められてもいいのか。また、反対尋問という極めて重大な手続について、どのようにそれを行えばいいかということについても、何らの検討もなされないまま、この制度が導入されるということに対する危惧を持ちます。

金杉幹事(第14回部会)

 本「要綱(骨子)案」の取りまとめがこの後されることになると思いますけれども、私は幹事で議決権がありませんので、採決に先立ちまして、この「要綱(骨子)案」に反対する立場から、最後に意見を述べさせていただきたいと思います。
 これまで主に研究職の委員・幹事の先生方から、今回の改正については、これまで処罰されてきたものと同等の当罰性を有するものを処罰、捕捉できるようにするものであって、処罰範囲を広げるものではないので、法定刑の下限を引き下げる必要はないということが、繰り返し述べられてきました。
 他方で、前回の部会においては、主に複数の被害者支援のお立場の委員から、「要綱(骨子)案」の「第一」の「一」の改正について、実質的な不同意性交等罪であり、悲願がかなった、これからの判例が変わる、より被害者の実情に沿った判断がなされるようになるのではといった、肯定的な期待の御意見が出されました。
 これまでの裁判の実情については、条文に「暴行又は脅迫を用いて」という文言があることから、処罰されるべき事案が処罰されていないとするお立場の被害者側の委員の先生方と、逆に処罰されるべきでない事案まで、不当に重く処罰されているのではないかと考える私たち刑事弁護の立場とで、評価が相容れないということは致し方ないかもしれません。
 しかし、少なくとも被害者側の立場の皆様からの前回の反応からしても、今回の「第一」の「一」の改正によって、本当に今後も処罰範囲は変わらない、広がらないと言えるのかどうか、強く疑問を呈さざるを得ません。

 前回、吉田幹事から、「要綱(骨子)案」の「第一」の「一1」について、「(一)」ないし「(二)」の「(8)」、従前の試案(改訂版)「(ク)」の要件に関連して、主観的な構成要件としての故意に必要な認識は、これまでの判例によれば、評価そのものについての認識ではなくて、これにより「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難」であることを基礎付ける事実の認識であるという旨の御説明がありました。これこそ、正に私が繰り返し懸念を表明していた点です。
 経済的又は社会的関係上の地位に差異があるという関係は、それこそ無数に存在します。 
 政治家と秘書、会社の課員と課長、スポーツや習い事の指導者と教え子、大学教授と大学院生、裁判所であれば右陪席裁判官と左陪席裁判官、検察官と検察事務官、弁護士と事務員、正社員の夫とパート勤務の妻、コンビニ店長とアルバイト、あるいは職場やサークルの先輩と後輩に至るまで、人間は社会的動物ですから、およそ互いに影響力を持ち合っているのであって、何らの不利益も発生しない、真に対等な関係というのは、本当に探すのが困難なほどだと思います。
 性交等の際に、相手から何の異議も、そのサインもなくて、本当に同意していると認識して行為に及んだとしても、後から被害申告がなされて、実際に当事者に経済的又は社会的関係上の地位の差異があって、かつ、不利益も生じ得るような状況であるという、その事実の認識さえ被告人に存在していたことが立証されれば、それに基づいて同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態にあったという評価そのものについての認識は問われずに、強制性交等罪が成立してしまうということになりかねません。
 そして、この点は、強制性交等罪だけではなくて、例えば、懇親会帰りのタクシーの中でいい雰囲気になったと思ってキスをしたら、強制わいせつ罪に当たるといった場合も同様です。
 これだけでも本当に処罰範囲が広がらないと言えるのか、また、当罰性の高い行為のみを、明確にこの構成要件で規定できていると言えるのか、構成要件の明確性の観点からも大いに疑問です。
 さらに、繰り返し申し上げているとおり、「要綱(骨子)案」の「第一」のみならず、「第二」の16歳未満の者に対する5歳以上年上の者の性交等、そして「第三」の膣又は肛門に陰茎以外の身体の一部又は物を挿入する行為も、5年以上の有期拘禁刑とされています。
 これらは、強制性交等罪として処罰されてこなかった行為であって、これらも5年以上の有期拘禁刑とされるのであって、5年以上とされる行為の範囲が広がっているということは明らかです。
 そうであれば、処罰範囲が広がらないと詭弁を弄するのではなくて、より当罰性の低い行為や、これまで強制性交等罪の法益侵害の程度が低いとされてきた行為にまで、処罰範囲を広げることを認めた上で、軽い行為にも対応した刑を科せられるように、法定刑の下限を引き下げて、グラデーションの幅を持たせるべきだということを、改めて、最後に強く申し上げます。
 それから、「要綱(骨子)案」の「第七」の証拠能力の特則の新設については、これまで多くの具体的な意見を述べさせていただいたつもりです。
 それらが何一つ反映されず、この「要綱(骨子)案」が取りまとめられたことには、むなしさを感じざるを得ません。
 司法面接は、元々誘導や暗示にかかりやすいという児童の特性に注目して始まったはずですが、この「要綱(骨子)案」では、聴取の対象に、そういった児童といった限定も付されておらず、また聴取主体や実施方法についての要件も不明確です。これは、司法面接でも何でもないということを、重ねて申し上げたいと思います。
 この「要綱(骨子)案」が採決されて法案提出された場合には、国会審議の場で更に議論が深められて、早期に汚染のない供述を確保することによって、繰り返しの供述による児童の負担を軽減し、かつ、冤罪をも防ぐという、司法面接の本来の趣旨、目的に沿った修正がなされることを期待します。
 最後になりますが、2020年の性犯罪に関する刑事法検討会の段階から繰り返し申し上げてきたことを、もう一度述べさせていただきます。
 私自身も、性暴力はなくすべきだし、根絶したいという思いは共有しているつもりです。
 ただ、殊に刑罰権の行使については、一遍の誤りも許されないし、誤りが生じ得るような制度にならないように、最大限に謙抑的であるべきだと、そう考えています。
 性被害を訴える方は無謬で、性犯罪については、加害者とされる被告人の認識は常に誤っている、そういった結果を招来するような偏った改正とならないように、今後の法改正に向けて慎重な審議がなされることを期待するとともに、仮に本「要綱(骨子)案」のままの改正がなされた場合には、運用に際して、現実に処罰範囲が拡大することが決してないように、また、構成要件の不明確さゆえに萎縮効果が生じて、実際に性的行動の自由が制約されるといったことがないよう、適切かつ謙抑的な運用がなされることを、心から願っています。
 長くなりましたが、ありがとうございました。

 

近藤幹事(第14回部会)

「要綱(骨子)案」の「第七」の証拠能力の特則の新設に関して意見を申し上げます。
 「要綱(骨子)案」の文言を拝見する限り、対象者の範囲が広範に過ぎるという懸念や、いわゆる司法面接的な措置が明確に定義されていないという懸念など、この部会において、裁判所の委員を含む複数の委員・幹事から繰り返し指摘されてきた問題点が、いまだ払拭されていないということを残念に思います。
 問題点の詳細について繰り返すことは控えますが、今後、この問題が刑事訴訟の原則を揺るがすことにつながってしまわないか、懸念しています。